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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

パラスポーツへの理解促進

【オリンピック・パラリンピックのレガシー】

2017.10.21

見る側にも求められるものがある

オリ・パラという並立の言い方はすっかり定着したように見える。が、実際はどうだろうか。確かに、オリンピックに並ぶほど、あるいは近づくほど、パラリンピックという言葉は社会に広まってきた。とはいえ、その中身が広く知られているかといえば、もちろんそうは言えない。ただパラリンピックという言葉ひとつが上滑りの形で飛び交っているにすぎない。では、パラリンピックという存在を、またパラスポーツの本当の姿、その魅力を幅広く知ってもらうためには、どうしていけばいいのだろうか。

まず何よりも心にとめておかなければならないことがある。「パラスポーツ、障害者スポーツの真の魅力は、目をこらして見つめなければわからない」のだ。

選手たちの運動能力に制約があるのは言うまでもない。健常者の競技、それもトップクラスとなれば、誰もがひと目見ただけで、速さやパワーや卓越したテクニックがいかにすごいかがわかる。パラスポーツとなると、そうはいかない。一見したところ、迫力に欠けて見えることも少なくない。ただ、その裏側には驚異の技や能力が、そしてまた、それを可能にした想像を絶する努力があるのだ。目をこらして見つめていれば、そのあたりが見えてくる。すると、ひとつひとつのプレーやパフォーマンスがにわかに輝き出すのである。

左:南アフリカのオスカー・ピストリウス(2012年ロンドンパラリンピック) 右:走幅跳で連覇を果たしたドイツのマルクス・レーム(2016年リオパラリンピック)

左:南アフリカのオスカー・ピストリウス(2012年ロンドンパラリンピック) 右:走幅跳で連覇を果たしたドイツのマルクス・レーム(2016年リオパラリンピック)

たとえば陸上の義足競技。これはオスカー・ピストリウスやマルクス・レームの例に見るごとく、オリンピックに出たとしてもまったくひけをとらないほどのレベルにも達することがあるが、さらりと見たくらいでは真のすごさは理解できない。競技用義足をつけて疾走したりジャンプの踏み切りをしたりするのがいかに困難か。ことにヒザ上の大腿義足の場合は、ヒザ下の下腿義足よりも使いこなすのがずっと難しい。板バネと呼ばれる競技用義足の特異な形状や、選手たちの動きをじっくりと見ているうちに、いかに困難なことをやってのけているかが、おぼろげながらもわかってくるはずだ。

車いすバスケットボール、日本対イランのゴール下の攻防 (2016年リオパラリンピック)

車いすバスケットボール、日本対イランのゴール下の攻防 (2016年リオパラリンピック)

たとえば車いすの球技。一進一退の試合展開やボールの動きにまず目がいくのは当然だが、それを支えているのは車いすを自在に操る技だ。走り、加速し、クイックターンしてまた加速する。やすやすとやってのけているように見えて、その奥には長年かけて練り上げてきた、きわめて高度なテクニックがある。そこに目をこらせば、がぜん何倍もの迫力が伝わってくるだろう。

たとえば視覚障害者によるゴールボールやサッカー。まったく見えていないまま、正確にボールを投げ、捕らえ、あるいはシュートしたりパスしたりという行為を可能にしているのは、視覚以外の感覚をすべて使い、それらを磨き抜いてわずかな気配を感じとりつつ、脳裏にその場の映像を思い浮かべながらプレーしているからだ。なんとトップ選手は状況を「見てとって」いるのである。

そこに至るのに近道はない。ただひたすら音や気配を感じとる練習を積み重ねていくほかはない。そのことを想像しながら見つめていれば、スピードやパワーを超越した、別種の迫力を感じとれるようになる。

視覚障害者を対象とした5人制サッカー。アルゼンチン対中国戦(2016リオパラリンピック)

視覚障害者を対象とした5人制サッカー。アルゼンチン対中国戦(2016リオパラリンピック)

かくのごとく、どの競技にもその奥には驚異的な技が秘められている。競技場に足を運び、じっと目をこらせば、それが見えてくる。どの競技であれ、まずはぜひとも見に行ってほしい。大会の情報は少ないし、テレビ中継と違ってわざわざ出かけていくには時間も費用もかかるが、現場に行って競技を目の当たりにし、その場の空気がどんなものかを感じるのは、パラスポーツ理解への必須の第一歩だ。

オリンピックの競技が人間の能力の無限の可能性を示すものならば、パラリンピックのそれは、人間の努力もまた無限であることを示すものといえる。その努力によって培われた魅力を理解し、味わい、感動するためには、見る側にもそれなりの努力が求められるというわけだ。出かけていって、ひとつひとつのプレーやパフォーマンスに目をこらすという手間をかけるだけの価値は、間違いなくあるとだけ言っておこう。

そこで重要な役割を担うのがメディアだ。個人の立場でたくさんの競技・種目に目を配るのはなかなか難しい。パラスポーツへの注目を高め、理解を進めるには、メディアがその真髄、奥に秘められた驚異の技を詳しく伝えていくことが何より大事なのである。多くの人々にとって、それがパラスポーツに親しむ入り口となる。

ここで言っておかねばならない。この点については、識者といわれるような人々によるメディア批判がよく聞かれる。「パラスポーツについても一般の競技と同様に扱うべきだ」「ワンパターンの選手の苦労話はもういらない」といったものだ。少し前までは「なぜ一般のスポーツと同様に、運動面で扱わないのか。なぜ社会面なのか」という指摘もよく聞かれた。趣旨としては「健常者の競技とすべて同じようにしないのはおかしい」「障害を乗り越えていかに頑張ってきたかという話ではなく、競技そのものの内容を伝えよ」ということだろう。これらはまったくピント外れの批判だと思う。どれも、実際の状況やパラスポーツの中身をよく知らないままの空疎な建前論にすぎない。

代表的なメディアのひとつである新聞を見てみよう。紙面には限りがあり、運動面はことに、扱う競技の多さに比して狭い。ある程度の大きさで報じられるのは多くの関心を集めている人気競技だけで、ほとんどは大会結果が小さく載る程度なのである。報道がいわゆる人気競技にかたよるのも問題だが、それにしても、多くの競技と同様に結果だけが小さく片隅に載って、それでどうなるだろう。それがパラスポーツへの理解促進に役立つはずもない。

男子4×100mリレーで銅メダルに輝いた日本チーム(2016年リオパラリンピック)

男子4×100mリレーで銅メダルに輝いた日本チーム(2016年リオパラリンピック)

「苦労話はいらない」というのも理解に苦しむ。先に触れたように、一見しただけではわからないことも多いパラスポーツの驚異の技は、健常者の想像を絶する努力の積み重ねによって成り立っている。そこを伝えなければ、競技の内容のすごさも伝わりにくい。

「苦労話」という手あかのついた言葉のイメージはよくないが、あえて言えば、それこそが魅力の核心のひとつなのだ。そうしたことを知り、そのうえで競技を観戦するからこそ、深い感動や選手に対する尊敬がおのずと湧いてくるのではないか。型にはまった感動物語にとどまっていてはいけないが、いずれにしろ、それぞれの競技者がいまに至る道のりを詳しく、わかりやすく描いてこそ、パラスポーツへの理解が進む手助けになるのである。

東京2020の開催決定以来、そうして個々の競技の真髄や選手の軌跡を詳しく取り上げる報道も増えてきた。だが、まだ少ない。そこにどれだけのすごい中身が隠れているか、それはいかにして可能になったか―を、すべての競技にわたってできる限り伝えてほしい。紙面や番組枠には制約もあるが、見る側も努力をと書いたように、伝える側にも大いなる努力が求められるのは、もちろん言うまでもないことだ。

パラスポーツ、障害者スポーツを多くの人々が理解し、社会全体で盛り上げていくまでの状況をつくり上げるのは簡単ではない。繰り返し書いてきたように、そのためには選手や関係者などの当事者だけでなく、受け止める側、すなわち見る側にも理解し、楽しみ、味わうために努力する姿勢が求められる。ただ、本物のスポーツファン、真のオリンピック好きなら、そのことをちゃんとわかってくれるはずだ。

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スポーツ歴史の検証
  • 佐藤 次郎 スポーツジャーナリスト

    1950年横浜生まれ。中日新聞社に入社し、同東京本社(東京新聞)の社会部、特別報道部をへて運動部勤務。夏冬6 回のオリンピック、5 回の世界陸上選手権大会を現地取材。運動部長、編集委員兼論説委員を歴任。退社後はスポーツライター、ジャーナリストとして活動。日本オリンピック・アカデミー(JOA)正会員。ミズノ・スポーツライター賞、JRA馬事文化賞を受賞。著書に「東京五輪1964」(文春新書)「砂の王 メイセイオペラ」(新潮社)「義足ランナー 義肢装具士の奇跡の挑戦」(東京書籍)「オリンピックの輝き ここにしかない物語」(東京書籍)「1964年の東京パラリンピック」(紀伊国屋書店出版部)など。