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放送権料とスポーツ

藤原 庸介          【 オリンピック・パラリンピックのレガシーコラム 経済 】

  バドミントンで日本初の金メダルをとった高橋礼華と松友美佐紀の歓喜、無敵の女王だった吉田沙保里の涙、王者ボルトを思わず振り向かせた日本の男子リレーチーム。リオデジャネイロオリンピックで日本選手たちはたくさんの名場面を残してくれた。10月に行われた凱旋パレードでは銀座から日本橋までの道筋に80万人が詰めかけた。
  リオデジャネイロオリンピックをテレビで見た人は世界中で40億人ほどになるという。パレードは沿道で生で見たほとんどすべての人も競技の模様はテレビ画面を通じて見たはずだ。

  テレビのスポーツへの影響は極めて大きいとしばしば言われる。また、ロサンゼルスオリンピックの経済的な成功以降、スポーツはテレビの放送権料のために商業主義化してしまったとも言われる。しかし、テレビの発達がスポーツのあり方を変えたのは何故なのだろうか。テレビ放送権料がなぜ増加し、どのようにスポーツの商業主義化を促したのだろうか。これまでこういう疑問ははっきり説明されたことがない。別の言い方をすれば、テレビの放送権料とスポーツの間をつなぐメカニズムについて考える人があまりいなかったのだろう。
  結論から先に言ってしまおう。1980年代にスポーツ経済が急激に拡大し、総てのスポーツイベントの放送権料が高騰を始めた理由は衛星伝送の技術革新にある。特にアメリカではこの現象が顕著であった。「衛星伝送」とはあまり聞きなれないことばだが、テレビ映像を通信衛星を使ってテレビ局に向けて送ることを衛星伝送と呼び、通信衛星より出力の大きい放送衛星を使って家庭向けに送ることを衛星放送と呼ぶ。技術的な仕組みは全く同じだ。静止衛星を使ったテレビ映像の伝送技術は、蒸気機関の発明が英国の産業革命を引き起こしたのと同様に、この時期に「スポーツの産業革命」を引き起こしたのである。

 1970年代までのアメリカでは、NBC、CBS、ABCの三大ネットワークの拠点があるニューヨークを真ん中に置いた蜘蛛の巣のような形で地上回線網が組まれ、テレビ番組はすべてこの回線網を使って独占的に全国に中継されていた。ネットワークということばも、この回線網を表す言葉から転じてテレビの系列網の意味になったのだ。
  静止衛星にテレビ信号を打ち上げるとそれが全米で同時に受信できるという衛星伝送の仕組みは、それまで全米各地へのテレビ番組の配給を独占してきた三大ネットの特権を簡単に崩してしまった。特に1970年代末に始まった小型のアンテナで受信できるKuバンドという電波帯域による伝送の実用化が、各地で孤立して発達していたケーブルテレビ局を衛星経由で全国的に結びつけた。

米国側で受信された東京五輪開会式の模様(NHK) 米国側で受信された東京五輪開会式の模様(NHK)

  静止衛星を使ったスポーツイベントの伝送は、1964年の東京オリンピックの時にNHKがアメリカNBC向けに行ったのが最初である。ただその時以来使われた電波の帯域では、送信、受信ともアンテナの大きさが直径15メートル前後と巨大なので、誰でも手軽に使うというわけにはいかなかった。それが1970年代末に小型のアンテナで送受信できるようになったのだ。いま日本の衛星放送で使われているのもこのKuバンドという電波の帯域だから、いかに小型のアンテナでも受信できるかがわかるだろう。

 
KDD茨城地上局のアンテナ(1964:KDDI) KDD茨城地上局のアンテナ(1964:KDDI)

  手軽な衛星伝送がはじまったため従来は試合のある地元でしか放送されなかった大リーグ野球、NBAバスケット、アメリカンフットボールなどが衛星経由で全国に放送されるようになり、放送試合の数は激増した。大リーグを見てみると、1970年代には三大ネットはコマーシャル単価の高いポスト・シーズンに集中的に放送を行い、レギュラー シーズンの試合の放送は週末を中心に年間16試合から25試合程度しかしていない。つまり年間総試合数のほんの1%程度しか放送していなかったのだ。それが衛星伝送が一般的になった1980年代にはニューヨークでおよそ600試合ものレギュラー シーズンの野球の試合がテレビで見られるようになったのである。
  放送試合数の激増により、従来は地元放送だけで露出されていた球場の場内広告看板などの市場価値は一気に上昇した。さらに球団・チームの側は放送の受信世帯数に見合った収入を得たいと思い、ここにスポーツ放送の放送権料が急に値上がりし、球団・チームを潤すようになった。

 
メジャーリーグ野球の放送権料の推移

 
放送権料の高騰とかスポーツの商業主義化は1984年のロサンゼルス オリンピックで始まったとしばしば言われるが、実際にはこの大会がたまたま衛星伝送技術による「スポーツ産業革命」の時期に開催されたことが大きな理由である。この事は、衛星伝送をニュース報道に使ったCNNテレビがロサンゼルス大会より早く1980年に始まったことを考えてもわかるだろう。
  ケーブル局やローカル局にとってスポーツは魅力的な番組だった。放送されていないスポーツの試合は既にいくらでも存在し、それぞれのスポーツには固定ファンがいた。またスポーツ放送は中継車1台あればよいので、1時間当たりの制作経費がドラマやドキュメンタリーなどと比べてはるかに安くあがることも魅力だった。そして映画のような著作物と異なりスポーツの試合そのものには著作権がなかったのである。ケーブルテレビやローカル局は、試合数の多い大リーグ野球、NBAバスケットボール、大学フットボールなどの競技に積極的にアプローチした。需要が多ければ価格が上がるという市場の原理によってこの時期にテレビの放送権料は急激に増え始めたのだ。ロサンゼルスオリンピックは、そういう経済的背景を熟知していたユべロス氏によって主導された大会だった。国際オリンピック委員会もこの時期にサマランチ新会長のもとでテレビの変容に合わせた放送権料やスポンサープログラムの仕組みを作り始め、それが今に至っているのである。

  放送権料がスポーツ自体の発展に大きく寄与したことは疑いがない。先日Jリーグが10年で2100億円の放送権契約を結んだことは日本のサッカーの発展に役立つだろう。しかし同時に、放送権料の増加は、放送権を売れる一部のメジャーな競技とそれ以外の競技の間に大きな経済格差を生み、いわばスポーツの「南北問題」を引き起こしていることも事実である。そしてリオデジャネイロオリンピックの放送で民放各局が赤字を出したように、オリンピックやサッカー・ワールドカップの放送権料が経済的な上限にあることもまた事実である。スポーツも「資源の最適配分」を考える時期に来ていると言える。

 


藤原 庸介

日本オリンピック委員会 理事
日本オリンピック・アカデミー 副会長

 

 

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