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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

2016年リオデジャネイロ大会のレガシー・プラン Vol.4

2016.08.18

2016年リオデジャネイロ大会のレガシー・プラン Vol.4

オリンピック実験中学校について

2016年リオデジャネイロ・オリンピック・パラリンピックのレガシーは、同大会のために建設・改修された競技施設、公共交通インフラの整備、旧市街の再開発などにとどまらない。
大会の誘致に成功した2009年末以降、リオデジャネイロ市の教育局はオーストラリア、アメリカ、カナダ、中国など諸外国におけるスポーツ専門校の事例を研究し、2011年11月、Ginásio Experimental Olímpico (略称GEO=オリンピック実験中学校)の設立計画を発表した(注:ブラジルの教育制度は小学校4年、中学校4年、高校3年、大学4年であることから、対象となる生徒の年齢は、通常、11歳から14歳まで)。

教育局が立ち上げたウェブサイトでは、「優れた運動能力をもつ生徒にインセンティブと施設を提供し、オリンピック競技におけるスポーツ技能を向上させることを目指す国内では例のないモデル校」と説明されており、そのコンセプトを「全日制中学において、生徒に勉学とスポーツを両立させること」、ミッションを「良き生徒、良きアスリート、良き市民を、市立校で育成すること」と謳っている。そして、「良き生徒、良きアスリート、良き市民」の定義を、「より公正で連帯意識に満ちた社会を実現すべく、自らの勉学、スポーツ、社会に関する知識と技能を向上させることができる者」と規定している。

具体的には、陸上競技用トラック付きの総合グラウンド、体育館、プール、更衣室、食堂などの設備が用意され、午前7時半から午後4時半まで、生徒たちは中等教育のカリキュラムをすべてこなし、さらに毎日英語の授業を受けたうえで、陸上競技、サッカー、バレーボール、ハンドボール、バドミントン、柔道、卓球、フットサル、レスリング、水泳、チェスなどの実技を専門コーチから学ぶ(毎日2時間程度)。また、栄養士がつくった献立による朝食、昼食、午後の間食が提供される。

スポーツの授業では、1年目にすべての競技を体験させて各々の適性を確認。2年目と3年目は、週4回は特定の競技を練習して習熟度を高める一方で、週1回は別の競技を行い、4年目になると週5回、特定の競技の練習を行う。これだけの充実した教育内容でありながら、他の公立中学と同様、授業料は一切無料となっている。

エドゥアルド・パエス市長は、GEO設立の意義について、「トップレベルのアスリートを養成することを目指すが、それだけが目的ではない。仮にアスリートとして成功できない場合でも、指導者、医学療法士、ドクターなどスポーツに関連した職業を選べることができるよう手助けする。また、経済的に恵まれない家庭の児童に良質の教育を与える機会を提供する意味合いもある」と語っている。

2012年4月、最初のGEOとして市の中心部からほど近いサンタ・テレーザ地区でフアン・アントニオ・サマランチ校が開校した。定員の10倍を超える入学希望者の中から、試験に合格した342人が入学した。また、2013年には市北部のカジュー地区にフェリックス・ミエーリ・ヴェネランド校が、市西部のペドラ・デ・グアラチーヴァ地区にドトール・ソクラテス校が設立され、それぞれ約400人の生徒が入学した。そして、2015年12月には2016年オリンピック・パラリンピック大会の競技施設があるイーリャ・ド・ゴヴェルナドール地区にフェウソン・プルデンシオ校が開校され、450人が入学した。さらに、2016年オリンピック・パラリンピック終了後、バーラ地区のオリンピック・トレーニングセンターの第3ホール(オリンピックのフェンシングとテコンドー、パラリンピックの柔道の会場となる)が約100万レアル(約3,100万円)の費用をかけて改修されて5番目のGEOとなり、約850人の生徒がスポーツと勉強に勤しむ予定だ。

GEOの成果は、早くも目に見えるかたちで現れている。フアン・アントニオ・サマランチ校は、2014年から2年連続で、市の中学校体育大会で総合優勝した。過去の大会では、施設と指導者に恵まれた私立中学が上位を占めることが多く、公立中学が優勝したのは初めてだった。

教育局のエレーナ・ボメニー局長は、「生徒、コーチ、教師ら関係者全員の熱意と努力が、予想を上回る結果をもたらしつつある。ただ、これに満足せず、今後も継続して努力を続ける」と語っている。生徒の父兄の満足度も高い。12歳の娘がGEOに通うある母親は、「早朝から午後まで学校が娘を預かってくれ、しっかり勉強とスポーツができるので、とても安心です。娘も学校が大好きで、毎日、張り切って通っています」と語る。

さらに、市教育局は身体に障害をもつ生徒のためのGinásio Experimental Paraolímpico(GEPO=パラオリンピック実験中学校)を今年末に市南部オノリオ・グルジェル地区に設立する計画を発表している。3つの多目的コート、2つのプールなどを備え、陸上、水泳、ブラインドサッカー、シッティング・バレーボール、車椅子ラグビー、ボッチャ、車椅子バスケットボールなどの実技を学ぶことができ、約200人の生徒を受け入れる予定という。

ただし、現時点で、GEOを卒業した15歳以上の生徒を対象とする同様の形態の教育機関は存在しない。地元のスポーツ関係者の間には、「さらに多くの生徒を受け入れられるかどうか、また卒業生の受け皿を用意できるかどうかが今後の課題」と指摘する声もある。

レポート執筆者

沢田 啓明

沢田 啓明

Sports Journalist
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation