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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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オリンピックレガシー: 東京1964年オリンピック大会がスポーツ参加に与えた影響 Vol.1

2016.12.02

オリンピックレガシー:
東京1964年オリンピック大会がスポーツ参加に与えた影響 Vol.1

リオデジャネイロ2016オリンピック・パラリンピック(以下、リオ2016)が閉幕し、いよいよ4年後には、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京2020)が開催される。本稿では、米国のミネソタ大学とジェームズ・マディソン大学に所属する研究グループが行った1964年の東京オリンピックのレガシー(遺産)に関する研究(Aizawa, Wu, Inoue, & Sato, 2016)を基に、東京2020のレガシーについて考える。(3回連載)

オリンピックレガシー

近年、オリンピック・パラリンピックの開催にあたり、「オリンピックレガシー」の重要性が議論されるようになった。IOCではオリンピックレガシーをポジティブで長期的な影響と捉え、「オリンピック競技大会の有益なレガシーを開催国と開催都市が引き継ぐように奨励する」(International Olympic Committee, 2015, p.18)ことをIOCの使命と役割の一つとして掲げ、立候補都市にレガシーを考慮した計画を求めている。実際にロンドン2012オリンピック・パラリンピック(以下、ロンドン2012)、リオ2016においても、それぞれレガシープランが作成され、様々な取り組みが行われた(詳細は笹川スポーツ財団海外研究員のイギリスおよびブラジルに関するレポートを参照のこと)。

しかし、オリンピックのレガシーは必ずしも有形でポジティブであるとは限らない。学術的には、スポーツイベントのレガシーは、計画的あるいは偶発的、ポジティブあるいはネガティブ、有形あるいは無形の3つの視点から捉えられる(Gratton & Preuss, 2008)。例えば、オリンピック開催に際して、競技施設を建設したものの、オリンピック後に活用されなければ、ネガティブなレガシーと言わざるを得ない。北京2008オリンピック(北京2008)で建設された国立競技場「鳥の巣」は、5億ドル(約500億円)で建設されたものの、現在はほとんど活用されていないことが報じられている(Mark McDonald, 2012)。従って、オリンピック・パラリンピック開催が社会に与える影響について、あらゆる角度から考え、ネガティブなレガシーを最小化させることは重要な課題である。

では、東京2020は何をレガシーとして残せるのか。東京1964オリンピック(以下、東京1964)は、国立代々木競技場を始めとして、多くのレガシーを現在まで残しているが、その大会から学べることはないのだろうか?東京2020アクション&レガシープラン2016によると、東京2020では「スポーツ・健康」「街づくり・持続可能性」「文化・教育」「経済・テクノロジー」「復興・オールジャパン・世界への発信」の5つを柱に、レガシーの検討が行われている(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会, 2016)。本稿では、特に「スポーツ・健康」分野に着目し、東京1964の長期的なレガシーとしてのスポーツ実施率の増加に関するAizawa, Wu, Inoue and Sato (2016) の研究から、東京2020のレガシーについて提言する。

日本のスポーツ実施の現状

まず、現在の日本のスポーツ実施率を見てみると、全体としてスポーツ実施率は増加傾向にある。2014 年のスポーツライフデータによると、週2回以上定期的にスポーツを実施した人(20歳以上の男女)の割合は全年代平均で48%であった(笹川スポーツ財団, 2014)。2000年のデータと比較すると、7ポイント増加している。

中でも60代以上のスポーツ実施率については、これまでの研究結果とは異なる傾向を示している。スポーツ実施率を年齢区分別に経年変化を図1に示した。60代以上のスポーツ実施率は、2000年の41%から2014年に58%へと増加し、2008年以降、他のどの年代よりも高い実施率を示している。これまでの多くの研究では、スポーツ実施率は年齢と共に減少するという結果が報告されており(Breuer & Wicker, 2008; Hovemann & Wicker, 2009)、日本の60代以上のスポーツ実施率は、これらの結果とは逆の傾向を示している。では、なぜ60代、70代のスポーツ実施率が過去10年間で大幅に増加しているか?これは単に超高齢化社会が進む中でも、高齢者が元気であり、アクティブであるということを示しているのだろうか?

図1.年代別週2回以上のスポーツ実施率(笹川スポーツ財団のデータを元に筆者作成)

図1.年代別週2回以上のスポーツ実施率(笹川スポーツ財団のデータを元に筆者作成)

東京1964オリンピックのレガシー:Aizawa, Wu, Inoue and Sato (2016) の研究結果

Aizawaらは、近年の高齢者のスポーツ実施率の増加は、「コホート効果(同一の性質を持つ集団がある現象に対して類似した傾向を示すこと)」であり、東京1964がもたらした長期的なレガシーである可能性を指摘した。具体的には、現在の60代、70代の人は、東京1964を10代、20代で経験した世代(以下、オリンピックコホート)である。この世代が共通して持つオリンピックの自国開催という経験が、スポーツ参加に好意的な印象を抱かせ、その結果として、スポーツ実施率が高くなっているということである。この研究では、以下の分析結果が報告されている。

