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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

オーストラリアにおける近年のスポーツ制度改革 Vol.1

2015.03.16

オーストラリアにおける近年のスポーツ制度改革 Vol.1

はじめに

オーストラリアでは、1976年モントリオール・オリンピックでの成績不振(金メダル0個、獲得メダル数の合計5個)を挽回するため、80年代から国を挙げてエリート選手の育成を行ってきた。1981年にはエリート選手の育成やスポーツ科学の研究を行う機関オーストラリア・スポーツ研究所(Australian Institute of Sport:AIS)を設立、1985年にはスポーツ政策を担う連邦政府機関オーストラリア・スポーツコミッション(Australian Sports Commission)を設立し、夏季オリンピックの開催サイクルに合わせて4年ごとにスポーツ政策を見直すようにした。その成果は1988年ソウル大会から表れ、ソウル大会では14個のメダル(うち3つが金)を獲得、1992年バルセロナ大会では27個(うち7つが金)、1996年アトランタ大会では41個(うち9つが金)、そして2000年シドニー大会では人口わずか1,900万人(当時)ながらも58個のメダル(うち16個が金)を獲得し、国別メダルランキングでも世界で4位になる成功を収めた。しかし、近年、エリート選手の競技力向上においてはトレーニング技術の開発やコーチの引き抜きなど国際的な競争が高まっており、国内においては国民の健康問題への対応が求められている。スポーツの成功の尺度をオリンピックやパラリンピック、コモンウェルス・ゲームズでのメダル獲得に置き、エリート選手の支援・育成を重視していたオーストラリアだったが、選手層を増やすためにも国民の健康増進のためにも、草の根レベル・地域レベルでスポーツ参加(実施・関与)を増やしていくことが重要であると認識されるようになった。そのような社会的背景を受けて、連邦政府は2008年からスポーツ政策の改革に着手し、エリートと草の根の両方を柱とする政策を立案した。本稿では、その改革の背景と改革の内容について述べたい。

1. 表出する国内外の課題と今後の方向性

2007年12月の総選挙で自由党から労働党に政権交代し、ケビン・ラッド内閣が成立した。それに伴う省庁再編により、スポーツ行政は保健高齢化省(Department of Health and Ageing)に置かれることになった。この背景には、エリートスポーツとコミュニティスポーツには密接なつながりがあることや、スポーツには運動能力向上のほか生活習慣病の予防、希薄になった地域社会のつながりの強化といった幅広い役割があることが認識されるようになったからである。そこで、保健高齢化省は2008年5月にスポーツ政策の改革の必要性を唱える報告書「オーストラリアのスポーツ:表出する課題と新しい方向性(Australian Sport: emerging challenges, new directions)」を発表した。報告書では、社会環境の変化に伴う国内外におけるさまざまな課題とその対応について今後の方向性が示された。当時のケビン・ラッド首相は、スポーツやレクリエーションは国内において経済的・社会的に重要な分野であり国際的にもリーダーシップを発揮するのに重要と認識し、エリートスポーツ支援とスポーツ・レクリエーションを通じた国民の健康増進という二つの領域において新しい方向性が必要であるとした。そして、エリート支援、コミュニティスポーツ支援の2つを柱としながら、女性や先住民、障がいのある人たちのスポーツ支援を行っていくという、5つのテーマにおいてそれぞれ課題と今後の方向性を提示した。その内容は以下のとおりである。

