Search
国際情報
International information

「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

知る学ぶ
Knowledge

日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

NGOによるスポーツのソーシャル・プロジェクト 後編

2017.07.06

NGOによるスポーツのソーシャル・プロジェクト 後編

(前編より続く)

ブラジルはサッカー王国だけあって、サッカーを教えるNGOは300以上ある。このうち、最も有名なもののひとつがサンパウロにある「Pequeninos do Jockey(ペケニーニョス・ド・ジョッキー)」である。「サッカーを通じて、恵まれない子どもたちの人間形成を手助けする」という目的で1972年に地元のサッカー愛好者によって創立され、これまでに延べ数千人の子どもたちを指導してきた。この中から100人を超えるプロ選手が生まれており、ブラジル代表でも活躍した左サイドバックのゼ・ロベルト(元バイエルン・ミュンヘン、現パルメイラス)、ミッドフィルダーのジュリオ・バチスタ(元レアル・マドリード、現オーランド・シティSC)ら、名選手を輩出している。

元ブラジル代表のスター選手が運営するNGOも多い。かつてJリーグのジュビロ磐田に在籍し、1994FIFAワールドカップでキャプテンとして優勝カップを掲げたドゥンガは、1985年、南部ポルト・アレグレに「Instituto Dunga de Desenvolvimento do Cidadão(良き市民を育成するドゥンガ基金)」を創設。州、市、一般企業などからの援助を受け、100人を超える職員が地域の恵まれない家庭の子ども約750人にサッカーをはじめとする種々のスポーツや文化活動、職業訓練を行う機会を提供している。また、同じく元ブラジル代表キャプテンで、2002FIFAワールドカップでブラジル優勝に貢献したカフーや、かつて鹿島アントラーズでもプレーしたことのあるレオナルド、さらには現役ブラジル代表のネイマール(FCバルセロナ)らも基金を設立して活動している。これ以外にも、多くの指導者が、恵まれない境遇の子どもにサッカーを教え、プロ選手に育て上げて貧困から救い上げる手助けをしている。

筆者は、東北部バイア州の小都市でこのような組織を取材したことがある。建前としては私立のサッカースクールだったが、月謝は日本円で1,000円ほどと非常に安く、しかも「払える子だけ払えればいい」(責任者)というシステム。なかには、家出をしてホームレスとなり、窃盗や万引きを繰り返して地域住民を困らせていた子どももいた。スクールでは、彼らにサッカーの基本技術を叩き込んで、プロクラブの下部組織の入団テストを受けさせ、10人以上のプロ選手を生み出していた。スクールの経営状態は厳しく、市のスポーツ局からのわずかな助成金、地元企業からの寄付、そしてスクールに携わる人々の多大な支援によって辛うじて運営されていた。子どもたちが夢を抱いて生き生きとボールを追う姿が非常に印象的で、このスクールの活動が地域住民から非常に高く評価され、感謝されていることにも強い感銘を受けた。

ブラジルでは陸上競技はあまり盛んなスポーツとはいえないが、オリンピック出場選手がNGOを設立してユニークな活動を行なっている。陸上800m競技において、1984年ロサンゼルス・オリンピックで金メダル、1988年ソウル・オリンピックで銀メダルを獲得したジョアキン・クルスは、2003年に首都ブラジリアに「Instituto Joaquim Cruz(ジョアキン・クルス基金)」を創設し、トップ選手育成に特化したプロジェクトを推進している。現在、この基金には15歳から21歳までの16選手が在籍し、競技と生活の両面での支援を受けながら、2020年東京オリンピック(以下:2020年東京大会)でのメダル獲得を目指している。

バドミントンも、ブラジルでは競技人口が非常に少ないのだが、1998年、リオの貧民街(ファヴェーラ)に元バドミントン選手がNGO「Associação Miratus de Badminton(アソシアソン・ミラトゥス・デ・バドミントン)」を設立した。ここで練習を積んできたイゴール・コエーリョがブラジル人として初めて世界のトップ50に入り、2016年リオ大会に出場した。

これらのNGOを支える財源のひとつに、スポーツ省が2007年に施行した「A Lei de Incentivo ao Esporte(スポーツ奨励法)」がある。これは、1年間で法人であれば所得税の1%まで、個人であれば所得税の6%までの金額をスポーツ省が認定したスポーツ関連のNGOに寄付すると、翌年の所得税から相殺されるか還付されるというものである。2016年は、2億6,573万レアル(約88億円)が726のNGOに寄付された。

また、2005年以降、スポーツ省は各競技団体から推薦のあった14歳以上のアスリートに毎月、アスリート奨励金を支給している。その金額は年齢と競技レベルによって5ランクに分かれており、育成段階と学生(Bolsa-Atleta Categoria BASE / ESTUDANTIL)がそれぞれ370レアル(約12,210円)、国内トップレベルの競技会に出場するレベル(Bolsa-Atleta Categoria NACIONAL)が925レアル(約30,525円)、国際競技会に出場するレベル(Bolsa-Atleta Categoria INTERNACIONAL)が1,850レアル(約61,050円)、オリンピック・パラリンピック出場を狙えるレベル(Categoria OLÍMPICO/PARALÍMPICO)が3,100レアル(約102,300円)、世界ランキング20位以内で、オリンピック・パラリンピックで表彰台を狙えるレベル(Programa Atleta Pódio)が5,000~15,000レアル(約165,000円~495,000円/競技レベルによって異なる)となっており、1年ごとに契約が更新される。

2016年は、育成段階が217人と学生が396人、国内レベルが4,203人、国際レベルが1,132人、オリンピック・パラリンピック出場レベルが204人、表彰台レベルが213人の計6,365人に合計約8,000万レアル(約26億4,000万円)の奨励金が支給された。スポーツ省のレアナルド・ピッシアーニ大臣は、「2016年リオ大会は終わったが、2020年東京大会でさらに良い成績を上げるため、今後もアスリートに可能な限りの支援を行う」と語っている。

このほかにも、選手が居住する州や市、所属する競技団体が月に500~1,000レアル(約16,500~33,000円)程度の強化費を支給している。また、有望選手には一般企業がスポンサーとなってサポートするケースもある。

ブラジルの場合、プロスポーツとしては圧倒的にサッカーが盛んで、フットサル、バレーボール、バスケットボールがこれに続く。これらのクラブはトップチームが下部組織をもち、選抜を経て入団した若手選手をほぼ無償で育成し、多少の経済的援助を行うことが多い。しかし、それ以外のスポーツは、ほぼ純粋なアマチュア競技で、選手は政府、州、市、各競技団体、一般企業などから若干の援助を受けるとはいえ、他に職業をもって競技生活を続けることが多い。

自国開催のオリンピック・パラリンピックが終わり、ブラジル国内の経済状況が悪化していることから、アスリートへの公的支援は先細りの傾向にある。このような状況で、スポーツの普及とトップ選手育成の両面で、NGOが果たす役割は今後ますます重要となりそうだ。

※文中、1レアル=約33円で換算

レポート執筆者

沢田 啓明

沢田 啓明

Sports Journalist
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation