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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

スポーツアカデミー2015 第5回

あらためて考えるTOKYO2020と東京・日本の未来構想

今年度第5回目となるスポーツアカデミーを9月28日に行いました。
今回は、「あらためて考えるTOKYO2020と東京・日本の未来構想」と題して、明治大学教授の市川 宏雄 先生を基調講演講師にお招きしました。
当財団では、昨年9月に「東京オリンピック・パラリンピック開催と東京の未来構想」と題して今回同様、市川先生に基調講演をお願いしました。その際もパネルディスカッション等を通じて2020年東京大会をスポーツの祭典として成功させることはもとより、まちとしての東京の魅力向上ひいては国際社会における日本のプレゼンス向上をめざす大きな視点・発想が重要との議論喚起を行いました。昨年のシンポジウムからちょうど1年が経ち、新国立競技場の建設計画の見直しなどが行われた今こそ、そうした視点に立った議論の必要性が高いと考え、今回の会を開催することといたしました。
当日は、市川先生の基調講演の後、産経新聞の佐野 慎輔 氏によるコーディネートでパネルディスカッションが行われ、室伏広治氏、上治丈太郎氏にパネリストをお務めいただきました。
(以下は、基調講演要約および当日の登壇者の発言要約です)

【当日の概要報告】

※以下の報告は、別掲の当日資料と合わせてご覧ください。

基調講演

  • 市川 宏雄 氏(明治大学専門職大学院長/公共政策大学院ガバナンス研究科長 教授)

パネリスト

  • 市川 宏雄 氏
  • 上治 丈太郎 氏(笹川スポーツ財団評議員/日本オリンピック委員会国際専門部会委員)
  • 室伏 広治 氏(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事)

コーディネーター

  • 佐野 慎輔 氏(産経新聞社 特別記者兼論説委員/笹川スポーツ財団理事)
市川 宏雄 氏

市川 宏雄 氏

基調講演

1. 現在の「東京の国際競争力」─世界の都市総合ランキング2014

森記念財団都市戦略研究所による「世界の都市総合力ランキング」(Global Power City Index,:GPCI)は、世界の主要40都市を対象に「経済、研究・開発、文化・交流、居住、環境、交通・アクセス」の6つの分野で評価を行い、その結果をまとめて都市の「総合力」をランク付けしている。特徴のひとつとして、「アクター(都市活動をけん引する者)」の視点を取り入れたアクター別ランキングがある。「経営者、研究者、アーティスト、観光客、生活者」の5者の視点から、その都市の「使い勝手」の良し悪しを評価している。 GPCI-2014で、東京の総合ランキングは4位。ロンドンは2012年のオリンピック・パラリンピック大会を契機にスコアを上げ、現在はニューヨークを抜いて1位となった。東京は2008年の調査開始以来、経済の分野で常に首位を保っている。文化・交流は6位だが、ビザの規制緩和等が行われ、オリンピック・パラリンピック開催が決まって注目が集まったことなどにより年々スコアは上がっている。交通・アクセスは10位。これは国際便の本数が少ないためで、東京の国際競争力を高める上で最大のチャレンジといえる。 アクター別にみると、東京は「経済」が40都市中1位であるにもかかわらず、都市を活性化させる最も重要なアクターのひとつである経営者の評価は9位。要因は市場の魅力不足、法規制の問題などあるが、東京都もここを改善しようとアジアヘッドクォーター特区構想を打ち出している。

2. 2020年東京五輪開催によるランクアップシミュレーション

2020年に向けては、オリンピック・パラリンピック開催による直接効果、波及的効果により、交通・アクセス、文化・交流、居住のスコアが上がるので、東京はパリを抜いて3位に上がると予想できる。前年(2019年)にプレイベントが開催され、スタジアム建設、ホテルの増設、国際便の増便などが行われて訪日客が増えれば、オリンピックに関連する指標のスコアは上がる。国際的な交通アクセスの向上施策など、今後は日本政府がどれだけ政策を具現化できるかが大きなポイントとなる。

