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国際情報

Sport News United States of America

2016年9月13日

身体活動促進を担う人材の育成:「ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist®」認定制度 (第2報)

スポーツ実施人口を増やし、アクティブな社会を実現するためには、どのような専門家が必要だろうか?今回は、以前の記事で紹介したアメリカスポーツ医学会(American College of Sports Medicine、以降、ACSM)とNational Physical Activity Society(NPAS)による資格認定制度ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist®(以下、PAPHS)の続報として、日米の有資格者からの声も交えて、その現状と活用のされ方を報告する。

米国の有資格者の声

NPASの担当者からの情報によると、全米で400人ほどがPAPHSとして登録されている(2016年2月末時点)。有資格者を対象とした調査の結果では、資格取得の動機として最も多かった回答は、「専門分野(身体活動と公衆衛生)に関する継続的な教育と自らの成長の確かな証を示すため」だったという。さらにNPASの担当者からある州の有資格者を紹介してもらい、メール上でインタビューする機会を得たので、受験の動機や資格に対する評価の声を紹介したい。

インタビューに答えてもらったのは、ある州のDepartment of Public Healthで、Nutrition, Physical Activity and Obesity Prevention ProgramのDirectorを10年ほど務めている女性の専門家である。若手職員ではなく退職時期も近いハイレベルの役職で、学位はM.Ed.(教育学修士号)を有し、慢性疾患対策部門の専門家として働いている。全米組織であるNPASの活動にも、州の窓口として関わっているとのことだ。



Q.受験の動機は?
「自分試し」「知識の整理」「自分自身の健康のため」。これまでは喫煙対策・栄養・ストレスマネジメントなどを中心とした健康教育を主に専門として学び、トレーニング(仕事含む)を受けてきた。仕事をする中で、身体活動や、人々が活動的に過ごせる環境を整備することの重要性についてはかなりの量の自己学習を積んできたが、自分をより洗練させたいと思い、フォーマルなオンラインのコースを受け、受験した。こうした学習・受験の過程は、仕事を通して学んできた知識を整理するのに役立った。

Q.PAPHSのほかに受験を検討した資格はあったか?
「Certified Health Education Specialist (CHES)」の取得についても検討したことがあった。しかし、政策や規制も含めたヘルスプロモーションのアプローチをカバーしていたPAPHSの方が、州レベルの健康施策を担う自分の職務に適していた。

Q.これまでに同僚や知人にPAPHSの受験を勧めたことがあるか? 
実際に勧めたことがある。以前、CDC(米国疾病管理予防センター)の補助で州のPhysical Activity Coordinator(身体活動コーディネーター)を雇用した際、そのコーディネーターにPAPHSの受験・資格取得のための勉強を勧めた。PAPHSの資格は、過体重や肥満を含む慢性疾患を減らすための政策・システム・環境介入の戦略を“エビデンスに基づいて”立案・実行する知識と技術を一定水準のトレーニングを完遂した上で身に付けた証と言える。

Q. PAPHSの資格を有することは、就職・転職等の場面において有利に働くと思うか?
前の質問でも答えた通り、PAPHSの資格は公衆衛生部門(public health department)において身体活動の専門家として働くための力量・ポテンシャルを確実に示すものになるだろう。



この方が、実際に受験し資格を取得した経験を踏まえて、この資格は長いキャリアを持つ管理職レベルの行政専門官が、採用時に候補者のポテンシャルを測る上でプラスに働くと考え、部下に資格取得を目指すよう推奨したことがある、という点は興味深い。回答の中で紹介があったように、行政内の公衆衛生・健康増進部門に身体活動の専門家(身体活動コーディネーター)を置く制度自体も意義深いと感じた。実際に、インタビューの対象となった州以外でも、身体活動コーディネーターが配属されている州があり、そのコーディネーターもPAPHSの資格を取得していた。

