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書評・書籍紹介

スポーツと人権・福祉
~「スポーツ基本法」の処方箋~

スポーツとは何か。
何であったか。
何でありうるのか。

この一冊の精読から新しいスポーツ政策と
若いスポーツ政策研究者が生まれてくることを期待したい。

手元にある朝日新聞は36面中2面をスポーツ欄として埋めている。経済、国際、生活、教育、社会、地域版と同じ分量である。NHKのニュースウオッチナインでも60分枠の番組時間中10分はスポーツ枠である。この上、新聞にはスポーツ専門紙があるし、テレビにはほぼ毎日スポーツ特集がある。スポーツは花盛り。日本人の人生に不可欠なものかのような印象をもつ。しかし、とんでもない。日本はスポーツ文化の貧しいスポーツ貧国なのである。それは日本が福祉国家に至っていないからで。

2011年ようやく「スポーツ基本法」が成立。衆参両議院は全会一致で「スポーツ権」、「スポーツは権利(人権)である」ことを法制化したが、それは現下の国の課題をシャンシャンと「お題目」としてうたっただけである。「スポーツフォーオール」を標榜しても「スポーツ権」の普及浸透をめざし、新しい国家像(福祉国家)や新しいスポーツ政策(スポーツ立国)を提示したわけではない。何しろ予算が確保されていない。政策とは実行予算を伴うもの、予算の付け替えを伴うものではなかったのか。

経済成長を経てGDPをここまで拡張してきてなお、政府予算は生産手段には50兆円を支出しながら、生活手段への支出は20兆円。この国の政治は未だに福祉を冷遇している。スポーツが国民全体に普及するためには国民の福祉向上拡大が必須条件である。年収200万円以下の若者にどうしてスポーツを楽しむ可処分所得や可処分時間を持てというのだろうか。

この著作の文体は論理でゴツゴツしている。まるで岩盤を走るオフロードレースのようだ。しかし、そう感じるのは日本のスポーツの現実、現状の歪みのせいであって、決して著者のせいではない。おそらく著者は、学究生活の全てにおいて切歯扼腕、誠心誠意、スポーツ政策の必要性とスポーツ政策研究の確立を求めてこられた方であろう。著者としてはその「スポーツ政策研究」もまた、まだまだ学問として未成熟と言わざるをえないようだ。ともあれスポーツをこれほど社会・歴史の文脈と関係づけて論じた一冊に出会えることは、若い読者にとっては研究課題の宝箱を見つけたようなものである。

なぜクーベルタンはオリンピアの復興を意図したのか、IOCを商業主義と批判することで事足りるのか、資本主義の変化とスポーツ変遷の関係、アマチュアリズムの問題等など、スポーツに関わる本質的な欺瞞性の指摘にはハッとさせられることが多い著作である。中でも書評子は、イギリスで生まれた「福祉国家」概念は「戦争国家」の対概念として生まれたという指摘に胸を突かれた。日本は未だに戦争国家であるのでは?スポーツの側からの告発である。

  • 著者
    内海和雄
    編集発行
    創文企画
  • 定価
    3800円+消費税

掲載 : 2015年 3月17日

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