テーマ1.エリートレベルの成功を維持する
課題
  • 国際競争の激化:多くの国がオーストラリアと同様のエリートスポーツ制度・プログラムを採用し、オーストラリアのコーチや科学者が海外に招かれている。
  • 人口問題:オーストラリアのエリート選手層はわずか20万人だが、米国は200万人、中国は2,000万人と見積もられる。また、高齢化という問題も出てきている。
今後の方向性
  • エリート向けプログラムの見直し:内容が重複するものを省き、利用可能なリソースからの便益と効率性を最大化することによってスポーツ資金を賢く使う。
  • 科学技術への注力:AISと州・準州政府のスポーツ機関・アカデミーとの連携を検討する。競技力向上の鍵となるスポーツ科学への投資を優先する。
  • 中央競技団体(National Sporting Organizations: NSOs)への支援:スポーツを実際に動かしているのはNSOであり、その役割が非常に重要なためNSOを支援していく。
  • 才能発掘プログラム:「全国才能発掘・育成プログラム(National Talent Identification and Development Program)」によって有望な選手を発掘・育成する。
テーマ2. スポーツ実施を高め、予防できる健康問題に対処する
課題
  • 運動不足:2004-05年度の調査で15歳以上の70%が座りっぱなし・運動不足だった。2005-06年度の調査では約550万人がスポーツも身体活動も全く実施していなかった。
  • 肥満と生活習慣病:過去15年間で(1989-90年度から2004-05年度)、肥満の大人の割合は9-18%に倍増。過去20年間で糖尿病患者数は3倍に増えた。高齢化に伴い、肥満率は2025年には人口の29%に達する見込みである。
今後の方向性
  • スポーツの便益を拡大:スポーツを保健高齢化省の所管とし、スポーツの便益を一般に拡大し、国民の健康増進に役立てる。
  • 地域スポーツクラブの支援:NSOと連携して学校とコミュニティスポーツのつながりを確立する。
  • 子どものスポーツ実施向上:放課後の時間帯にスポーツや運動を行うプログラム「Active After-school Communities (AASC) ※1」 をさらに発展させ、より多くの子どもが参加できるようにする。
  • ボランティアへの感謝:オーストラリアのスポーツを支えているボランティア(コーチ、審判、運営、食事の提供など)の貢献を称える。
テーマ3.女性のスポーツ参加推進
課題
  • 注目度の低さ:女性スポーツはメディアの露出が少ないために注目されず、そのためスポンサーを獲得しづらく、財政支援・機会を得ることがあまりできない。それが結果的にメディア露出の少なさへとつながる負の連鎖の中にあった。
  • 実施率の低さ:14歳女子の53%、65歳以上の女性30%しか組織化されたスポーツに参加していない。
今後の方向性
  • 女性スポーツの認知向上:これまでの女性スポーツの扱いについて報告書を作成・検討する。また、新しい国内女子サッカーリーグのテレビ放送を支援するとともに、Trans-Tasmanネットボール競技会に投資する。
テーマ4.先住民向けスポーツプログラムの見直し
課題
  • 実施率の低さ:2001年から2005年の調査によると、アボリジニ・トレス諸島民の身体活動レベルが下がっている。また15歳以上の運動不足の割合も37%から47%に増えている。
今後の方向性
  • 資金提供方法の見直し:これまで連邦政府・州政府・非政府組織・スポーツ団体の間で寸断していた資金提供について、組織間で連携・調整を行い、無駄を排除して効率よく資金を用いるようにする。
  • スポーツプログラムの見直し:NSOによる既存の先住民向けスポーツプログラムを見直して効果を高める。
テーマ5.障がい者のスポーツ参加を支援する
課題
  • 機会の制限:これまで組織化されたスポーツ・身体活動に障がいのある人が参加するのは難しかった。
今後の方向性
  • 参加機会の向上:誰もがスポーツやレクリエーションを実施できるよう、政府方針を踏まえて地域レベルで方法を検討する。
  • トレーニング機会の向上:障がいのあるなしにかかわらず、有望な選手を見つけて育成していく。

※1「Active After-school Communities (AASC)」の詳細については前回の記事を参照。

2. 改革に向けた検討

こうした課題と方向性を踏まえ、2008年8月28日に当時のスポーツ大臣ケイト・エリスがスポーツに関する独立委員会(Independent Sport Panel)を設立した。委員会は、スポーツ関係者や一般市民から650以上の提案を受け、その中から将来の課題に対応できるスポーツ制度とするために特に重要なことを見極めて提案書をまとめた。委員長の名前をとって「Crawford Report」とも呼ばれる提案書「オーストラリアにおけるスポーツの将来(The Future of Sport in Australia)」が2009年11月に発表された。提案書ではさまざまな問題点とその対応が整理されているが、主として、エリートレベルと草の根レベルの両方で目標を達成する必要があること、国レベルの機関(連邦政府、AIS、NSOなど)と州レベルの機関(州・準州政府、州レベルのスポーツ機関など)が連携して資金提供やプログラムを実施すること、全国的なスポーツ政策の枠組みを作るべきであることなどが提言された。

その後、オーストラリアが引き続きスポーツ大国として成功し続けるにはスポーツ・レクリエーション政策に対して包括的かつ戦略的なアプローチがコミュニティレベルとエリートレベルの両方で不可欠であることを、連邦政府および州・準州政府のスポーツ担当大臣が合意した。また、スポーツ・レクリエーション担当大臣評議会(Sport and Recreation Ministers' Council)が「全国スポーツ・動的レクリーション政策の枠組み(National Sport and Active Recreation Policy Framework)」の作成にも合意した。

レポート執筆者

本間 恵子

本間 恵子

Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation
(2015年4月より、日本から情報発信)