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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

スポーツアカデミー2014 第1回

体力低下の正体

4月24日、2014年度の初回となるスポーツアカデミーが行われました。今年度のスポーツアカデミーは、当財団が刊行した「スポーツ白書2014」に収められているトピックスを主なテーマに据え、各執筆者を中心に講師を務めていただきます。

今年度第1回目のアカデミーにご登壇いただいたのは、スポーツ白書の編纂にかかるアドバイザリー会議の委員もお務めいただいた横浜国立大学の海老原 修 教授です。
海老原教授には、「体力低下の正体」と題して、子どもたちの体力・運動能力に関する調査結果の読み解き方、そこからみえる課題などについてお話しいただきました。

横浜国立大学 教育人間科学部 教授 海老原 修 氏

横浜国立大学 教育人間科学部 教授 海老原 修 氏

【当日の概要報告】

1. 講義~主なポイント~

  • 「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の課題
    2008年度から始まった「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」(通称・全国体力テスト、文部科学省)は、全国の小学5年生、中学2年生の体力・運動能力と生活習慣の関係を調べる調査である。毎年の都道府県順位が話題を呼び、学校等での独創的な取り組みの重要性などが力説されているが、調査開始時「体力・運動能力の高い少数の子たちと多くの種目で数値が軒並み低い子たちの二極化」があるなかでは、「子どもの住む場所や生活習慣、部活動の有無などを複合的に分析し、それぞれに応じた対応策を提供しなければ意味がない」と指摘した。
  • 「平均値比較」の問題点
    子どもたちの体力・運動能力を伸ばすために独創的といわれる取り組みを行う「学校群A」にもまったく運動しない子は存在し、特段の取り組みを行わない「学校群B」にも積極的に運動する子は存在する。これを踏まえると、両群の体力テストの結果を比較・評価する際、各々における「する子」と「しない子」の成績の平均値を出して比較してもあまり意味はない。AB両群の積極的な運動グループ同士、消極的なグループ同士を比較する必要がある。
  • 体力低下を「運動実施状況別」に分析する
    文部科学省は、1977年度の「体力・運動能力調査」より「運動実施状況」を4段階(ほとんど毎日、ときどき、ときたま、しない)に区分した成績を表示している。この4段階の運動実施状況に応じて、10歳男女の「50m走」「ソフトボール投げ」の記録を1982年度の記録を基準として分析したところ、男女とも「ときたま」「しない」の低下率については体力・運動能力が低下していると推論出来得るレベルであったが「ほとんど毎日」の低下率は男女とも著しくなく、むしろ体力低下がすすんでいないことがうかがえた。
  • 体力低下ではなく、運動実施状況の入れ替えの問題か?
    上記のとおり、運動実施状況別4群別の変動をみると子どもの体力は一概に「低下」しているとは言い切れない。だが、全体の平均値は低下している。これを、体力・運動能力の低下とみなさず、運動実施状況の入れ替えに因るものとするなら「では体力低下とはいかなる状況を指すのか?」を考える必要がある。さもなければ体力向上予算計上のための「政策的体力低下」との疑義も生じかねない。
  • 長期的視野に立たない体力・運動能力向上プログラムの危うさ
    小中学校時代の体力テストの結果(変動)を気にするあまり、学校の取り組みも対処療法的になってはいないだろうか?
    体力テストの結果の良し悪しが義務教育終了後のその子の運動・スポーツ活動にどのような影響を与えたのか、など長期的視野に立った分析を用いなければ、体育の教育効果への本質的な評価はできない。

2. ディスカッション

聞き手:笹川スポーツ財団研究員 吉田 智彦

主なやりとり

Q.(聞き手)スポーツ基本計画(2012)では、子どもの体力について今後10年以内に1985年頃の水準を上回ることを目指すとしているが、今日の講義からすると、数値を追うことは重要ではないと理解できる。
A.

(講師)重要なのは長期的な視野に立った目標を立てること。学校の取り組みの大切さを説く目的は、運動・スポーツを楽しみながら習慣化する態度の育成であって、体力・運動能力の成績の向上であってはならない。また、長期的な視野という観点でいうと、子どもの頃にいわゆる「運動遊び」をよく行った子どもが将来にわたっても長くスポーツに慣れ親しむかといえば、必ずしもそうではないことがわかっている。最初から子どもだから出来ない、と決めつけずに子どもの頃から大人と同じルールや同じ形状の用具を使わせてみて、その後の運動・スポーツ習慣を検証することも必要だ。子どもに親しませようと、ルールや用具を簡素化しすぎた結果、本来その競技がもつ魅力が十分に伝わらず、長期的な競技者人口の増加につながっていないというケースも散見される。

Q.(聞き手)子どもの平均身長を1985年と比べると、男子で1cm、女子で1.5㎝程度伸びている。体格の向上から、本来は、成長に比例して大きい身体を速く強く動かす体力も伸びているはずだが、体力テストの結果をみる限り、体格の向上には比例していない。この現状は単に「スポーツ離れ」を意味しているのか?
A.

(講師)昨年、ある雑誌に寄稿した際、運動生理学者の故 猪飼道夫氏による「行動体力」を表現する数式を用いて、スポーツ競技における「競技力(P:Performance」を「体力×技術×気力」と簡略化して著した。これに基づけば、体格が大きくなって基礎的な「体力」が上がっているにも関わらず、体力テストの成績(競技力)が低下傾向にあるということ(「気力」は一定と仮定)は、もう一つの係数である「技術」が下がっているということになる。実際に体力テストにおいて複合的な動作を必要としない「握力」は点数が低下していない。複合的な動作が求められるソフトボール投げ(投球)などの点数は低下している。「P」を高くすることだけを考えるなら、技術が向上しなくても体力さえ上がればよいということになる。ここでも、前述したルールの簡素化による所作の単純化についての検証が必要と考える。

ディスカッションの様子

以上