3. 2012年ロンドン五輪開催とその後

ロンドンは貧困地区を強くする、弱者を救済するとアピールして五輪招致に成功した。2012年のロンドン大会を契機に段階的に都市の開発を進め、かつて貧しかった東ロンドン地区は劇的に変わった。カヌーができるほど川がきれいになり、選手村は五輪後に住宅として分譲され、住環境が劇的に改善し地価も上がった。こうした開発はロンドン全体で行われており、オリンピックが終わってからも開発は続いている。生物多様性の保全というコンセプトも含む都市計画、ロンドンプランを掲げ、環境レベルも向上した。通常はオリンピックが終わると景気は悪くなるが、ロンドンの場合は開催前の5年と比べると、開催後の景気は明らかに良くなっており、雇用も増えている。

4. 2020年東京はどう変わる

世界では今、都心の開発が急激に進んでおり東京も例外ではない。2020年に向けては、1964年東京大会時のようなインフラ整備は行われないが、たとえば東京駅周辺は2025年までに現在の2倍くらいのビルが建設される。虎ノ門・六本木エリアも大きく変わり、日比谷線の霞が関駅と神谷町駅の間に新駅もできる。渋谷駅も2025年には現在の2倍くらいのビルが建設される。品川エリアでは、山手線の品川駅と田町駅の間に新駅ができ、田町駅周辺の貨物ターミナルも開発が行われる。羽田空港へのアクセスも充実する。
羽田空港は2020年東京大会に合わせて国際線の発着枠を9万回から13万回まで増やそうとしている。世界からのアクセシビリティが弱いと言われている東京が国際アクセスを向上させる絶好のチャンスとなる。少子高齢化、人口減少が進む日本において、危機が訪れるであろう2030年以降を乗り切るためには、オリンピックで弾みをつけることが重要となる。

5. アーバン・インタンジブル・バリュー(都市の感性価値)

われわれは都市空間が人間の感性に訴える力をアーバン・インタジブル・バリュー(都市の感性価値Urban Intangible Value:UIV)と定義し、新たな視点で都市のあり方をとらえることを試みている。都市の魅力は必ずしも物質的な価値のみによって生み出されるものではない、という考えがベースにある。
都市が人間の感性に訴える力を、「効率、正確・迅速、安全・安心、多様、ホスピタリティ、新陳代謝」の6つの要素に基づいて評価する。ランキングでは、東京はウィーンとトップを争って1位を獲得した。3,600万人もの人口を抱えながら、人々が混乱せずに生活できる都市が東京であり、巨大でありながら、おもてなしの文化を具えているといった点が東京の魅力をつくっている。それは効率、ホスピタリティの部門で1位を獲得している点に明らかだ。一方、都市としての様変わりが遅いため新陳代謝は10位、多様も8位という結果となった。これらは課題だが、こうした点を改善すればもっといい都市になるだろう。感性価値は東京の良さを考える大きなヒントになり得る。

パネルディスカッション

パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子

佐野 市川先生の基調講演のなかでもあったように、2025年、2030年を見据えて、あらためて2020年に向けて、まちとしての東京はどのように変わっていくべきか。

市川 日本が抱えている最大の課題は、その実情があまり世界に知られていないということ。感性価値の調査結果でも話したが、感性での評価は目に見えないので、実際に来て見て感じてもらうしかない。日本に来た外国人は、日本のサービス、日本人の親切さに驚き、日本のファンになる。これは日本政府観光局の成田空港での訪日客へのアンケート調査などでも明らかになっている。日本のファンを増やす作業は口で言うほど簡単ではないが、2020年東京大会は東京・日本の良さを直接、世界にアピールするまたとない絶好のチャンスとなる。といっても、特別なことをする必要はなく、普段どおりのおもてなしを心がければよい。

室伏 私も海外と日本を頻繁に行き来するが、日本に帰るたびに日本の良さを感じる。ただ、それは先生がご指摘のとおり目に見えないもの、まさに感性に訴えるものという気がする。日本が長年にわたって培ってきた風土ともいえる。
また、海外の方は日本のテクノロジーに非常に興味をもっている。国際競技連盟(International Federation:IF)の会議などに出席すると「日本の技術力があれば、自分たちの競技をもっと面白く見せてくれるんじゃないか」という意見をよく聞き、日本のテクノロジーへの期待を感じる。

