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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

スポーツアカデミー2014 第2回

人づくり・まちづくりとスポーツ施設 -広島市民球場を事例として-

5月30日、今年度第2回目のスポーツアカデミーが行われました。
今回は、スポーツ白書2014のトピックスで「人づくり・まちづくりとスポーツ施設 -広島市民球場を事例として-」をご執筆頂いた建築家の仙田 満 様にご講義いただきました。

環境デザイン研究所 会長 東京工業大学 名誉教授 仙田 満 氏

環境デザイン研究所 会長 東京工業大学 名誉教授 仙田 満 氏

【当日の概要報告】

1. 講義~主なポイント~

1)「環境をデザインする」「多様な知恵を集める」

  • 建築学科を卒業し、本来は建築設計事務所を設立するところ、1968年に「環境デザイン研究所」を設立した。自身の専門の中心は「子どもの成育環境のデザイン」。自然災害が多い日本は“困難な国”であり、子どもたちに「乗り越えていく力=レジリエンス」を身につけさせたいというのが追及してきた主要なテーマのひとつである。
  • レジリエンスを身につける環境をつくっていくには、建築だけでは足らず、ひとづくり・まちづくりに関連する多様な分野をカバーする必要がある。そこで「環境デザイン」というデザイン領域に挑戦した。
  • 日本の「城」は、日本建築の特異な例のひとつだが、その様式は1550年ころから1600年くらいまでの期間に突如現れた。それまでは大陸から輸入された様式が中心だったが、「戦に勝つ」というひとつの目的のもと、武将、南蛮人、田舎大工など、家柄、身分を超えた多様な人材(デザイナー)が知恵を結集して、あのような石垣、高層木造構造建築を生み出したと考えられる。新しい様式を構築する上で、多様な人材(知恵)を結集、協働させることの重要性を物語っている。環境デザイン研究所はそのような新しい時代の様式をつくる組織として考えた。

2)「子どもたちの遊ぶ意欲」「遊びの発展段階」「遊環構造」

  • 「子どもたちが元気に遊ぶ空間とはどういう空間か?」がつねに自分の中心的なテーマ。キーワードは「意欲」。子どもたちの「遊びたい」「体を動かしたい」という気持ちを惹起する空間・環境をいかにしてつくるかという視点で取り組んでいる。
  • 遊具を使った子どもの遊び方は成長にともなって発展する。最初は滑るだけ(機能的段階)で楽しかったすべり台も、成長するにしたがい、足をかけたり、逆さに滑ったりすることで「より早く、よりスリリング」な遊び方を求めるようになる。(技術的段階)技術開発が成熟し切ると、仲間とともにすべり台を使った鬼ごっこなどに興じるようになる。(社会的段階)重要なのは「みんなで遊ぶ」「みんなで楽しむ」ことである。社会的な段階まで到達する遊具が、長く人気のある遊具になる。この原則はまちづくりにも当てはまると考えている。
  • 子どもたちが遊びやすい環境には循環性、回遊性など共通する条件がいくつかある。これをまとめて「遊環構造」と名づけた。遊環構造には「循環機能があること」「その循環(道)が安全で変化に富んでいること」「その循環に“めまい”を体験できる部分があること」など7つの条件がある。この中に、「全体がポーラス(多孔質)な空間で構成されていること」というのがある。これは参加するのも退出するのも容易になるよう出入り口を多くし「オープンな空間」にするという意味である。遊環構造の7つの条件は、建築的には広場など人間が集まる場所の空間を考えるうえでも共通していると考えられる。

3)新しい広島市民球場建設とのかかわり

  • 旧広島市民球場は1957年に復興のシンボルとして建設されたが、1990年代後半に入り、老朽化が指摘され始めた。その時期に偶然、広島市で講演会を行う機会があり、建て替えの相談を受けた。その際「広島は原爆ドームと平和記念公園という“現代的な聖地”のまちである。ユニバーサルデザイン化などが求められることから、旧球場の改築では無理。スタジアムを新しく建て替えても、聖地の軸線上にあり、景観的にも問題だ」と指摘して、現在地での建て替えではなく駅周辺のヤード跡地での再建を提案した。
  • 2005年に行われた新球場の国際設計コンペに「ダイナミックボールタウン」というコンセプトを掲げて参加し、応募20作品の中から選ばれた。新球場を「野球を中心としたまちづくりの核となる施設」にしたいと考え「元気を喚起する野球場」「まちに開く野球場」を中心テーマに据えた。

4)新球場と「遊環構造」

  • 新幹線からも、まちからも見通せる、覗きこめる球場をつくり、球場の活気がまち全体に広がっていくことを目指した。また、観客が見やすい球場を重視した結果、1階席の勾配は日本の球場では最もゆるい勾配となった。
  • 球場を取り巻く「メインコンコース」は総延長が600mの回廊である。VIP用個室、パーティー席、砂かぶり席、寝ころび席など、多様な観客シートを配置した。車いす席は各エリア合計で142席。その他に車いすのまま観戦できる席を加えると約300席となる。