分析結果1

2000年から2014までのスポーツライフデータを用いて、5つのコホート(①1939年以前生まれ、②1940年から1954年生まれ、③1955年から1969年生まれ、④1970年から1984年生まれ、⑤1985年から1994年生まれ)のスポーツ実施率の経年変化を分析した。その結果、オリンピックコホート(1940年から1954年生まれ)は、どの調査年においても、他のコホートよりもスポーツ実施率が高いことが分かった。

分析結果2

ランダム効果モデルという統計手法を用いて、オリンピックコホートのスポーツ実施(年間スポーツ実施回数を算出)に与える影響を分析した。その結果、オリンピックコホートへの所属は年間スポーツ実施回数に強い影響を与えており、調査時期や年齢などの影響よりも大きいことが分かった。つまり、オリンピックコホートに含まれる人は、調査時期や年齢に関わらず、年間のスポーツ実施回数が、オリンピックコホートに含まれない人に比べて多いことが統計的に実証された。

これらの分析結果より、オリンピックコホートのスポーツ実施率の高さが証明された。この結果は、東京1964の経験が50年以上経た現在も、人々のスポーツ実施行動に影響を与えている可能性を示し、オリンピックの長期的なレガシーとして考えられる。

※本レポートは、米国のミネソタ大学に所属するDr. Yuhei Inoue, Ji Wuとジェームズ・マディソン大学に所属するDr. Mikihiro Satoの共同研究による報告である。

参考文献・リンク

  1. Aizawa, K., Wu, J., Inoue, Y., & Sato, M. (2016). A cohort effect on sport participation: A case of the Tokyo 1964 Olympic Games. 2016 North American Society for Sport Management Conference, Orlando, Florida. 239-240.
  2. Breuer, C., & Wicker, P. (2008). Demographic and economic factors influencing inclusion in the German sport system: A microanalysis of the years 1985 to 2005. European Journal for Sport and Society, 5(1), 33-42. doi:10.1080/16138171.2008.11687807
  3. Chalip, L. (2004). Beyond impact: A general model for sport event leverage. In B. W. Ritchie, & D. Adair (Eds.), Sport tourism: Interrelationships, impacts and issues (pp. 226-252). Clevedon: Channel View Publications.
  4. Chalip, L. (2006). Towards social leverage of sport events. Journal of Sport & Tourism, 11(2), 109-127. doi:10.1080/14775080601155126
  5. Frawley, S., & Cush, A. (2011). Major sport events and participation legacy: The case of the 2003 Rugby World Cup. Managing Leisure, 16(1), 65-76.
  6. Gratton, C., & Preuss, H. (2008). Maximizing Olympic impacts by building up legacies. The International Journal of the History of Sport, 25(14), 1922-1938. doi:10.1080/09523360802439023
  7. Hovemann, G., & Wicker, P. (2009). Determinants of sport participation in the European Union. European Journal for Sport and Society, 6(1), 51-59. doi:10.1080/16138171.2009.11687827
  8. Hovland, C. I., & Weiss, W. (1951). The influence of source credibility on communication effectiveness. Public Opinion Quarterly, 15(4), 635-650.
  9. International Olympic Committee. (2015). Olympic charter. Lausanne, Switzerland: International Olympic Committee.
  10. Mark McDonald. (2012, 7/12). ‘Ruin porn’ — The aftermath of the Beijing Olympics. New York Times Retrieved from http://rendezvous.blogs.nytimes.com/2012/07/15/ruin-porn-the-aftermath-of-the-beijing-olympics/
  11. Sallis, J. F., Cervero, R. B., Ascher, W., Henderson, K. A., Kraft, M. K., & Kerr, J. (2006). An ecological approach to creating active living communities. Annual Review of Public Health, 27, 297-322. doi:10.1146/annurev.publhealth.27.021405.102100
  12. 笹川スポーツ財団. (2014). スポーツライフ・データ2014. 東京: 笹川スポーツ財団.東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会. (2016). 東京2020アクション&レガシープラン2016
  13. Veal, A. J., Toohey, K., & Frawley, S. (2012). The sport participation legacy of the Sydney 2000 Olympic Games and other international sporting events hosted in Australia. Journal of Policy Research in Tourism, Leisure and Events, 4(2), 155-184. doi:10.1080/19407963.2012.662619
  14. Weed, M. (2009). The potential of the demonstration effect to grow and sustain participation in sport: Review paper for sport England. Canterbury Christ Church University.
  15. Weed, M., Coren, E., Fiore, J., Wellard, I., Chatziefstathiou, D., Mansfield, L., & Dowse, S. (2015). The Olympic Games and raising sport participation: A systematic review of evidence and an interrogation of policy for a demonstration effect. European Sport Management Quarterly, 15(2), 195-226.doi:10.1080/16184742.2014.998695

レポート執筆者

相澤 くるみ

相澤 くるみ

Visiting Scholar, Research Institute for Sport Knowledge, Waseda University Visiting Scholar, School of Kinesiology, University of Minnesota Correspondent, Sasakawa Sports Foundation