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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

Perchance to Disrupt(和訳:破壊的変化の可能性)

2015.01.23

Perchance to Disrupt(和訳:破壊的変化の可能性)

モーフィング(Morphing)※1 とは、ある画像を別の画像に滑らかに変化(モーフ)させる映像の特殊効果のことをいう。今、ヨーロッパ中の健康・フィットネスの推進組織が組織名に「Active」という単語をつけて名称をモーフさせている。直近では、アイルランドのILAM Ireland(Institute of Leisure & Amenity Management Ireland Limited)がIreland Activeに、EHFA(European Health & Fitness Association)がEurope Activeにモーフした。英国では2012年に、FIA(Fitness Industry Association)がukactiveにモーフした。

有名企業がモーフした初期の事例としては、若き薬剤師キャレブ・ブラッドハムが1893年に作り出したBrad's Drinkを1898年にPepsi-Colaと改名した例がある。また、1996年にカリフォルニア在住の二人の男がBackRub と名付けて始めた新たな検索ビジネス を2年後にGoogleへとモーフさせた。その二人組、サーゲイ・ブリンとラリー・ペイジは、それからたった8年でその社名が「検索する」という意味の動詞として定着し、オックスフォード英語大辞典にも掲載されることになると予想していただろうか。長年にわたり何十億ドルもの広告費をかけることで定着したColaやPepsiという単語は今や比喩(Colaのような…、Pepsiのような…)として日常的に使われている。Activeも今後8年から116年の間に多くの人々の日常会話に登場する単語になりえるだろうか。

イースターの休暇中、バッハのマタイ受難曲を聴きながら、現在のヨーロッパのフィットネス業界は市場を拡大させる情熱を持っているのだろうかと考えた。前ローマ教皇のベネディクト16世(神が傍らについておられたかどうか疑わしいと評価された方だったが)でさえ「主は時々眠っておられるように思えた」と認めてしまうのに、単なる凡人である我々はどうやって眠れる大多数を目覚めさせればよいのだろうか。世界中の学者が人々の活発な身体活動を促すための「フレームワーク」「青写真」「コンセプト」などを検証してきたが、人々を長期的に活発な身体活動にコミットさせることにはことごとく失敗し、結果、どの国においても国民の健康を抜本的に改善させるには至らなかった。

恐らく、組織の改名に熱心な団体の多くは解決不可能な問題への答えを得るために「成功事例」に頼ったり、もっと悪い場合には「常識」に従ったりしてしまっているのだろう。あまり考えたくはないが、もしかしたら、この「Active」ムーブメントもすでに眠りに陥っているのかもしれない。先日、サンディエゴで行われた国際ヘルス・ラケット・スポーツクラブ協会(International Health, Racquet & Sports club Association:IHRSA)の年次会議での基調講演は「確証バイアス」についてだった。確証バイアスとは、同世代を生きる人々同士が、他者を怒らせることや既得権益を脅かすことを恐れるあまり、直面する課題のみならず将来の課題についても疑義を呈したり、議論したりする気が起きなくなる現象を指すという。

我々はあまりにも長い間、「持続的なイノベーション(sustaining innovation)」、つまり従来の市場に影響を与えない程度のイノベーションばかりを繰り返してきたようだ。それにひきかえ、破壊的イノベーション(disruptive innovation)は新しい市場の創出を促すものである。そして今、スポーツおよびフィットネス業界は変化への機が熟したといえる。英国では、フィットネスクラブのGymFlexとPayasUgymが、年間会員制度への不評や欠点に気づき、すでに制度は破綻していると見抜いた。その上で両社は迅速な改革を行い、結果としてGymFlexは、現在そのネットワーク内に 1,000 を超える会社を有し、一方PayasUgymは1,700以上の施設を抱え、ジョン・ルイス百貨店の「他店の方が安かった場合には、差額を返金する」というモットーを踏襲している。