5)限られた予算の中で良いものをつくることに知恵を絞る

  • 当初より、4万m2近い野球場を90億円で建てることが条件となっていた。また、工期も設計に10か月、工事に約1年半と短かったことから、少ない予算で合理的な構造にすることに知恵を絞った。建材についても、コンコースより上部については、当時高騰していた鉄骨造をやめ、PC造を採用した。これは総工費を90億円に抑える最大のポイントとなった。
  • 新球場はさまざまな困難をクリアし、2009年4月にオープンしたが、初年度の観客動員数は約180万人を数え、2005~2007年の106万人(3年間の平均)をはるかに上回る観客動員数を記録した。また、地域に対する経済効果は新球場開業後、開業前の約1.6倍に増加したとの試算も出された。
  • 経済効果は球場だけで生み出したものではなく、駅から球場に至るエリアにおける商業施設、スポーツクラブなどによるものも大きい。現在も周辺に結婚式場、マンションなどの建設が進んでいる。同球場はそもそも市の公共施設である市民球場を広島東洋カープが運営するという官民協働による施設だが、少ない投資で最大の効果をあげるためにはこうした協働、融合が欠かせない。

6)「夢の器」「地域の環境価値を上げる」「子どもたちが生きる場を用意する責任」

  • 新球場は、新聞でも「夢の器」と書かれた。野球を見る人だけの球場ではなく「球場を見る(に行く)」のが楽しいと感じてもらっている。市民を含む、多くの利用者にとって夢の器であってほしい。
  • 環境建築家として、地域の「環境価値を上げる」ことに力を注ぎたい。夢の器がまち全体の環境価値を上げることにつながることを望んだ。新球場が障害のある子どもたちを含む多くの子どもたちの「野球場に行きたい」という意欲を引き出し「外に出る意欲」「外でみんなとあそぶ意欲」につながってくれれば嬉しい。
  • 子どもは、親を選べない。生きる場も選べない。その場を用意する建築家の責任は重い。子ども達の未来は日本の未来でもある。私たちは、子どもを第一とする社会を築かねばならないと考える。今後もユニバーサルでレジリエントな社会・環境をつくっていきたい。

2. ディスカッション

聞き手:笹川スポーツ財団研究員 吉田 智彦

主なやりとり

Q.(聞き手)「遊環構造」を広島市民球場に当てはめると、「めぐる楽しさ」「観客席の多様性」「オープンな空間」などになるが、とくに「オープンな空間」という点でいえば、市民に開かれた球場、いわば身近に感じる球場をつくることに苦心されたと思う。たとえば興行のない日は市民に開放される取り組みは象徴的だと思うが?
A.

(講師)工費90億円の中に国費が投入されている。新球場には都市的な公開性がなければならないと思われる。そこで、興行の行われていない年間90日はアプローチスロープ、メインコンコースを市民に開放するようにした。利用面のみならず空間面でもオープンな施設となった。

Q.(聞き手)意欲を引き出す環境・構造というお話があった。子どもがスポーツをする主な空間といえば、学校の体育施設がある。学校施設全体の耐震の必要性などもあり、今後、多くの学校体育施設が増改築されると思われる。個人的には学校体育施設こそ複合化されるべきと考えるが、先生のご見解は?
A.

(講師)学校体育施設は地域の防災拠点、コミュニティ拠点としても重要であり、その観点からも複合化される必要があるだろう。
また、複合化とは別テーマだが、学校の校庭には「山」が必要と考えている。幼稚園、保育園の設計なども手掛け、園児の運動能力と園庭の関係を研究した。平らな地面ばかりではなく起伏のある地面を登ったり下りたりして神経中枢を鍛え、転んだ時の対処などを体で覚えることが重要と考えている。校庭、園庭に小山を設置し、運動能力の向上と自然体験の機会を増やしていくべきと考える。

Q.(フロア)新球場には砂かぶり席、パーティー席など、ファウルボールなどが飛んできたら危ないような席も設置されたが、安全面を危惧する声はなかったか? また、学校の校庭に山をつくって鍛えるのはいいが、転んでけがをするというリスクへの懸念もあると思うが?
A.

(講師)安全性については球団側ともよく協議した。オープン時にはリスクについて観客にアナウンスを徹底することも確認した。一方、そうしたリスクへの対処に慣れている観客も多く、当初の危惧が杞憂に終わったことは幸いであった。
幼稚園、保育園での仕事を通じて感じるのは、転んだ時に大けがする子が増えていること。また、4~5歳になってもベビーカーに乗せられている子もよくみる。子どもたちは大地を歩き、小山を駆け回ることによって身体を巧みに動かすことを体得できる。ライドに乗っていてはそれが身につかない。安心して親と手をつないで歩ける環境を用意し、こどもたちをできるだけベビーカーから解放してあげることがわれわれの責任と考える。

ディスカッション 笹川スポーツ財団研究員 吉田 智彦

ディスカッション
笹川スポーツ財団研究員 吉田 智彦

以上