笹川スポーツ財団
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写真提供:STUDIO AUPA

第84回全国高校サッカー選手権大会は、滋賀県から3年ぶり2度目の出場となる野洲高等学校の劇的な優勝に終わった。同校はこれまでの日本の高校サッカーのスタイルを一新するサッカーで脚光を浴びたが、全校生徒397人の県立高校であり、県内の選手でチームを編成するという強豪校としては一風変わったプロフィールを持つ。この野洲高校の快進撃には、何が秘められているのだろうか。いま、サッカー界で起こっているユース年代の一貫指導の現状をレポートする。

第1回 世界基準を目指す野洲高校とそのための取り組み 06.02.24

『セクシー・フットボール』、それは耳慣れないどころか、スポーツの現場には似つかわしくない言葉のように思えた。しかしその言葉がリアルに感じられるプレーを全国大会の決勝の舞台で表現したチームがある。滋賀県立野洲高校サッカー部である。

先に行われた第84回全国高校サッカー選手権。その決勝の組み合わせは出場22回、過去2度の優勝を誇るディフェンディング・チャンピオン鹿児島実業高校。対するは2回目の出場、全国的には無名に近い存在だった野洲高校の対戦だった。

戦前の予想は鹿児島実業有利・・・ではなかった。大会に入っての野洲高校の評価はうなぎ上り。小気味良くパスをつなぐサッカーに、多くのファンが魅了された。

「強引にゴールを奪うようなサッカーやなくて、一枚一枚服を脱がせていくような色気のあるサッカーをしたいなぁ、って知り合いと話してて、それが『セクシー・フットボール』という言葉になったんです」

と語るのは野洲高校を率いる山本佳司監督だ。彼の言葉は刺激的だ。

「僕には思い出に甲子園の土を持って帰るなんていう発想はないんです。そういう野球文化的なものではなく、サッカーで一流の選手を出したい。サッカー自体が目的です。 それは結局グローバルスタンダードとは何かということなんですよ。ブラジルの子供はワールドユースに出て、ヨーロッパのビッグクラブと契約して、代表に選ばれてW杯で優勝したいと思うてるんです。これがインターナショナルなスポーツのスタンダード。高校サッカーなんか目指さんでええんです。 ロナウジーニョはヒールパスをするじゃないですか。でも日本の高校生が試合でヒールパスをすると怒られる。なんでやねん。スペインリーグでやることを日本の高校生がやってもええやんって。魅力ある選手を輩出したいんです」

山本 佳司氏 プロフィール

(野洲高校サッカー部監督) 1963年11月21日生まれ。滋賀県出身。日本体育大学でレスリング部に所属。4年の時に交換留学生としてドイツのケルン体育大へ。帰国後にサッカー指導者を目指す。滋賀県の体育教諭となり、野洲高校のサッカー部監督になって9年目。U-17の日本代表コーチも歴任。

今までの教育の延長線上にある部活の発想では、山本監督の考え方は収まりきらないだろう。そこにあるのは世界に通じるサッカーという一点のみ。

「欧州の身体的DNAにはどうやったって劣る。その中で日本人がどういうサッカーをするかといったら技術しかないんです。技術に特化したジャパンスタイルです。DNAの問題はどうにもならんけど、技術は努力の問題。日本人だからできる戦い方を考える必要があった。それがあえてボールを前線に蹴りこまないでボールをつないでいくことです」

自陣から果敢にドリブルとパスでゴール前の前線に攻め上がる。時にそれがミスを生むこともあるが、それでも戦い方は徹底していた。決勝でも同じ戦いを通した。

「自分たちの強みはやっぱり足元の技術なので、徹底した地上戦。相手のプレスを怖がって(ロングボールを)蹴っちゃうと相手の網に引っかかって攻め込まれる。だからできるだけパスワーク、ファーストタッチ、ドリブルで1枚ずつ人をはがして動かしたんです」

これまでの高校サッカーはトーナメント戦という大会のそのものにポイント置いた戦い方が主流だった。最終ラインからロングボールを相手のDFの裏に蹴りこみ、そのこぼれ球を徹底して拾う。リスクマネジメントの点から見ても、トーナメントで行われる大会には非常に有効な戦い方である。

ただこれにも山本監督ははっきりと物を言う。

「おもろないでしょ。蹴って走るだけのサッカーじゃ(笑)。でも僕は優勝できると思ったから言うたんやない。滋賀の予選で勝てない間でも、『高校サッカーを変えるのは野洲高校や』と言うてきたんです。偉いでしょ(笑)。決してこれは高校サッカーの過去を否定するとかそういうもんじゃないんです。サッカーのグローバルスタンダードを考えた結果です」

極論すれば世界を手に入れるためには、古いトーナメント戦での現実的なサッカースタイルをあえて捨てたともいえる。その上で結果を手に入れたことが、「野洲のサッカーが高校サッカーを変える」といわれた所以でもある。

では技術に特化したサッカーがどのように行われているか?

