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書評・書籍紹介

浦田理恵 見えないチカラとキセキ

クワイエットプリーズ(お静かに)!
ゴールボールは、審判の、
かけ声とともにはじまります。

「みなさん、ゴールボールって知っていますか?」。冒頭のこの一句に、本書が語りたいことのすべてが表現されていると思います。浦田理恵さんもある日突然視力を失うまで、障がい者球技ゴールボールとは無縁でした。彼女が目に異変を感じたのは20歳を過ぎてから。教員免許を取得するための専門学校を卒業する3ヵ月前の出来事でした。彼女は突然の病を実家の母親にさえ告げることができず2年近く引きこもっています。

苦境を反転させる契機となったのが生活訓練学校。理恵さんは22歳を過ぎてから白杖(はくじょう)を使って歩く練習、点字の学習、マッサージ師の資格取得と、自立への「学び」と「経験」を広げていった視覚障がい者です。

遅すぎるやり直しの過程で出会ったのが、ゴールボールです。そして、鈴のついたボールをとおして、理恵さんは、“目で見るだけが見る方法ではない”ということを掴みとっていくのです――周囲の音や、人や物の気配・動き、周りの人からの声かけによる情報、それらをイメージし、場の雰囲気がつくり出す空気の色を察知すること――こうして彼女は、みえないはずのボールの軌道が、気配として「見える」という、視覚障がい者独自のセンスを獲得・確立していきます。

挑戦から8年。2012年ロンドンパラリンピックにおいて、金メダルという快挙を達成させました。425グラム。本書ではいくつものハッとさせられる表現に出会いますがこれもその1つ。ロンドンで獲得した金メダルは理恵さんにとって、色でも輝きでもなくまずは「重さ」でありその「大きさ」でした。“一番感動的だったのは、国旗掲揚とともに君が代が流れたことです”理恵さんには、栄誉を称えて掲揚されていく国旗はまざまざとはみえないけれど、国歌はしみじみと胸にしみました。

理恵さんは今、全国を飛び回り、学校や企業の研修の場で講演や体験活動にも取り組んでいます。本書は、そんな活動を共に進めている仲間が、理恵さんが聴衆の前で話している内容を元に再構成して一冊の本にまとめたものです。ですから、アスリート・浦田理恵選手の体験を間近に聞いているような楽しい味わいがありますが、『パラリンピック入門』としてこそお薦めすべきでしょう。常識を破ったり、くつがえしたり。パラリンピック競技には競技そのものにスポーツ・フロンティアとしての面白さがありますが、審判が「お静かに」と声を発したとたん、観客はもちろんコーチも声を発することはできないゴールボールなど、なんと新しいスリルでしょう。相手コートでボールをふりかざすときのわずかな鈴の音や、コートを移動する際の足音、力を入れる際に踏み込むシューズと床のすれる音など――こんな言葉を聞かされて鳥肌立たない読者はいないと思われます。ゴールは横9メートルの幅の中の、中、右、左・・・。目も耳も離せない、極端なまでの集中力が求められる息詰まる世界です。

  • 著者
    竹内 由美
    編集発行
    学研教育出版
  • 定価
    1,300円+消費税

掲載 : 2015年 8月26日

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