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国際情報

Sport News Brazil

2017年6月15日

NGOによるスポーツのソーシャル・プロジェクト 前編

 

  ブラジルでは、先進諸国のように青少年が学校や公共のスポーツ施設を無償もしくは安価で利用して気軽にスポーツを楽しむ環境は整備されていない。大半の小学校、中学校、高校にはプールがなく、屋外の運動場すらないことが多い(通常、体育の授業は狭い室内体操場で行われるため、実施種目は限られている)。そこで、中流以上の家庭では子どもを有料のスポーツクラブに通わせ、サッカー、フットサル、水泳、柔道、テニス、乗馬、バレーボール、バスケットボールなどを習わせることが多い。しかし、中流未満では経済的な理由からそれが困難で、路上や空き地での草サッカー、公園・広場などでのフットサルやバスケットボールなどの活動を除くと、子どもたちがスポーツに親しむ機会は限られている。このことは、彼らの心身の健全な発育を妨げるばかりか、路上などで犯罪グループと近しくなり、窃盗・麻薬取引といった犯罪に引き込まれかねない事態を招いている。

  このような状況を改善するため、主としてNGO(非政府組織)が恵まれない家庭の子どもたちにサッカー、フットサル、柔道、バドミントン、陸上競技などに親しむ機会をほぼ無償で提供し、才能がある子どもにはトップアスリートを目指す道を拓いている。スポーツ特待生として奨学金を得て高校や大学へ進学したり、スポーツ省から強化費を支給されて競技生活を続けプロ選手となったりして、子どもたちの社会的地位の向上の実現を手助けしている。このような活動は「Projeto Social」(以下:ソーシャル・プロジェクト)と呼ばれており、これらのNGOは国、州、市、一般企業などからの支援によって運営される。

  このソーシャル・プロジェクトによる顕著な成功例が、2016年リオデジャネイロ・オリンピック(以下:2016年リオ大会)の柔道女子57kg級で金メダルを獲得したラファエラ・シウヴァ選手(25)である。

  彼女は、リオ市内に700ヵ所以上ある貧民街(ファヴェーラ)の中でもとりわけ貧しくかつ危険で、映画「シティ・オブ・ゴッド」の舞台ともなった「シダージ・デ・デウス地区」で生まれ育った。幼い頃からサッカーが好きで、男の子に混ざって路上でボールを蹴っていたが、気が強い性格で、周囲の人との争いが絶えなかった。娘の将来を案じた両親が、持て余すエネルギーを発散させる場を与えようと、彼女が8歳のときに柔道家フラヴィオ・カント氏(2004年アテネ・オリンピックの柔道男子81kg級銅メダリスト)が主宰するNGO「レアソン学院」へ入学させた。

  レアソン学院は、リオ市内のファヴェーラ4ヵ所に拠点をもち、5歳から17歳までの少年少女約1,000人に無償で柔道を教えている。「柔道場の内でも外でも“黒帯”になれ!」という指導理念のもと、柔道を通じて心と身体を鍛えることのみならず勉強や進学の手助けをし、希望者には職業訓練も行う。レアソン学院より推薦された優秀な選手は、奨学金を受けて高校や大学へ進学し、引き続き同学院で柔道を続けながら世界トップレベルの選手を目指す。

  シウヴァ選手は、このような恵まれた環境で才能を伸ばし、2011年の世界柔道選手権大会(以下:世界柔道)のブラジル代表に選ばれて銀メダルを獲得した。2012年ロンドン・オリンピックにも出場したものの、2回戦で敗退した。しかし、2013年の世界柔道で初めて世界の頂点に立ち、さらに地元開催の2016年リオ大会で優勝して、母国のヒロインとなった。「柔道とレアソン学院が、私の人生を変えた。高校へ進学できたし、強化費をもらって競技生活を続けられたから、金メダリストになれた」と感謝する。

  レアソン学院には、現在、シウヴァを含めて4人のブラジル代表選手が所属しており、他の若手の有望選手ともども、2020年の東京オリンピックを目指して厳しい練習を続けている。ブラジルには、レアソン学院のように経済的に恵まれない青少年に柔道を教えるNGOが10前後存在する。また、ブラジル柔道連盟(Confederação Brasileira de Judô)は17都市に練習拠点を設置して指導者を派遣し、7歳から16歳までの約2,600人に無償で柔道を教え、底辺を広げると同時にトップ選手の育成にも力を注いでいる。

レポート執筆者
沢田 啓明

Sports Journalist

Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation

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