Search
国際情報
International information

「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

知る学ぶ
Knowledge

日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

2016年リオ大会のレガシーの今 -東京が学ぶべき成功と失敗-

2018.11.09

2016年リオ大会のレガシーの今 -東京が学ぶべき成功と失敗-

2016年リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック(以下:2016年リオ大会)が閉幕してから約2年2カ月が経過し、2020年東京オリンピック・パラリンピック(以下:2020年東京大会)開幕まで約1年8カ月となった。2016年リオ大会がリオデジャネイロとブラジルに残したレガシー(遺産)を改めて検証し、東京と日本が学ぶべきこと、留意すべきことを考察してみたい。

リオ大会の写真

ブラジル連邦政府、リオデジャネイロ州、リオデジャネイロ市、リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック組織委員会並びにオリンピック公共局(Autoridade Pública Olímpica=APO)は2015年4月に「2016年オリンピック・パラリンピックの公共政策とレガシー」改訂版を、リオデジャネイロ市は同年7月に「2016年オリンピック・パラリンピックのレガシー・プラン」を、オリンピック公共局は2016年8月に「レガシー使用計画」最終版を、そして2017年3月にリオデジャネイロ市とオリンピック公共局から2016年リオ大会の主要競技施設の運営、管理、維持の諸業務を引き継いだブラジル政府スポーツ庁のオリンピック・レガシー管理局(Autoridade de Governança do Legado Olímpico = AGLO)は同年6月に「レガシー・プラン」を発表した。これらの報告書は、2016年リオ大会がリオデジャネイロにもたらす最大のレガシーとして公共交通機関とインフラストラクチャーの整備、スポーツ関連施設の拡充を想定していた。

このうち、公共交通機関についてはほぼ期待された通りの効果を上げている。大会に合わせて建設された市南部イパネマ地区とバーラ地区を結ぶ地下鉄(4号線の延長工事)、デオドロ地区とバーラ地区を結ぶBRT(バス高速輸送システム)、市の中心部を走る路面電車VLT(ライトレール)はそれぞれ一日に30万人前後の利用者があり、市内の渋滞緩和にも大きく貢献している。 インフラストラクチャーに関しては、施設が老朽化していた港湾地区の再開発が行われ、未来美術館などが建設され、大会後もスポーツ、音楽、文化などの各種イベントが開催されて市民の憩いの場となっている。また、市内各地における洪水対策や下水道整備なども一定の効果を上げた(ただし、2016年リオ大会誘致時に大会組織委員会が公約していたグアナバラ湾とロドリゴ・デ・フレイタス湖の浄化に関しては十分とは言い難い)。

しかし、スポーツ関連施設の利用に関しては紆余曲折があった。

大会前、リオデジャネイロ市とオリンピック公共局は、「バーラ地区のオリンピック・パークなどの主要施設は入札で募集した民間業者に管理を委託し、その多くは国内外のスポーツ大会やイベントに頻繁に利用される予定。デオドロ地区のカヌー(スラローム)と自転車競技(BMX)の会場(総面積約50万㎡)は巨大な多目的レジャーエリアに改修し、地域住民約150万人に多種多様なスポーツを楽しむ機会を提供する。ゴルフ場は大会後、ブラジル・ゴルフ連盟に運営を委託し、広く一般に開放される。バーラ地区のオリンピック・トレーニングセンターの第3アリーナ(オリンピックのフェンシングとテコンドー、パラリンピックの柔道が行われた)は全面改修してスポーツ専門校とし、卓球、バレーボール、バスケットボールなど10競技のトップ選手を目指す青少年850人の練習と勉学の場とする。第4アリーナ(オリンピックのハンドボールとパラリンピックのゴールボールが行われた)も全面改修して4つの小学校や中学校を設立し、約2,000人の生徒が学ぶ予定」と発表していた。

ブラジルの国旗デザイン

しかし、これらの目論見の多くが外れることとなる。

2016年リオ大会終了後、バーラ地区のオリンピック・パークの競技施設の運営、管理、維持を請け負っていた民間の会社が2016年限りで業務を停止し、リオデジャネイロ市が別の管理会社を募集したが希望者がなかった。リオデジャネイロ市にはこれらの施設を運営、維持、管理するための予算とマンパワーがなく、ブラジル政府スポーツ庁と協議した結果、オリンピック・パークの主要施設とデオドロ地区の射撃、ホッケー、十種競技などの施設の管理責任が同庁へ移転され、2017年3月、同庁が設立したオリンピック・レガシー管理局(Autoridade de Governança do Legado Olímpico = AGLO)がこれらの施設の運営、管理、維持を引き継いだ。同管理局は同年7月に「レガシー・プラン」を発表し、これらの競技施設を国内外の各種スポーツ大会に使用すると同時に、トップアスリートの強化と育成、青少年らへのスポーツ振興、さらには各種イベントの開催に提供する意向を表明。同年11月以降、施設の一部がバスケットボール、卓球、ビーチバレー、フットサル、柔道、柔術、空手、射撃などの競技会、さらには社会文化活動や宗教団体のイベントに至るまでかなり頻繁に使用されるようになった。とはいえ、2016年リオ大会のために準備された高度な競技施設が存分に利用されているとは言い難い状況が続いている。

デオドロ地区のカヌー(スラローム)と自転車競技(BMX)の会場に関しては、2016年9月にカヌー会場がプールとして一般に開放されたが、プールの管理を任された民間の会社がやはり2016年末をもって業務を停止し、以後、新たな管理会社が見つからず閉鎖されていた。ようやく2018年5月、民間のNGO(Serviço Social do Comércio=SESC)に管理が委託され、以後、スポーツや社会文化活動の拠点として利用されている。

ゴルフ場に関しては、ブラジルではゴルフ愛好者が限られており、使用料も割高であることから利用者が少なく、管理を委託されているブラジル・ゴルフ連盟は利益を出すどころか管理費用すら賄えていない。このため、グリーンには穴が目立ち、多くの野生動物が棲みつくなど管理状態が悪い。今年に入ってからアマチュアレベルのゴルフ大会や初心者のためのゴルフ教室などが行われるようになっているが、巨額の投資によって世界最高レベルの競技会が行われるべく建設された施設が有効に活用されているとは言い難い。

オリンピック・スポーツセンターの第3アリーナと第4アリーナは引き続きリオデジャネイロ市が管理しているが、資金不足を理由にスポーツ専門校に改修されることなく、時折、卓球、フットサル、総合格闘技などの大会が行われるにとどまっている。第4アリーナも、やはり資金不足のため学校を建設する計画が無期延期となっている。これについて、リオデジャネイロ市の担当者は「ブラジル経済が低迷し、市の税収が減って財政が悪化したため」と説明するが、実際にはブラジル経済の低迷は2016年リオ大会開催前から続いており、市当局の見通しの甘さ、そして実現可能性が低い見通しをあえて発表した無責任さが地元メディアなどから強く批判されている。

ブラジルの場合、スポーツ振興には「貧困家庭の子弟にスポーツの機会を与えることを通じて犯罪から遠ざけ、就学の機会を与える」(これは、ブラジル国内では Projeto Social =社会プロジェクト*=と呼ばれる)という意味合いもある。それが実った典型的な例が、リオのファベーラ(貧民街)で生まれ育ち、攻撃的な性格を直そうと両親が地区のNGOが運営する柔道の道場に入れ、その後、国際的な選手となってリオデジャネイロオリンピックの女子柔道57kg級で優勝したラファエラ・シルバ選手である。金メダルを獲得したことで国民的なヒロインとなり、経済的に恵まれない家庭出身の青少年や彼らを支援するNGO、競技団体らに大きな勇気を与えた。

*Projeto Social 詳細:NGOによるスポーツのソーシャル・プロジェクト 前編

また、2014 年サッカー・ワールドカップに続いてブラジル国民が観客として、あるいはボランティアとして世界最大規模のスポーツイベントを楽しみ、世界各国からやってきたスポーツ関係者や観光客らと交流したことは、ブラジル国民にとって、ひいてはブラジルにとって有形無形の財産となったはずだ。

日本も、くしくも2019年ラグビー・ワールドカップに続いて2020年東京大会を迎える。

日本とブラジル、東京とリオデジャネイロでは、スポーツ環境のみならず社会全般の状況が大きく異なる。しかし、東京が東日本大震災からの復興のアピールと被災地への支援を目的のひとつとして大会を誘致し、大会を通じて地方の活性化などを目指していることは、リオデジャネイロが2016年リオ大会開催を契機として公共交通機関の拡充をはじめとするインフラストラクチャー整備を目指すと同時に社会プロジェクトの一環として選手を強化したことにも通じる社会的意義がある。

東京は、レガシーの有効活用に関するリオデジャネイロの成功と失敗を教訓として、大会後にレガシーを最大限に活用するための具体的な方策を立て、その実現のために可能な限り準備を進める必要があるのではないだろうか。

レポート執筆者

沢田 啓明

沢田 啓明

Sports Journalist
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation