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国際情報

Sport News United States of America

2015年01月21日

アメリカのオリンピックアスリートの強化育成の中核拠点
“コロラドスプリングス・オリンピックトレーニングセンター”

交渉上手なUSOC

2007年秋、俄かに米国オリンピック委員会(USOC)がコロラドスプリングス市から他の都市へ移転する可能性を示唆する報道が目立つようになった。同年10月初めには遂にUSOCのスポークスマンがトレーニングセンターと事務局オフィスのどちらかまたは両方を移転させる検討を進めている事実を認めた。当初、インディアナ州インディアナポリス市、カリフォルニア州サンディエゴ市などが移転先の候補地に挙がっていると報じられたが、当時2016年夏季オリンピック開催都市に立候補していたイリノイ州シカゴ市が最有力であった。事実USOCのタスクフォースチームが現地を訪れ候補となるいくつかのオフィススペースを下見している(Corfman and Hinz, 2007)。

しかし、現在コロラドスプリングス市にある総面積約14万m2のトレーニングセンターと約1.2万m2のオフィススペースと同規模の広大な敷地を好立地に確保することは容易ではなく、移転先の選定に時間がかかった。実は2000年にもインディアナ州インディアポリス市がUSOCのオリンピックトレーニングセンターと事務局の受入れを申し出たが、やはり移転先となる場所が定まらず、すぐに断念した経緯がある(Corfman and Hinz, 2007)。

この情報を知ったコロラドスプリングス市は、1978年7月1日にUSOCがニューヨークから同市に移転して以来約30年にわたって“Team USA”のホームタウンとして名を売ってきた歴史があるだけに、容易に移転を受け入れる訳にはいかなかった。半年間の集中的な市議会での議論の結果、USOCがこの先30年間コロラドスプリングスに留まることを条件に、同市の中心部にオフィスビルを提供することと、オリンピックトレーニングセンターを大規模に改修することを含めた総額5,300万ドル(約63.6億円)相当の支援をコロラドスプリングス市が提示した。市民からは賛否両論があったものの、翌年(2008年)3月にUSOCと合意に至ったのである(GOMEZ, LADEN and CHACON, 2009)。

皮肉にも、2007年秋にUSOCが移転を検討し始めた段階で、米メディアNBCの記者がUSOCのコロラドスプリングス市からの移転はかなりの高い確率で実現性があるが、同市が十分な支援を提示すればUSOCは居続けるであろうと予測したシナリオ通りの展開であった(Corfman and Hinz, 2007)。

コロラドスプリングス市のUSOCに対する支援

USOCオフィスビル外観

2008年3月に交わされたUSOCとコロラドスプリングス市の合意は、その後も紆余曲折あり、当初5,300万ドル(約63.6億円)相当であった支援額は2009年夏に若干改訂され4,000万ドル(約48億円)にまで引き下げられたが(Mendoza, 2013)、基本的な方針は変わることなく実行されている。コロラドスプリング市からUSOCに対する主な支援は次の通りである。

  • コロラドスプリングス市の中心地に建つ6階建てのビルを市が購入し全面改装して2階から6階までをUSOCのオフィスとして年間僅か1ドルの賃貸料にて提供する。
  • 5つの競技団体(現在はウェイトリフティング、柔道、テコンドー、バドミントン、ボクシングが利用)がオフィスとして利用できるように、USOCの事務局オフィスビルとは別に同市の旧公共事業ビルを改装して提供する。
  • オリンピックトレーニングセンターの宿泊寮の部屋数の拡張、ビジターセンター全体とアスリートセンターのカフェテリアの改修等を含む合計1,600万ドル(約19.2億円)相当の改築を行う。
  • オリンピックトレーニングセンターとUSOC事務局オフィスビルに係る年間費用20万ドル(約2,400万円)を、コロラドスプリングス市がこの先30年間支払い続ける。
  • コロラドスプリングス市は、リース購入契約参加証書(Certificates of Participation, COP)※1を発行し、USOCオフィスビルとオリンピックトレーニングセンターの改修に係る3,200~3,400万ドル(約38~40億円)の経費を捻出する。
  • 上記の通り、コロラドスプリングス市はCOPを発行してこの改修費の負債を補てんすると同時に、この先25年間にわたり一般会計から年間170万ドル(約2億円)を預託し続けていく。
  • 支援の初期段階に係る1,300万ドル(約15.6億円)については、コロラドスプリングス市が発行するCOPから950万ドル(約11.4億円)を支出、市民からの寄付金150万ドル(約1.8億円)を見込み、それと同額を同市の助成団体エルポマー財団が負担し、コロラド経済発展局が50万ドル(約6,000万円)を支援する。
  • 支援の第2段階に係る300万ドル(約3.6億円)を寄付金等にて調達する目処を25カ月以内につける(GOMEZ et al., 2009)。