上治 国際オリンピック委員会(International Olympic Committee:IOC)のサプライヤーをしていた経験からいうと、日本のスポーツ用品メーカーは当たり前のように選手の採寸をやるが、海外のメーカーはそこまではしない。「既定のサイズのものを着てください」というスタンス。日本のメーカーはテクノロジーだけでなく、このような面でも高く評価されていると感じる。

市川 日本の場合、そうしたハードとしてのテクノロジーのレベルが世界でもトップレベルでありながら、ソフトとしてのおもてなし文化がある点が大きな強み。1964年東京大会の水泳競技でプールの壁に選手がタッチした瞬間、ストップウォッチが停止する技術などは日本の技術力で世界にサプライズを起こした典型例。ああいった世界を驚かすような技術革新が行われ、それが日本の産業振興につながっていくという好循環が生まれる絶好の機会がまさに2020年の東京大会ではないか。

佐野 2020年東京大会は後世にどのようなレガシーを遺すべきか。

室伏 IOCがOlympic Agenda 2020(以下、Agenda 2020)を発表し、既存の施設を最大限活用しながら大会を開催することを推奨している。既存の施設を活用することで開催コストを抑えつつ、そのなかでどういった創意工夫をしていくか、ということはレガシーを考えるうえで重要だと考える。大会をきっかけとして、アスリートの環境や多くの国民がスポーツを楽しめる社会を遺していくことは言うまでもない。
個人的な興味でいえば、江戸時代の古地図などをみると、東京には多くの水路があり、水の都であったことがわかる。今では多くの水路が埋め立てられたり、蓋をされたりしている。市川先生に伺いたいが、水路を復活させて利用したり、自転車やランナーが優先的に使える道を整備したり、水辺で遊べるエリアを増やすなど、江戸時代の美しい東京の都市のあり方を復活させるようなことはできないか。

市川 興味深い指摘だ。1964年東京大会の最大のネガティブ・レガシー(負の遺産)は東京の川を潰して道路をつくったことといわれる。その反省は今でもあり、水路の蓋を外そうという話はあるものの、実行には数十年かかる。一方、2020年東京大会はご指摘のように東京の都市空間を大きく変える絶好のチャンスではあるものの、現時点で水路を復活させるなどの議論はされていない。
もう一つ言うと、たとえば都市にはランドマークがあるものだが、東京にはない。なぜかというと、江戸時代にはまちのどこからでも見られた富士山がランドマークとしてあったから。たとえば、今の東京で富士山をランドマークとして復活させることはできるのか?などは面白い議論だが、そうした面白い議論が現時点ではあまり起こっていない。2020年までにはまだ4年半あるので、そういった面白い議論をしていきたい。

上治 レガシーのひとつとして、2020年東京大会後、複数のIFが東京にオフィスを置くということも考えられる。日本オリンピック委員会、組織委員会、政府が一体となってそうしたアクションを起こしてほしい。

佐野 2020年に向けては人づくりも重要になるのではないか。

上治 各NFから50人を選抜して、今年の7月から毎週金、土、日曜日に国際人養成アカデミーというものを開催し、私も講師を務めている。土曜日は朝から晩まで英語で講義を行い、世界との窓口となる人材を養成している。
1点、ホスピタリティのテーマでいうと、ご夫婦で来日されるIFメンバーが会議に出席中、配偶者の方には観光やショッピングのプログラムを提供するなどのゲストプログラムは有効と考える。組織委員会だけでなく政府とも連携して検討を進めていただきたい。

佐野 (フロアから質問を受ける前に)最後に2020年に向けて、東京の魅力を伝えるという観点ではあらためてどういったことに注力すべきか。

上治 今年、北京で世界陸上が開催された。その際、10カ国くらいが前線本部を日本に置いてベースキャンプとした。2020年にはスウェーデンが福岡市と1カ月間の提携をすることが決まっている。冒頭でもお伝えしたとおり、2020年に向けて東京だけが盛り上がるのではなく、事前キャンプを含めてオールジャパン体制で国中が盛り上がるようにしていくことが重要だ。

