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2016年リオオリンピック・パラリンピック廃墟化するレガシー その2

2017.04.28

2016年リオオリンピック・パラリンピック廃墟化するレガシー その2

(その1より続く)

ブラジルオリンピック委員会(Comitê Olímpico do Brasil/以下:COB)を中心に組成された招致委員会が、2016年リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック(以下:2016年リオ大会)の誘致に成功したのは、ブラジル経済が絶頂期にあり、国民からカリスマ的な人気を博していたルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領の政権下で政治も安定していた2009年のことだった。ところが、その後、依存度が高かった中国経済の低迷に歩調を合わせて経済状況は悪化の一途をたどり、さらに政財界首脳を巻き込む未曾有の汚職事件などが起きて、ブラジルの経済と政治への国民の関心は急速に低下していった。そして、2016年リオ大会は、競技施設の建設・改修と交通インフラ工事の大幅な遅れ、競技で使用される海と湖の水質汚染、ジカ熱の流行、深刻な治安の悪化、テロへの懸念などといった多くの不安材料を抱えたまま開幕することとなった。

実際に大会が始まってみると、選手村のオープン直後に電気系統や水道・トイレなどに不具合が発覚して緊急の手直しを要した不手際があったものの、その後は競技施設や交通システムに関して大きなトラブルはなかった。おおむね涼しい天気が続いたため、ジカ熱が猛威を振るうことはなく、一部の盗難事件などを除けば治安は深刻な問題とはならず、テロも発生しなかった。

オリンピックの閉会式で、トーマス・バッハ国際オリンピック委員会(以下:IOC)会長が「象徴的で、記憶に残る大会だった。厳しい社会問題を抱える中でも、スポーツを通して連帯と結束の力を示した」と評価したことや、大会組織委員会のカルロス・アルトゥール・ヌーズマン注)会長が「素晴らしい成功を収めた。世界中がリオに注目し、高く評価してくれたことを誇りに思う」と自画自賛したことも、運営面に限れば頷けた。

※注 元バレーボール選手で、ブラジル代表メンバーとして1964年東京オリンピックに出場。1975年には、ブラジル・バレーボール連盟の会長に就任、競技力向上に尽力して1992年バルセロナオリンピックで男子チームの金メダル獲得に貢献。その手腕を評価されて、1995年から現在までCOBの会長を務めている。また、IOC理事でもあり、2016年リオ大会では、招致委員会ならびに組織委員会の会長を務めている。

しかし、2016年リオ大会が終わって約7ヵ月経過した現在、大会組織委員会は深刻な問題を抱えており、いまだ解散できない状況にある。大会運営を通じて膨大な借金を抱えており、その返済が完了していないのである。

2016年リオ大会を誘致する際、ヌーズマン会長は「IOCは開催国に財務保証を求めており、ブラジル政府も了承したが、これは形式的なもの。我々は絶対に赤字を出さないし、国にも州にも市にも一切迷惑はかけない」と確約していた。しかし、大会が終わった直後に約2億レアル(約72億円)の負債があり、その後、返済を続けてきたものの、2017年4月時点で、まだ約1億レアル(約36億円)の負債が残っている。

組織委員会のマリオ・アンドラーデ広報部長は、「負債額の一律30%カットを求めて債権者と交渉中だ。我々の要望が受け入れられれば、完済できる」と言明する。ただし、組織委員会は2017年6月末に解散することになっており、それまでに負債を払い終えることができなかった場合は、リオ州とリオ市がその肩代わりをさせられることになる。当然のことながら、地元メディアと州民からは批判が噴出している。

組織委員会が抱えている問題はこれだけではない。前回レポートでお伝えしたとおり、大会の開会式、閉会式、男女サッカー競技の会場となったブラジルサッカーの殿堂「マラカナン・スタジアム」は、2016年3月から11月まで所有者であるコンソルシオ・マラカナン(マラカナン・コンソーシアム、以下:コンソルシオ)から組織委員会へ貸与されていた。しかし、組織委員会がコンソルシオにスタジアムを返還しようとした際、2016年リオ大会のために改修された屋根、スタンド、事務所などを元通りにすることが契約上義務付けられていたにもかかわらずそうなっておらず、コンソルシオ側は受け取りを拒むと同時に契約履行を求めて訴訟を起こした。この間、管理者が不在となったスタジアムは、野良猫がピッチに入り込んで芝が荒れ、外部からの侵入者が約7,000席のスタンドの座席を剥ぎ取るなどの被害を被った。このような状況で、「マラカナン・スタジアム」では2016年以降、約11ヵ月もの間サッカーの公式試合を開催することができず、地元のファンを激怒させた。結局、2017年4月、リオの地方裁判所が「組織委員会にはスタジアムの設備をすべて元通りにして返却する義務がある」という判決を下し、組織委員会はさらなる出費を強いられることとなった。

さらに、2016年リオ大会に向けた交通インフラなどの建設に際して、リオ州、リオ市と建設業者の間に多額の賄賂の授受があったと地元メディアが報じている。組織委員会に関してはこれまでのところ同様の疑義は発生していないものの、オリンピック公園内のメディア用レストランにヌーズマン会長の近親者が経営する業者を起用したとされており、この件について同会長は誰もが納得できる説明をしていない。

2016年リオ大会後、競技施設はほとんど使用されておらず、管理も不十分で、「巨額の資金を投入して大会を開催したが、多額の赤字を残し、しかも競技施設の多くが宝の持ち腐れ」という最悪の事態を迎えつつある。組織委員会は、2017年7月までに負債を完済し、使命を全うして有終の美を飾ることができるのかどうか。リオ市民、リオ州民、そしてブラジル国民は、その動向を厳しい目で今も眺めている。

※文中、1レアル=約36円

レポート執筆者

沢田 啓明

沢田 啓明

Sports Journalist
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation