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国際情報

Sport News United States of America

2015年05月20日

ボストン・レッドソックスと地域社会のつながり

今回は、マサチューセッツ州のスポーツ事情として、プロ野球球団であるボストン・レッドソックス(Boston Red Sox)の取り組みについて報告する。2015年4月現在、レッドソックスでは、日本人が選手として活躍するだけでなく、アジア事業戦略担当兼広報として、吉村幹生氏が球団運営面でも活動している。長い歴史を誇るレッドソックスが地域社会とつながり、どのような活動を行っているのか紹介していきたい。

写真.本拠地フェンウェイ・パークでのボストン・レッドソックスの試合風景
"Fenway10" by Mr.schultz - Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

スポーツの街、ボストン

マサチューセッツ州ボストン(ボストン市及びその近郊市町村)は、アメリカで最も古い歴史を誇る都市のひとつであり、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)などがある学術の街として知られる。また、ボストン美術館(Museum of Fine Arts, Boston)には多くの日本美術が収蔵され、京都市とボストン市は姉妹都市の関係にある。

そんなボストンには、「スポーツの街」という顔もある。ボストン市を中心としてマサチューセッツ州にはアメリカ4大スポーツ全てのチームがあり、1年を通してスポーツの話題に事欠かない。2014-2015年シーズンで全米優勝を果たしたニューイングランド・ペイトリオッツ(アメリカン・フットボールNFL、1960年-)をはじめ、ボストン・セルティックス(バスケットボールNBA、1946年-)、ボストン・ブルーインズ(アイス・ホッケーNHL、1924年-)、そしてボストン・レッドソックス(野球MLB、1901年-)である。その中でも、チーム創設が最も古く、1912年に開場したフェンウェイ・パーク(球場)とともに市民に愛されている球団がレッドソックスである。

レッドソックスでは、これまでに日本人選手も多く活躍しており、2015年シーズン開幕時には、上原浩治選手と田澤純一選手の二人の投手が選手登録されている。テレビ中継に映る、フェンウェイ・パーク名物の「グリーン・モンスター」(大きな緑色のレフト側フェンス)を目にしたことがある方もいらっしゃるのではないだろうか。筆者が渡米してボストンで生活を始めたのは2013年12月である。ちょうどレッドソックスが2013年シーズンの優勝を果たした後で、上原選手のガッツポーズ姿の写真を街の至るところで目にした。それは2013年4月15日に発生したボストン・マラソン爆弾テロ事件の後に、「Boston Strong」のスローガンを掲げて達成した優勝だけあって、シーズン後の時期にありながら、地域とプロ・スポーツ球団との強いつながりを肌で感じた。また、筆者の職場であるブリガム・アンド・ウイメンズ病院予防医学科では、毎年、レッドソックスの観戦ツアーが開かれている。他のスポーツ(チーム)も当然人気だが、観戦ツアーが開かれるのはレッドソックスだけである。

レッドソックスが目指すもの Five commitments

さて、このように市民に愛されるレッドソックスに現在の経営陣が就任したのは2002年である。その際、彼らは「5つの誓約・責務(Five commitments)」として、球団の経営理念・ミッションを以下のように示した(ここで言う経営陣とは、試合の指揮をとる監督らではなく、球団オーナー達のことである)。

  • 1.ファンのサポートに値するチームにする(強いチームにする)
  • 2.古き良き球場を守り、球場でより高い次元の体験を提供する
  • 3.新しい、そして広い領域のマーケットに積極的に進出する
  • 4.地域社会の一員として活発に貢献する
  • 5.ボストン、ニューイングランド地方とレッドソックス・ファンのために、「バンビーノの呪い」を解いて優勝する

この5つをみると、レッドソックスがプロ球団として、ただ単に試合に勝つことだけを目指すのではなく、明確な指針に基づいて種々の活動を行っていることがわかる。そして、これまでに積み上げられてきた多くの実績が、この誓約の実行力を物語っている。以下、この5項目に焦点を当ててその活動の一部を紹介していきたい。

ちなみに5番目の項目については、何のことかわからないという方もいらっしゃると思うが、これはかの名選手ベーブ・ルースにまつわる話で、「バンビーノの呪い」でウェブ検索していただけると事情をおわかりいただけるだろう。簡潔に言ってしまえば、1番目の項目である強いチームを作ることを通して「優勝しよう」ということであり、この誓約については、既に達成済みとなっている。

アメリカで最も愛される球場

先に紹介した5項目のどれもが現在の「レッドソックスらしさ」を表しているように思うが、2番目の球場(フェンウェイ・パーク)に関する誓約に関しては、"America's Most Beloved Ballpark"(アメリカで最も愛される球場)と呼ばれるフェンウェイ・パークに対する球団とファンのこだわりさえ感じる。フェンウェイ・パークでは球場ツアーが行われており、その参加者数は年間23万人を超える。試合がない日にもボストンを訪れた観光客などが楽しみ、人気の観光スポットになっている。

写真.フェンウェイ・パークの木製座席
"Fenway Grandstands" by Aidan Siegel - Originally from en.wikipedia; description page is (was) here.
Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons -

「今、皆さんが座っている木製の古い座席は、ただお金の節約のために付け替えられずに残っているのではありません。その座席は、何年も前に皆さんのおじいさんが子どもの頃に座った座席かもしれません。フェンウェイ・パークでは、そうした座席が今もそっくりそのまま残っていて、おじいさん・おばあさん、そしてお父さん・お母さんが子どもの頃に座った座席と全く同じ場所に子ども達が座り、当時の思い出を語りながら一緒に試合を観戦することも出来るのです」

球場ツアーのガイドが誇らしげにそう語るのは、球場内野席に残る木製座席である(球場全てが木製座席というわけではない)。「古き良き」伝統を受け継ぐ意志と、そこに流れる哲学が球場からも読み取れる。ボストンは、高層ビルで埋め尽くされた街というよりは、昔ながらのブラウンストーンの建物と木々の緑が溢れ、落ち着いた雰囲気に包まれた街である。そんな街の中心部からすぐの場所に立地する球場も、やはり赤と緑に塗装された座席と緑色の外壁・内壁に囲まれており、その空間はまさにボストンの街並みそのものである。こうした地域に溶け込む球場の姿も、市民に近い存在として長く愛され続けてきた要因なのだろう。

ちなみに現在では、予約をすれば日本語の団体ツアーも可能となっている。このほか、アジア事業戦略担当として吉村氏が活動していることで、公式日本語ツイッター(@RedSoxJP)での情報発信や、ハイチュウ(レッドソックスの選手やスタッフの間で大流行した)の森永製菓など日本企業との協賛契約が進んでいる(詳しくは参考文献参照)。こうした動きから、ニューイングランド地方あるいは米国内を意識した取り組みだけでなく3番目の指針である「新しいマーケットへの積極的な進出」も着実に実行されていることがわかる。

レッドソックスの社会貢献

本シリーズの他稿でフロリダ在住の佐藤氏がまとめているように、スポーツチーム・アスリートが社会貢献活動を行う重要性は高い。それはレッドソックスにとっても同様であり、5つの誓約の4番目の項目として、「地域社会の一員として活発に貢献する」と明確に示されている。レッドソックスにはレッドソックス財団(Red Sox Foundation)という社会貢献活動の母体となる財団が設立されており、2002年から2013年までに寄付と慈善事業(チャリティー・プログラム)で集まった基金の合計額は6,800万ドル(81.6億円)にも上る(Red Sox Foundation,2014)。バスケットボールのNBA CARES が2005年から2014年までにリーグ全体で集めた金額が約250億円であることを考えると(前掲の佐藤氏の記事参照)、1球団だけで集めたこの金額がどれほど大きいかがわかる。その貢献分野は多岐に渡っており、教育(奨学金など)・スポーツ(子どもの野球・ソフトボール支援等)・健康(地域の健康福祉センター支援等)・退役軍人支援(PTSD患者支援等)等の分野で様々なプログラムが提供されている。

これらのプログラムの多くは地元企業や教育・医療機関との協働事業として行われているが、特筆すべきはジミー・ファンド(Jimmy Fund)とのパートナーシップであり、その歴史は60年以上にもなる。ジミー・ファンドは、がん研究で世界的に有名なダナ・ファーバーがん研究所(Dana-Farber Cancer Institute)を資金面で支えており、その起源は、1948年に白血病で入院していた12歳の少年ジミー(仮名)をレッドソックス(当時はボストン・ブレーブス)の選手らが見舞い、ラジオに出演して多額の募金を集めたことに由来する。当時、ラジオを通して全米に届けられたジミーと選手らの歌声「♪私を野球に連れてって(Take Me Out to the Ball Game)」はこちらのウェブサイトで今でも聴くことができる。この放送をきっかけとして生まれたジミー・ファンドを、レッドソックスは1953年から正式に支援していくこととなる。ジミー・ファンド等の多額の資金支援を基盤として、ダナ・ファーバーがん研究所は、今日に至るまで、小児・成人がん治療の進歩につながる多くの研究成果を生み出してきた。全米そして世界レベルでも最高水準の学術・医療機関が集まるボストンにあって、そうした地域性をしっかりと活かした社会貢献活動を行っていることも、レッドソックスの活動が長い年月持続してきた要因だろう。

写真.ダナ・ファーバーがん研究所内のレッドソックス・ジミーファンド・ギャラリー
(右)ファーバー博士と少年“ジミー”の銅像(筆者撮影)

まとめと今後への期待

以上、レッドソックスと地域社会とのつながりを、5つの誓約に基づく活動を通して紹介してきた。改めて、その歴史の長さと、社会貢献活動として積み上げられた数々の実績には圧倒されるばかりである。地域に根付いた活動が、市民に愛される今の球団を作り上げ、それを基盤に新たな展開が常に模索され続けている。

プロ・スポーツと社会とのつながりについては、様々な課題が存在していることも事実である。たとえば、地域住民の「健康」という観点で考えてみると、「球場で提供される食品(その多くがいわゆる"ジャンクフード")は、将来世代である子ども達を育むのに適切か?」など、潜在的なリスクはいくつか浮かび上がる。現在、レッドソックスを含むMLB全体では、「子どもを球場へ(Calling All Kids)」が至上命題となっており、子ども達を球場に呼び込むための様々な取り組みが行われている(boston.com記事及び写真参照)。「夢を与える」場所であるからこそ、球団には率先して社会的課題(たとえば、肥満の蔓延)とも向き合い、リスクを大きなチャンスに変えて、その解決策を社会に示すモデルになってもらいたいと願っている。

球団経営の5つの誓約とこれまでに積み上げられてきた幾多の実績を考えれば、おそらく今後も、レッドソックスはプロ・スポーツの新たな価値を生み出していってくれるだろう。プロ・スポーツが地元、そしてより広域的に社会に貢献するには多様な方法があり、それは国の違いを問わない。日本のプロ・スポーツにも、さらなる進化が求められていく分野だと思われる。

最後に、読者の皆さんには、ボストンを訪れる機会があったら、ぜひともフェンウェイ・パークに足を運んでいただきたい。歴史ある球場が温かく迎え入れてくれることだろう。

写真.フェンウェイ・パーク外観(左)と子どものための入場口「Gate K」(右)(筆者撮影)

※文中 1ドル=120円で換算

参考文献

※本稿は、日本学術振興会海外特別研究員制度による研究の一環としてまとめたものである。
記事の内容は筆者の調査結果と考えに基づくものであり、必ずしもボストン・レッドソックスの見解や意図を反映したものではない。

海外研究員
鎌田 真光

Postdoctoral Research Fellow
Brigham and Women's Hospital, Harvard Medical School

Correspondent, Sasakawa Sports Foundation

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