破壊的技術(Disruptive technology)は、より幅広い客層にアプローチできるという点でさらに面白い。たとえば、身体活動量記録のアプリに関していうと世界上位4つのアプリだけで1億人以上のユーザーを抱える。英国のSplashpathというアプリは、プール利用のスケジュール(タイムテーブル)管理を無料で簡単に操作できるソフトウェアを、全国のスイミングプールと結び付けるという発想からはじまった。当時、ほとんどのプールのマーケティング手法には進化がなく、20年前(1994年)で止まっていたようなものだった。会員サイトの掲示板に時代遅れのポスターや予定イベント、3か月前のPDFが貼られているようなものがほとんどであった。一人の消費者として、また熱心なスイマーであり水球クラブのキャプテンでもあったダン(Splashpathを開発したクリエイター)は、iOSアプリの開発者として、そうした更新が鈍いサイトを破壊し、現代(2014年)にふさわしいものに刷新するべく、プール利用者がサイト上で最新のタイムテーブルが見られるようにするシステムを生み出した。それは、プールを運営する側と利用する側が互いにwin-winの関係を築けるシステムとなった。

ロンドンに新しくオープンしたアクアティクス・センター(2012年ロンドン オリンピック・パラリンピック大会の競泳会場)を含む英国中の公営プールの半分以上がこのタイムテーブルシステムをサイト上で運用している。タイムテーブルは毎週50万件以上が閲覧され、15万人以上の登録スイマーがお気に入りのプールや泳ぐ頻度、プールの気に入った点や気に入らなかった点などについて語り合っている。たとえばサセックスのバージェス・ヒルにあるThe Triangleという名のプールは、1,200人以上の利用者にお気に入り登録されている。

Splashpathは一年前にSpeedo Fitにモーフし、今は日本を含む100ヵ国以上の国で運用されている。
Speedoは英国の伝統的な水着メーカーのブランド企業のひとつであり、160ヵ国以上にいるオリンピック選手、複数のナショナルチームのスポンサーを務める。

2014年、ダンは日本を含む世界各国のスイマーをアシストし、横につなぐスマートウォッチ「Pebble」用の新アプリを開発した。Pebbleはたんなる水泳用腕時計ではなく、スイムウォッチ用アプリが使えるスマートウォッチだ。成績通知を受けたり自身を「定量化」することが好きなスイマーの多くが、アプリ(ウォッチ)が泳いだ距離やストローク数の違いをカウントし独自のアルゴリズムによってはじき出すデータを、更衣室に着く前にスマートフォンで受け取ることにはまっている。

このスマートウォッチだけでは破壊的なものとはならないが、Evernote、Time Warner、eBay、Starbucks、Yelp、Pandora Music、Google Navigationや火星探査機から毎時届く写真のような楽しいモノと組み合わせることで、たちまちムーブメントを引き起こすファン層を形成する。イースター休暇の週末、サイクリングを終えると、スマートフォン上のアプリRunKeeperから自己ベストを叩き出したとのメッセージが私のPebbleに届いた。このウォッチはこうして私に最高の瞬間を日々届けてくれるのである。これこそが、最終的に(かつ予想外に)既存の市場に代わる新しい市場を創造するイノベーションである。私のPebbleは、日々、盤面を最新の状態にモーフし(もちろん時間も教えてくれる)、現在の天気と気温を知らせ、7分間のワークアウトプログラムを提供し、私のiPhone5のカメラをリモートコントロールしてくれる。

現在、2,300を超えるアプリがPebble用に開発され、BYOD(Bring Your Own Device"自分独自のデバイスを携帯しよう")という新たなトレンドをフィットネスクラブ、スポーツクラブで形成し始めている。利用者は着実に増えており、この流れに乗らない手はない。

ウェアラブル(身につけられる)デザインのデバイス、テクノロジーが相次いで開発され選択肢の幅は絶えず広がっている。最近NikeはFuelBand(装着している人の身体活動を数値化、記録するリストバンド)の開発を今後行わないことを発表したが、その一方でFacebookは、行動履歴計測(記録)アプリのMovesを買収、ソニーは防水型スマートウォッチの開発に着手した。スポーツとフィットネスの世界は場所や製品にこだわるよりも、体験とそれに対する迅速なフィードバックに焦点が移りつつあるようだ。

今こそ変革し、モーフし、そして恐らく破壊すべき時であろう。

1 原文では「変化」を表す動詞として“Change”と“Morph”の両方を用いている ため、Changeは「変化する・変わる」、Morphは「モーフする」と訳す。

レポート執筆者

David Minton

David Minton

Founder, LeisureDB
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https://www.leisuredb.com/
Special Advisor, Sasakawa Sports Foundation