「ここの子らは中学と高校と6年間技術の習得をし続けてきている。他の高校の選手は中学まで技術的な練習をやるけど、高校3年間はフィジカル(身体)トレーニングばかり。その差が大きいんです」

県立の野洲高校がなぜ中学から育成が可能になるのか?そこには組織的背景がある。

「野洲高校は残念ながら普通科の高校で体育科がないので、学区の中で中学から選手が進学することになるんです。そこで僕が(中学年代の)野洲クラブを立ち上げて、野洲クラブでプレーしいた子供が野洲高校には沢山いてるんです。夕方6時半になると高校の練習が終わり、校庭は野洲クラブの練習になります」

これこそが野洲高校躍進のひとつの大きな要因である。

「9年前にここに赴任したときには部員は16人しかいてませんでした。しかも中学時代にレギュラーやった選手はゼロ。当然選手のスカウトもしましたけど、学区制がありますから限度もありましたね」

その帰結として自前で選手を育成することになる。さらに地元にはやはり技術習得で定評のあるFCセゾンというクラブもあった。現在野洲高校でプレーする選手は全員が地元滋賀県の出身であり、当然こうした方向性を共有するいくつかの地元のクラブとの連携がなければ全校生徒397人、体育科も寮もない高校が全国の頂点に立つことなどできなかった。

高校選手権を制した直後の記者会見で、山本監督は次のように話している。

「小学校・中学校からの育成というのはすごく大切だと思うんです。うちチームの田中(U-15日本代表候補)、荒掘、平石、中川は中学時代に登録は中学校のチームでしたが、僕が作った野洲クラブ出身なんです。ほかの多彩な攻撃陣はセゾンFC出身。3年間だけじゃなくて長期的なビジョンで育成するのは必要なこと。そういった成果も出たと思います」

何も長期的育成ビジョンを持つのは野洲だけではない。これは決勝で敗れた鹿児島実業も同じだ。

「うちもディアマントという下部組織を持っていて、今の3年生が第1期生」(鹿児島実業・松沢総監督)である。既に下部組織を置く高校サッカーチームは多い。

他のスポーツでも育成の重要性を説く指導者は多い。しかしその反面、組織全体として何ができるか。日本サッカー界にはナショナル・トレーニング制度があり、個々の育成の現場の努力をフル代表の底上げ、つまりW杯での勝利に収斂させていこうという方法論を持っている(これについては連載3回目で解説する)。

「これほど同じ方向を向いている組織は日本サッカー協会しかないと思います」

の言葉は山本監督だけでなく、多くの指導者に共通する認識だ。

しかし方向性をマニュアル化すればするほど、情報の共有は簡単になる反面、選手が均質化してしまうという弊害も近年生まれてきた。

「平均点の高い選手を作ろうとする。ユース代表なんかはみんな同じような選手ばかり。おもろないんですわ。目からうろこが落ちることがない。(優勝メンバーの)楠神は高速ドリブルはできるけど、守備はできません。平原はヘディングをしない。ウチの選手はできることとできないことが極端。でもそれを補い合うことができるのがサッカーというスポーツのおもしろさでもあるんです」

すべての基本は

「『事件は会議室で起きてるんじゃない』っていう映画の台詞やないけど、結局は個々の選手と関わる最前線の問題なんです。プレーヤーズ・ファースト。選手を第一に考えてあげられるどうかやと思います」

繰り返すが「野洲高校の優勝で高校サッカーが変わる」という人は多い。しかしそれは野洲高校のみで成し遂げられるものではないことも確かだ。

では課題を残しつつも既に組織としては世界を基準に動き出しているという日本のサッカー界が、どのような取り組みをしてきたのかを、次回以降もうひとつのユース年代の現場、クラブを通じて考えてみる。

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WRITER PROFILE

吉村憲文

1963年生まれ。同志社大学文学部卒業。大学卒業後に番組制作プロダクションに入社。以降スポーツ報道番組の放送作家として多くのドキュメントを作成。1993年にJリーグスタート直前にサッカー担当となり、広くサッカー全般の取材を行う。後にフリーランスとして独立。当時はまだほとんど取り上げられることのなかった選手育成の現場を取り上げ、現在日本代表として活躍する宮本恒靖(G大阪)や、稲本潤一(ウエスト・ブロミッチ)、大久保嘉人(マジョルカ)らを取材。また2002年のW杯日韓大会は24試合、今年6月のW杯でも大会を通じて取材を行う。現在Jリーグを目指す社会人北信越リーグ1部の松本山雅FC(長野県)の強化担当としてプロ選手の獲得交渉にもあたっている。

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