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オリンピックと経済効果

上治 丈太郎           【 レガシー コラム 経済 】

    南米初のリオデジャネイロオリンピックが8月21日無事に閉幕した。IOC(国際オリンピック委員会)やオリンピック関係者は、宿願を達成し胸を撫で下ろしたことであろう。
    7年前、コペンハーゲンのIOC総会でリオデジャネイロが2016年の開催地として決定した。当時のブラジル経済は9%の成長率を示していた。しかし開催2年前にはマイナス成長となり、更には大統領の失職や施設整備の遅れなど数々の課題が山積し開催が危ぶまれた。ところが蓋を開けてみれば大会は成功裏に終了した。おそらく国際的にも大きく胸を張ることができる一大事業を成し遂げたリオデジャネイロ市民、いやブラジル国民は今までにない自身と誇りと達成感を感じたことであろう。

リオデジャネイロオリンピック開会式

マラカナンスタジアムで開催されたリオデジャネイロオリンピック開会式(2016年8月7日)


1964東京オリンピックで公式計時を担当したSEIKOが、大会前に行った各種計時機器の展示会
東京オリンピックで公式計時を担当したSEIKOが、大会前に行った各種計時機器の展示会(1964年)

    思い起こせばアジア初の開催となった1964年東京大会。この大会の成功は、国の品質そのもの向上ともなった。それまでも高度な技術を誇りながら国際的な競争力で劣っていた時計・計測機器のセイコー、カメラのニコンとキヤノンなどの日本製品は、この大会を契機に「メード・イン・ジャパン」として国際的なブランディングに成功した。また、その他の産業でも続々と新商品が開発された。ブリキのバケツがプラスチックのバケツに変わり、高層ホテル建設のための工期短縮と軽量化からはユニットバスが生まれ、選手村の警備を機にソフト警備を対象とした民間警備会社が登場するなど、オリンピックをビジネスチャンスとしてあらゆる産業が誕生し成長していった。こうしたオリンピックに伴う効果は、その後の大会でもみられる。例えば、1988年ソウル大会、1992年バルセロナ大会の成功はそれぞれ、韓国製品、スペイン製品の世界的な認知につながった。
 

 
長野オリンピック (ミズノサービスセンター) 長野オリンピック ミズノサービスセンター(1998年)

   2020年東京大会の招致が決定した2013年からの開催までの7年間の経済波及効果をシンクタンクや調査機関などでは30兆円から35兆円と試算し、更に大会終了後の二次波及効果を2兆円規模と予測している。国や自治体、企業においては、最新技術や地場産業の海外市場への売り込み、また友好都市提携など新たなルートやチャネルを構築する好機でもある。
    そしてスポーツ用品業界にも一大ビジネスチャンスが訪れる。スポーツメーカーにとってオリンピックは、シューズ、ウエア、用具、アクセサリー(サングラスなど)など新商品のお披露目の場で、選手によってその商品の優秀性が証明され、メダル獲得に貢献した商品は、その後の市場での優位性が保証される。

   オリンピックはその後のビジネスに計り知れない効果をもたらしてくれる。IOCのトップスポンサーや当該大会でのスポンサー、サプライヤーは同様に存在感を増し、業種ごとのブランド訴求力はオリンピックほど効率の良いものは無いと確信している。
    ビジネスの場においてもあらゆる産業が誕生し成長することは、オリンピックの理念である人類の平和と発展につながるものであり、オリンピックがもたらす有形・無形の遺産(レガシー)は、その国のすべての産業に計り知れない経済効果を創出してくれるのである。

 


上治丈太郎

公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 参与
笹川スポーツ財団 評議員

 

 

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