日本の有資格者の声
前回の記事でPAPHSが取り上げられたのをきっかけに、早速、日本でも愛媛大学の山本直史准教授(記事末尾に略歴)が受験し、資格を取得している。受験の体験談や資格に関するコメントを寄せていただいたので、紹介したい。




写真.インタビューに答えていただいた山本准教授 写真:山本准教授のPAPHS認定証

Q.資格の存在を知ったきっかけは?
SSFのWebサイト「国際情報」の2月18日の記事です。

Q.取得しようと思った主な理由は?
【主な理由1】
2016年に愛媛大学に新学部(社会共創学部)が新設され、その中にスポーツ健康マネジメントコースが設置されました。社会共創学部の理念は、「様々な地域社会の持続可能な発展のために、地域の人達と協働しながら、課題解決策を企画・立案することができ、地域社会を価値創造へと導く力を備えた人材を育成すること」です。そのため、スポーツ健康マネジメントコースの目標は,「スポーツと健康(≒身体活動)に関する専門に特化した知識に加えて文系や理系の幅広い教養を活用して、ステークホルダーと協働しながら、地域の課題解決策を企画・立案することができ、地域社会を価値創造へと導く力を備えた人材を育成すること」と言えます。個人的には、より具体に「スポーツの振興による地域コミュニティの活性化」「身体活動の促進による健康寿命の延伸」などができる(=企画・実施・評価)人材を育成することと考えています。以上のように学部(コース)で養成したい力とPAPHSとして得られるスキルは非常に合致していると思い、それを体系的に学びたいと考え受験しました。

【主な理由2】
スポーツ・健康づくりに無関心な層をどうするかは非常に重要な問題だと思いますので、PAPHSは時代に合致した資格だと思います。個人的な経験からもこれまでに、自治体主催の運動指導や講演の経験をしましたが、異なる会場で同じ人をよく見かけました。結局のところ、同じ人が異なる複数の教室や講演会に参加していることがよく分かり、来ない集団をどうにかしなければならないと思う気持ちが強くなっていきました。また、スポーツや身体活動に関係する方々と仕事をする中で、「良い教室を開催すれば、人は集まって来るだろう」という考えが強いのかなとも感じていました。このようなことから、「来ない集団」にアプローチする能力が自分自身に必要と考えるとともに、そのようなマインドと能力を持つ人材を育成する必要性があると考え、PAPHSを受験しました。

【その他の理由】
うまく表現できませんが、スポーツの普及≒運動指導者と思っている学生が多いような気がします。運動指導で職に就く(食べていく)のが中々難しいと思った学生は、一般企業等に向けた就職活動をするわけですが、それらの学生はその時点で大学での学びは自分自身にあまり必要ないものと決めつけているような気がしています(あくまで個人の印象です。しかし、モチベーションは明らかに低下しているように思います。)。スポーツ・身体活動の普及には運動指導者のみならず、様々な立場の人たちが重要ですので、運動指導者以外の道に進んだ人もそれぞれの立場でスポーツ・身体活動の普及に携われることがあると思いますし、そのような人たちが色々な場所・立場にいた方がスポーツ・身体活動の普及が上手くいくと思います。そうしたことを理解させ、スポーツ・身体活動普及のマインドを持った学生を育成するためにもPAPHSの内容を講義で伝えることは役立つと思っています。

Q.受験に当たって参考にしたものは? 
Webでは教科書として4つ紹介されていますが、受験に当たって読んだ本は、「Foundations of Physical Activity and Public Health」のみです。また、その教科書を活用した試験対策のオンライン講座も受講しました。

