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書評・書籍紹介

目の見えない人は世界をどう見ているのか

目の見えない人は世界をどう見ているのか

視覚障害者の"見える"とは何か
見えないがゆえに新しい扉は開かれる
互いの差異を「面白がる」関係を

  視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。私たちはこの五感を使い、日々さまざまな情報を得て暮らしている。中でも人間が外界から得る情報の8割から9割を占めると言われているのが視覚だ。いわば"感覚の王"とも言える視覚がない人たち、目の見えない人たちはいったいどのような世界を生きているのだろうか。本書は見えない体にフォーカスした一つの身体論である。

  目の見える晴眼者が目の見えない視覚障害者の世界を知るにはどうすればいいのか。短絡的に思い浮かぶのは、晴眼者が目隠しをして行動することであろう。実際に目隠しをしてみると、日常生活がいかに不自由なものか、それどころかほとんど何もできないことを思い知らされる。
  目隠し体験をした人たちは、視覚障害者がいかに苦労の多い生活を強いられているかを想像し、彼らのことを大いに憐れむのではないだろうか。中には「何か手助けをしたい」と実際に行動を起こす人もいるかもしれない。

  しかし、著者は序章で「視覚を遮れば見えない人の体を体験できる、というのは大きな誤解です」と断言する。四本脚と三本脚の椅子を用いたたとえ話が分かりやすい。
  四本脚の椅子から脚を一本取り、三本になってしまったら、椅子は傾き、倒れてしまう。晴眼者が目隠しをするのはこれに等しい。
  一方で、三本脚の椅子は最初から三本でバランスを保つように作られているから、脚が三本でも椅子としての機能を100%果たすことができる。つまり視覚障害者は三本脚の椅子のようなもので、五感の一つが使えないことを「欠如」ととらえてしまうと多くの誤解を招いてしまう。ポイントは三本でいかにバランスを保っているか、というところにあるのだ。

  本書は6人の視覚障害者へのインタビューを中心に、目の見えない人たちが具体的にどのように考え、感じているのかを「空間」、「感覚」、「運動」、「言葉」、「ユーモア」という5つのテーマに分けて論じている。
  当たり前だが、視覚障害者と晴眼者とでは見える世界が大きく違い、著者の言葉を借りれば「面白い!」の連続だ。同時に我々が抱く、目の見えない人へのイメージがだいぶずれていることにも気が付かされる。たとえば視覚障害者で点字を読める人はわずか10%あまり、という事実を知っている人はそれほど多くはないだろう。

  障害者を前にすると「何か助けてあげなくてはいけない」と緊張した気持ちを抱いてしまう人は多いだろう。本書はそうした緊張を和らげてくれる一冊だ。緊張がほぐれてくれば、著者の言う「見える人と見えない人が互いの差異を面白がる関係」に近づくことができるだろう。

  • 著者
    伊藤 亜紗
    編集発行
    光文社
  • 定価
    760円+消費税

掲載 : 2018年8月7日

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