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国際情報

Sport News United States of America

2016年08月19日

歩きやすい街づくり:米国初の団体「WalkBoston」の取り組み

マサチューセッツ州ボストンには、WalkBoston という「歩きやすい街づくり」を推進する非営利団体がある。1990年、車社会の弊害が顕著となった米国にあって、全国で初めて歩行者のための権利擁護団体(ウォーキング・アドボカシー、歩行者アドボカシー)として設立された。ウォーキング・イベントやウォーキングに関する指導者育成といった事業が主体というわけではないため、日本のウォーキング協会などとは少し活動の性質が異なる。専門的知識を持って都市計画への積極的な参画と助言を行い、住民参加の後押し・教育等を通して、歩行者が安全で歩きやすいマサチューセッツ州をつくるための活動を進めている。設立以後、WalkBostonは他の同様な団体のモデルとなり、1996年にはAmerica Walksという全国規模の統括組織を共同設立した。

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写真.ボストンの旧市役所(1860年代築)内にあるWalkBoston事務所


  WalkBostonの活動を理解する上で重要な概念に、「Walkability(ウォーカビリティ)」がある。これは地域の「歩きやすさ」を表す指標である。都市計画分野において、人口密度の高さや、歩行者目線の空間デザイン、そして混合土地利用(住宅地・商店・病院・学校等、目的地となる場所が程よく近くにある地域整備)などが、人々がよく歩く・歩きやすい地域を整備する上で重要な要素だと知られている。WalkBostonには常勤4人、パートタイム5人のスタッフがおり、現在の事務局長(executive director)は都市計画の専門家である。都市計画や交通計画、環境・景観・建築関係の専門家が他に4人(常勤2、パートタイム2)おり、こうした専門的知識を背景に、各種活動を進めている。

活動をイメージしやすくするために、まず「歩行者の安全」に関する具体的な例を示したい。下記図は、自動車の走行速度を落としたり、車と歩行者の間の緩衝作用を果たしたりするなどして、歩行者の安全を守る様々な仕掛けを描写したものである。


図.自動車の走行速度を落とし、歩行者を守る様々な仕掛け
 Image by Don Kindsvatter. Reprinted with permission from ”WalkBoston, Making streets safe (Boston, MA, USA)”



※図中の用語訳・説明一覧(左上から時計回り)
Chicane:障害となる小さなカーブ
Raised Crosswalk:盛り上がった横断歩道
Trees:街路樹
Curb Extension:拡大された縁石
Bike Lanes:自転車レーン
Speed Cushion:クッション(ゴム製など)
Parked Cars:路上駐車スペース(緩衝作用)
Midblock Crosswalk:ブロック内、拡大縁石

自動車の走行速度が増すと、交通事故により歩行者が死亡する確率は急激に高まり、時速30kmだと5%ほどの死亡率が、時速60kmになると80%にまで達する(WalkBoston資料)。歩行者の近くで高速度の自動車が走らない街を整備することは、安全に日常歩行・ウォーキングを推進する上で欠かせない条件である。図に示されたような道路整備上の工夫は、路上ペイント等の低予算措置で実施できる場合も多々ある。WalkBostonでは、こうした専門的知識を生かし、住民等からの依頼に応じて各地域に実地観察に行き、住民・各地域の擁護団体職員・行政担当者・議員などと歩いて回り、どのように地域の歩行者環境が改善できるか、政策決定者向けの報告書を作成する活動も行っている。この報告書には、各種候補措置の予算目安も含まれている。

12チームが参加して行われるイングランドのトップリーグプレミアシップ 活動を紹介する円盤状のツール
(黄色の円を回すと、扇形の枠内に活動内容が表示される)

WalkBostonがマサチューセッツ州で行ってきた子供達の徒歩通学を支援・促進する「Safe Routes to School」プログラムは、これまでに8自治体で支援が行われ、18,700人の子供の徒歩通学に関わったとされている。常に住民や関心を持つ人々の声を集め、つなぐ活動を重視しており、定期的にPed101という無料のアドボカシー(権利擁護・政策提言)に関するトレーニング・セミナーも開いている。

これは1時間の少人数で開かれる参加型・双方向性のセミナーで、誰でも参加できる。アドボカシーという言葉は、聞きなれない方も多いだろう。筆者も、具体的にどんな活動が行われ、どんな人が集まっているのだろうと思い、実際にセミナーに参加してみた。参加した会は夕方の時間帯に開かれ、筆者のほか3名が参加していた。その1人、40代女性は参加の動機を「自宅のあるニュータウンには歩道橋がなく回り道をしないといけない。この状況を何とかしたい。」と語り、そのためには具体的にどんなステップを踏むと良いか、セミナーを担当する職員に尋ねていた。セミナーではWalkabilityに関する基本的な説明やWalkBostonの活動紹介のほか、こうした参加者の質問に対して、署名を集めてみてはどうか(個人ではなく、地域・集団の声にする)といった助言や、該当地域の歩行者アドボカシー・グループの人を紹介するといった具体的な支援が行われた。先の女性と職員のやり取りを受けて、地元の街灯や信号機に関して不満(不安)を持っていた別の60代女性の参加者も、地元で活動する歩行者擁護団体や自治体担当者の連絡先を聞いていた。地域を変えたいという思いを持った住民に対し、適切な「声の上げ方」を教示しつつ、どんな要望が各地にあるか把握する一助としてセミナーを開催していることが分かった。WalkBostonのウェブサイトには、アドボカシーを成功させるためのポイントが以下のようにまとめられている。

1.組織する(1人ではなく、複数で)

2.粘り強く活動する

3.解決策を提供する

4.対立相手を尊重する

5.連合体制をつくる

6.専門家の助けを得る

7.楽しむ


こうしたWalkBostonの活動を支える予算は、年間約60万ドル(1ドル110円で約6,600万円)、その財源の内訳はおおまかに40%が州・自治体との技術支援契約に基づく収入、30%が財団等の助成、17%が個人からの寄付、13%が企業からの寄付とのことであった。

ボストンは2024年オリンピック・パラリンピック候補地レースから離脱はしたものの、WalkBostonでは、もしボストンで開かれた場合「 Walkable Olympics」(歩いて会場移動が出来るオリンピック)にすべきで、そのための投資を行い、レガシーとして残そうというコメントも発信している。こうして都市計画分野からウォーキングが推進される状況はスポーツ・健康分野にとっても心強い(当然ながら、WalkBostonでは並行して自転車利用も推進している)。逆にスポーツ・健康分野の専門家・担当職員が都市計画・交通計画等に積極的に参画していくことも必要である。日本でもこうした分野横断的な取り組みが各自治体、国レベルで増えていくことを期待したい。

※本稿は、日本学術振興会海外特別研究員制度による研究の一環としてまとめたものである。

海外研究員
鎌田 真光

Research Fellow
Harvard T.H. Chan School of Public Health
Correspondent, Sasakawa Sports Foundation

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