Q.準備に費やしたおおよその負担は?
2016年4月上旬に受験することを決めて、2016年5月末の試験を受験しました。まずは、教科書を読みましたが、入念に読んだのはこの資格の核の部分であり、自分自身が勉強したかったPartⅢのStrategies for Effective Physical Activity Promotion(身体活動促進の効果的なアプローチ)です。その他の2つのセクション(身体活動と公衆衛生、運動・身体活動の健康効果)は、オンライン講座を受講し、そこの練習問題等で間違えたところを読んで確認していきました。この2つのセクションは健康運動指導士等の内容とかなりオーバーラップしています。勉強時間ですが、おおよそ2ヶ月間で50時間程度だと思います。

Q.苦労した点は?
英語です。ただし、教科書の内容は、基本的なことが多く、かつ良くまとめられていると感じました。

Q.受験自体の概要、感想は?
試験はPearson VUEによるコンピューターベースで行われます。試験会場は,世界166カ国に4,300箇所以上に存在するPerson VUEテストセンターから、好きな場所を選択して受験することができます。受験言語は英語のみですが、日本の会場でも受験することができます。受験の予約は,ACSM CertificationのWebサイトを通じて,受験する資格と希望する受験会場を選択すれば複数の日時が提示されますので、その中から選択する形です。私が受験した愛媛県松山市のテストセンターでは、月に1度程度の頻度で受験ができるようでした。少々驚きましたが、当日は複数の試験が同時に行われていたようで、会場には10名程度受験者がいました。各々がパソコンに向き合って、異なる試験を行っていたようです。おそらくPAPHSの受験者はいなかったと思います。試験内容は,120問くらいの四択問題(すべて選択式の解答)を150分の間で解答しますが、試験が終わり次第、退出してかまいません。私は100分前後で終了したと思います。試験終了後直ちに、スコアと合否結果が得られます。時間が長いのもそうですが、試験会場には辞書等は持ち込み不可で、不慣れな英語で問題・解答選択肢を読むことにかなり集中する必要があったために、非常に疲れました。試験内容は、オンライン講座で提供された問題や模試よりもIntervention(介入)やPlanning and Evaluating(計画と評価)の分野が難しいように感じました。採点には関係しないTrial questionが含まれるからかもしれません。

Q.取得して良かったと思う点は?
学生教育の道標ができたように思います。また、身体活動普及の基礎知識を体系的に得ることができたのは非常によかったです。取得したことだけが理由ではありませんが、ある自治体のシルバー人材センターと協働でその会員(3,000名程度)に対する身体活動普及の活動を実施できることになりそうです。

Q.改善を求める点は(あれば)?
もう少し、深く踏み込んだ内容であってもよいと思います。身体活動普及の重要性を主張するためには実際には様々な数値を用いて、色々な人を説得する必要があると思います。そのため、教科書やオンライン講座の内容では「費用対効果(Cost Effectiveness)」の評価は概説にとどまっていますが、実際のサンプルの数値等を使いながら計算してみるなどがあればよいと思います。また、同様に教科書やオンライン講座の内容では「罹患率」や「オッズ比」が紹介されている程度ですが、「人口寄与危険割合」*など政策決定の際に役立つ指標も紹介されるとよいのではないでしょうか。

*筆者注:疫学における指標のひとつ。身体活動など、ある要因が疾病の発生に及ぼす社会的インパクトの大きさを表す指標。たとえば、ハーバード大学のI-Min Lee教授らの研究によって算出された人口寄与危険割合(PAF)によると、世界中の冠動脈心疾患の6%、Ⅱ型糖尿病の7%、乳がん・結腸がんの10%、そして総死亡の9%(年間530万人)は身体活動不足(中強度以上の身体活動が週に150分未満)の解決により防げるものであり、その数字の大きさは喫煙や肥満に匹敵することが知られている(Lee et al., 2012 Lancet; Wen et al., 2012 Lancet)。数字はあくまで目安であり、様々な要因ごとの人口寄与危険割合を足し合わせていくと100%を超えることもあり得るが、要因間の比較含め、政策等を進める上で重要な指標となる。

