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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

その方法で本当にスポーツ実施率が高まりますか?

1.最新エビデンスが示す普及戦略の鍵と落とし穴

2017.12.22

その方法で本当にスポーツ実施率が高まりますか?
1.最新エビデンスが示す普及戦略の鍵と落とし穴

地域住民及び国民全体のスポーツ実施率を高めることは、健康・スポーツ政策上の重要な目標として位置づけられている。これまでに数多くの研究が、健康の維持・増進にとって、スポーツをはじめとした身体活動・運動の実施が重要であることを明らかにしてきた。しかし、スポーツ・身体活動の実施率を高めるための「普及戦略」に関する研究知見(エビデンス)を確認してみると、スポーツ実施率を高めることは極めて困難であることがわかる。本稿では、数回に分けて、こうしたスポーツ・身体活動の「普及戦略」に関する筆者らの研究成果を中心に、日本および世界の最新エビデンスや具体的な取り組みを紹介していきたい。

なお、ここで焦点を当てるのは、住民(国民)全体での身体活動量や(全種目を統合した)スポーツ実施率・運動実施率等である。種目間の乗り換えを考慮しない単一種目の実施率や、学校というひとつの空間に特定集団が集まっている児童・生徒の身体活動量・スポーツ実施率は、ここで扱う普及戦略の範疇にあるが、特殊な(ともに複数の理由から容易な)事例といえる。また、 “スポーツ”に限定した研究よりも、健康上の効果も考慮しつつ身体活動全般(家事等の生活活動を含む)の実施量を高めることを目的とした研究の方が多いため、以降、身体活動に焦点を当ててエビデンスを紹介していきたい。

科学的に証明された効果的な方法は…なかった?

運動のイメージ画像

身体活動を地域全体(ポピュレーション・レベル)で促進する方法として最も有力視されているのが、地域全体での多面的介入(Multi-strategic community-wide intervention)である。マスメディアの利用だけでは、「知識」や「意図」は変えられても、実際の「行動」まで変えることは難しいことがわかっている。また、運動教室の開催だけでも、参加できる人が限られており、地域全体にインパクトを与える上ではアプローチできる数が圧倒的に不足している。さらに、地域の物理的環境を変えることが出来たとしても(例えば運動施設の新設)、恩恵を受ける人々は限定的でどうしても地理的に偏ってしまう。そこで、こうした複数のアプローチを組み合わせた多面的介入が必要となる。しかし、2015年に出版されたコクラン・レビュー(世界のエビデンスを統合するイニシアティブ)において、こうした多面的介入の効果を検証した33本の論文が解析された結果、身体活動量の増加につながるという結論は得られなかった(Baker et al., 2015 Cochrane Database Syst Rev)。また、このレビューでは、こうした普及プロジェクトに関する研究の多くが、研究デザインや報告方法などの面で質の低い内容であることも指摘している。これはつまり、個人や少数の集団を対象とした働きかけとは異なり、厳密には、地域全体のレベルで身体活動量・スポーツ実施率を高めるための、科学的に証明された効果的な方法がなかったといえる。

島根県雲南市の運動普及プロジェクト-厳格なエビデンスとして世界初の成功事例

こうした中、筆者らは平成21年(2009年)に島根県雲南市で運動普及のプロジェクトを開始し、評価デザインとして最も質の高い(厳格な)クラスター・ランダム化比較試験で効果を検証してきた。このプロジェクトは身体教育医学研究所うんなん(島根県雲南市立)を中心とした研究チームで実施され、最近(平成29年12月)、5年間の取り組みの成果をまとめた論文が刊行された(Kamada et al., 2017 Int J Epidemiol)。これは、多面的介入により「地域レベルで身体活動量(運動実施率)を高めることは可能」ということを示した初の厳格な科学的知見となる。以降、具体的に紹介してきたい。

本プロジェクトでは、地域に暮らす中高年者の運動実施率が高まるかを検証している。これは、限られたグループを集めて運動教室を行うだけの研究・事業とは根本的に異なり、居住するすべての人が適度に活動的な生活を送る地域を創ることがゴールとなる。普及介入と評価の方法、および結果の概要は以下の通りである。

【普及介入と評価の方法】

(使用されたチラシの例)

(使用されたチラシの例)

介入は市内からランダムに選ばれた9つのモデル地区(交流センター:公民館・小学校区に相当)で行われ、さまざまな機関・市役所内多部署、そして地域の人々との協働によって、地域全体での多面的介入として展開された。また、各地区で普及する運動種目はランダムに割り振られ、歩行(有酸素運動)普及3地区、体操(柔軟・筋力増強運動)普及3地区、全種目普及3地区に分けられた。

ビジネス領域の知見を応用したソーシャル・マーケティングの手法に基づいて普及戦略を策定し、情報提供・教育機会・サポート環境の3観点から介入を構成した。情報提供としては、チラシ・ポスター・のぼり・音声放送(有線放送)などを活用し、教育機会としては、既存の地域行事や会合・健診・体育行事などの際、スタッフによる運動推奨の声かけや体操の短い指導という形で介入が行われた。また、サポート環境として、ボランティアを中心とした住民相互の声かけを促進する口コミ戦略(ネットワーク介入)などを行なった。これらはすべて、地域住民の声を取り入れ、住民及び地域自主組織との協働体制のもとで計画・実施された。

医学的エビデンスと住民インタビューを含めたマーケティングに基づき、「腰痛・ひざ痛は動いて治そう」「5分だけでもウォーキングです」といった核となるメッセージを作成した。