室伏 若者にインパクトが伝わるようなオリンピックにしなくてはならない。彼らの意見を取り入れ、若い人たちが熱狂するような大会にしたい。そうすることが次世代へのバトンになると考える。

市川 2020年に向けて、地方の方から「何かできませんか」とよく聞かれる。私はいつも「東京の役割は日本の中のゲートウェイ」と答えている。つまり、ゲートウェイに来てもらえば、そこから先はさまざまな地域・地方に行っていただけるということ。逆もしかりで、東京以外の自治体が世界に向けて発信したければ、東京をうまく活用するべきだ。地方と東京がうまく協力し合い、2020年東京大会という大きなイベントの開催メリットを日本中で享受し合うアイディアを出していかなければならない。2012年ロンドン大会でも、イギリス全土で関連イベントが行われた。そうした取り組みに今後はさらに注力すべきと考える。

佐野 2012年ロンドン大会では、大会前の4年間で文化イベントを18万回行い、のべ2,500万人の参加があったと言われている。東京もリオの大会後にはそうした取り組みに着手しなければならない。まだまだ、構想段階といえるので、多くの方々がそこに向けて意見を出し合っていくことが重要だ。では、フロアからご意見、ご質問を受けたい。

フロアとの質疑応答

Q.(フロア)Agenda 2020の提言の6で、大会期間中、一般市民向けにスポーツの入門プログラムを「スポーツ・ラボ」として実施することを検討するとあるが、2020年東京大会では、どのように実施される予定か。東京都のみでは、そうしたプログラムを実施するスペースにも限界があると思うが。検討状況について教えていただきたい。
A.

室伏 現在、大会の会場計画の見直しも終わり、体験プログラムを実施するスペースとしては、幕張方面にもエリアを拡大することも検討されている。大会自体をどのように盛り上げていくかは、まだ具体的な計画として固まっていないが、本日いただいた情報も素材に加えながら、組織委員会での議論を深めていきたい。

Q.(フロア)GPCIの環境分野のランキングで、東京が2013年の1位から2014年には9位まで落ちているのはなぜか。
A.

市川 他の都市で今まで取れなかったデータが取れるようになった。さらに、いくつかの指標の定義(たとえば紙のリサイクル率を一般廃棄物のリサイクル率にするなど)をできる限り実情にすり合わせたところ、そのような結果になった。日本は再生エネルギーの分野での取り組みが遅れている。逆に大気汚染に関しては厳しい規制を設けているため、スコアは高い。一つひとつのパーツは良くても、全体として劣っている部分がある。大都市ならではのハンデともいえる。

Q.(フロア)日本の発信力が弱いというご指摘があったが、言語の問題もあるのではないか?英語を母国語とするロンドンとの差はそこに起因するのでは?
A.

市川 たしかに言語の問題はあるが、英語が出来なくてもいくらでも情報発信はできる。大事なのは、世界の人が知りたい情報を発信しているのかどうかという点。日本で「良いもの」と考えられているものが、海外の人にとっても本当に良いもの(アピールするもの)なのかどうかは常に自問しなければいけない。言語の問題の前にそこが一番大事だと思う。

上治 海外の選手がキャンプなどで外国に行った際に一番ストレスを感じるのはWi-Fiが使えないことだと聞く。また、われわれが良いなと思って行うおもてなしが外国の人にとっては苦痛になることもある。たしかにおもてなしの中に占める言語のウエイトは高いが、まずはインフラを整えることで減らせるストレスは減らすことが重要ではないか。

室伏 私も、今の時代に人が何を求めているかを常に敏感に感じ取ることが重要と考える。言葉の壁を考える前に、発信する情報が人に求められているものかどうかを検証することが大事。今は発信した情報が世界中に一気に広まる。それは逆に、言葉の壁を乗り越えてさまざまな情報を発信していけるチャンスともいえる。チャンスを生かして、適切な情報発信を行っていきたい。

以上