Q.日本で同様の資格制度があった場合、どのような人が資格を取得すると役にたつと思うか?
県庁・市役所等の公務員、スポーツ振興を目的とした財団法人等の職員、健康運動指導士等の資格保有者。政策等の決定に近い人たちがこの資格認定に必要とされる知識・能力を持っていると非常に心強いと思います。各種スポーツ指導の公認資格を有している方々(都道府県の各競技団体の担当者の方々など)にも非常に役立つ資格と思います。現時点でどちらかといえば「競技力向上」に主眼を置かれている指導者が、将来的に「普及」の観点にも注力したいと考えた場合に必要な知識・能力が得られると思います。ただし、その場合は、PAPHSの内容をスポーツ向けに一部修正する必要はあると思います。

写真.インタビューに答えていただいた山本准教授 写真:インタビューに答えていただいた山本准教授

(略歴)
山本 直史(やまもと なおふみ)。1983年広島県生まれ。鹿屋体育大学体育学部卒業、同大学院博士後期課程修了。博士(体育学)取得。鹿児島県民健康プラザ健康増進センター健康運動指導士,独立行政法人水産大学校助教(体育教員)を経て、現在、愛媛大学社会共創学部地域資源マネジメント学科スポーツ健康マネジメントコース准教授。専門は、体育学、運動疫学。


以上、実際にPAPHSを取得した山本准教授の感想からも、受験を通して得られる知識は日本においても十分に生かせるものであることが分かる。日本の既存の資格ではカバーされていない領域であるため、資格取得に向けてチャレンジすれば、そこで得られるものは非常に大きな強みとなるだろう。ただし、英語での学習・受験は日本の多くの人にとって高い壁となるかもしれない。

国や都道府県から市町村まで、様々なレベルの公的機関、民間法人でスポーツ普及・健康政策(身体活動促進)のかじ取りを担う人々がいる。ここで紹介した米国PAPHSも参考の一つとしながら、日本において改めてスポーツ・身体活動を普及させる上で必要な人材の姿、活躍の場所、教育プログラム、そして資格認定制度のあり方について検討する必要があるのではないか。たとえば、どちらかといえば「個」と「指導」に重点が置かれている印象の健康運動指導士(健康・体力づくり事業財団)のスキルに加えて、「集団(地域全体等)」と「普及」等に焦点を当てた戦略立案・マネジメントが可能な専門職育成の制度として必要性が議論されても良い。

スポーツの実施を含め、「行動」の普及は一筋縄ではいかない。そもそも、皆さんの住む自治体のスポーツ振興・健康増進事業が、全体の何パーセントに届いて(リーチして)いるかご存じだろうか?リーチ出来ていたとして、そのうち何パーセントが、実際にスポーツ実施等の行動を起こし、継続しているだろうか?参加者数・登録者数などの絶対数ではなく、割合でとらえると「たったこれだけ?」という絶望的な数字が出てくるかもしれない。多くの事業で、恩恵を受ける人が偏り、スポーツ実施や健康の格差を広げてしまっている可能性も考えられる。この事実に気づいた時はじめて、本来、政策が目標として掲げていた理想を実現するためには、まったく異なる発想で取り組まなければいけないと考え始めるだろう。普及の専門家と言うからには、マーケティング等の基礎知識も必要であるし、実践経験は必須で求められる。こうした素養を持つ人材であれば、スポーツ振興や健康施策の計画・実施・評価を含めたかじ取りに貢献できる専門家として、様々な場所で活躍できるだろう。教員や保健師といったバックグラウンドを持つ職員と肩を並べて、こうした専門職が自治体内や都道府県に必ず1人はいる、そんな環境が築かれれば心強い。


※インタビューに協力していただいた全ての方に感謝申し上げます。本稿は、日本学術振興会特別研究員制度による研究の一環としてまとめました。
 
海外研究員
鎌田 真光

Research Fellow
Harvard T.H. Chan School of Public Health
Correspondent, Sasakawa Sports Foundation

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