効果の検証として、比較対照3地区を加えた計12地区で無作為抽出の質問紙調査を行った。対象は40-79歳の地域住民であり、ランダムに6,000人を抽出し、介入前と1・3・5年後に追跡の調査を行なった。いずれも高い回収率を得て、最終的に計4,414人分の生活習慣等に関するデータを分析した。なお、この人数だけが介入を受けたわけではなく、あくまで介入は地区全域を対象としている。つまり、中高年者の全住民が対象であり、上記人数は、地域全体の影響推定のために代表サンプルとして調査対象となった抽出人数である。

普及戦略に関する相談風景 地区振興協議会の代表(中央)と集落支援員(右)及びプロジェクト本部所員(左)

普及戦略に関する相談風景
地区振興協議会の代表(中央)と集落支援員(右)及びプロジェクト本部所員(左)

ポスターの例「そのくらいなら私も歩いてるよ(やってるよ)」

ポスターの例「そのくらいなら私も歩いてるよ(やってるよ)」

【主要な結果】

  • 運動を普及した地域では、住民の運動実施率が高まったことが、5年目にして初めて確認された。さまざまな要因で調整した統計解析の結果、モデル9地区の運動実施率は、対照3地区の変化と比べると、5年間で4.6ポイントの増加に相当することがわかった。
  • 運動種目によらず、有酸素(歩行)・柔軟・筋力増強運動、どの種目も普及効果が確認された。しかし、すべての種目をまとめて普及を図った地区では、明らかな運動実施率の増加は認められなかった。
  • 普及効果に性・年齢や、介入前の身体活動量やからだの痛みの状態で差は見られず、中高年者全般に広く効果が見られたことが確認された。
  • 9つのモデル地区すべてで、住民自ら取り組む運動グループ・活動も出来ており、現在も活動が継続されている。
5年間の多面的地域介入が身体活動実施率に与える効果の図

図.5年間の多面的地域介入が身体活動実施率に与える効果(Kamada et al. Int J Epidemiol 2017を引用改変)

A群 = 有酸素運動(歩行)普及地区;
FM群 = 柔軟運動・筋力増強運動普及地区;
AFM群 = 有酸素・柔軟・筋力増強運動の全種目普及地区。

エラーバーは95%信頼区間。効果量がゼロより大きいことは、対照群(地区)に比べて介入群(地区)で各身体活動の実施率にポジティブな変化(増加)が見られたことを意味する。

*主要評価項目(アウトカム)は推奨身体活動の実施。以下の基準を1つ以上満たす場合: (1) 週に150分以上の歩行, (2) 柔軟運動を毎日, (3) 週に2日以上の筋力増強運動。

エビデンスが示す普及戦略の鍵とは

これまでの筆者らの先行研究では、1年後・3年後時点で、明確な運動実施率の増加は認められなかった(Kamada et al., 2013 Int J Behav Nutr Phys Act; Kamada et al., 2015 Int J Behav Nutr Phys Act)。他国のプロジェクトでも多くが1~3年の介入で終わっており、特に質の高い研究では、運動実施率の向上が確認されていない(Baker et al., 2015 Cochrane Database Syst Rev)。筆者らの先行研究は先に紹介したレビュー論文の中でも取り上げられており、世界初のクラスター・ランダム化比較試験として、国内外の33の研究のうち最も質が高い(バイアス・リスクが低い)研究であると評価されている。また、ソーシャル・マーケティングを活用した事業としても、最も緻密なプロセスがとられたことが他のレビュー論文の結果からわかっている(Fujihira et al., 2015 Soc Mar Q:さらにこのレビュー論文内には判定ミスがあるため、基準に基づいて再評価すると、唯一満点であることもわかる)。今回の5年後評価の結果と先行研究の知見から、普及戦略として1年間では短すぎるが、質の高い介入を時間をかけて行えば、身体活動・運動の普及は可能といえる。

また、歩行・柔軟・筋力増強運動のすべてを同時に普及した地域では、5年後時点でいずれの運動種目においても介入効果が確認されなかった。ターゲットが受け取る情報量が多くなり過ぎて「刺さらない」(印象に残らない)こと等が問題と考えられ、マーケティングでは「一度にひとつずつ」が基本とされており、まさにその正しさを示す証拠である。世界保健機関(WHO)等では、有酸素運動や筋力増強運動など複数種目が推奨されているが、単一事業内で普及する行動(運動種目)は絞った方がよいと考えられる。国や自治体の事業では、あれもしましょう、これもしましょう、となりがちだが、投入資源が限られている中でいざ普及戦略を立てる際には、的を絞るか、あるいは「期分け」を行い、まず歩行(有酸素運動)を促進し、次の段階で筋力増強運動を促進、といった長期戦略が必要となる。こうした注意点もあるため、省庁の補助事業や自治体の施策においては、複数年に渡る予算・人員をどう確保するかが鍵といえる。

まとめ

スポーツ実施率(身体活動・運動実施率)を地域全体で高めるためには

  1. ソーシャル・マーケティング等の戦略に基づく多面的介入を行う
  2. 1年以上の長い期間が必要
  3. 普及する行動(運動種目)は絞った方がよい

次回は、より詳細なソーシャル・マーケティングのプロセスや事業評価のポイント、普及戦略の推進に必要な人材等について解説していきたい。

※本研究は厚生労働科学研究費補助金(H20-循環器等一般-001)、JSPS科研費25282209,16H03249,特別研究員奨励費の助成を受けて行われたものです。

レポート執筆者

鎌田 真光  (2014年9月~2018年3月)

鎌田 真光  (2014年9月~2018年3月)

海外特別研究員
Research Fellow
Harvard T.H. Chan School of Public Health
Overseas Research Fellow, Sasakawa Sports Foundation (Sept. 2014~Mar. 2018)