※1リース購入契約参加証書とは、米国の地方公共団体等が発行する証書で、リース購入方式を利用した資金調達方法のひとつ。調達資金を充当した施設のリース料等を償還原資としている。

USOCオフィスビルとオリンピックトレーニングセンターの今

コロラドスプリングス・オリンピックトレーニングセンター外観

コロラドスプリングスのオリンピックトレーニングセンターの最も特徴的な機能とされているストレングス・コンディショニングルームとスポーツメディスン・リカバリールームの大規模拡張も、今回のオリンピックトレーニングセンターの改修に含まれている。これまで、ストレングス・コンディショニングルームは、レスリングとウェイトリフティングのトレーニングルームとともにスポーツセンターⅡの1階の手狭なスペースに併設されていた。それを、スポーツメディスン・リカバリーセンターに隣接した場所に、580万ドル(約7億円)の費用をかけた3,317m2のスペースをもつ新たなビルを建設した。最新のウェイトトレーニング機器はもちろん完備されている上、敏捷性を鍛える室内トレーニングスペースと室内から屋外に伸びかつ傾斜がつけられた短距離コース、2階には室内のランニングトラックと有酸素運動の機器が設置された。そして入口周辺にはビジター用の見学スペースも確保された。

ストレングス・コンディショニングルームに隣接するスポーツメディスン・リカバリールームは改修前と同一の建物内ではあるが、240万ドル(約2.9億円)をかけて1,500m2と大幅に拡張されてより機能的になった。スポーツメディスンルームでは、怪我や病気の処置を行うマルチ治療のベッド、内科、外科、眼科、歯科の処置室、超音波室、レントゲン・MRI室、リハビリ用のトレーニングルーム、テーピングテーブル等が完備されている。ちなみに、USOCのスポンサーであるGeneral Electric社が必要な医療機器を提供している。

また、ここで得られた診察や検査の結果は、USOCとネットワークをもつ全米の医療機関と共有されている。アスリートが遠征やトレーニングキャンプ等でオリンピックトレーニングセンターを離れた際に被った怪我や病気の場合に、一貫性のある処置とリハビリテーションを行うためである。リハビリテーションについても、USOCスポーツメディスンのスタッフは極力機器を使用したリハビリテーションプログラムを提供しない方針にある。アスリートが遠征中にも一貫したリハビリテーションプログラムが継続できるようにとの配慮からである。

リカバリールームには、アスリートが毎日のトレーニングの疲労回復を目的として訪れる。筋疲労回復の機器、セラピューティックマッサージ室、栄養コンサルティングルーム、ドライおよびスチームサウナ、冷水と温水の浴槽、そして流水プールが完備されている。基本的に、アスリートが肉体的にも精神的にも疲労回復を図る場所とすることから、アスリートが疲労回復処置を受けている間のコーチの立ち入りは禁止されている。

その他のオリンピックトレーニングセンターの主な施設の概要は次の通りである。

  • アクアセンター
    50mx25mの広さを持ち、両端2m中央部3mの深水で、345万リットルの水量のスイミングプールが完備されている。プールの上には3本の歩道橋が渡され、水中には可動式カメラが設置されて上下両方から泳者の撮影ができる。このプールは主にオリンピックとパラリンピックに出場するようなトップレベルの水泳、ペンタスロン、トライアスロン、ウォーターポロのアスリートがトレーニングのために使用している。加えて、その他の競技のアスリートのクロストレーニングとしても使用される。
  • アスリートセンター
    合計242部屋(ベッド数512)を確保する宿泊寮、通常朝6時から夜9時まで稼働するカフェテリア、ミーティングルーム、レクリエーションの施設を備えている。カフェテリアでは年間合計34万食が提供されている。
  • スポーツセンターⅠ
    スポーツセンターⅠはオリンピックトレーニングセンターの中で最初に建設された複合体育館で、5,500m2の広さに6つの体育館あるいはジムがある。メインの体育館はバスケットボールコート3面が確保できる広さで、両側には可動式スタンドが設置されており、小規模な競技会も開催が可能である。1階のメインの体育館の一部とその後方のスペースに通常体操競技専用のトレーニング機器が設置されている。2階にはリングが設置されたボクシング専用トレーニング室、地下には柔道とテコンドーの専用トレーニング室がある。ロッカールームとシャワールームも完備されており、オリンピックトレーニングセンター内の施設で更衣やシャワーが必要な際にはここを使用する。競技会を開催する際に必要なチケットオフィスや売店等の機能を果たすスペースも常設されている。
  • スポーツセンターⅡ
    スポーツセンターⅡの1階には、レスリングとウェイトリフティングのトレーニング室がある。2階にはバスケットボールコートが3面確保できる体育館があり、主にバスケットボールとバレーボールのトレーニング用として設計されているが、他のスポーツでも十分に使用可能である。ちなみに、アメリカ代表男子バレーボールチームは2004年アテネオリンピックまで、女子代表チームは2008年北京オリンピックまでこのスポーツセンターⅡの体育館をトレーニング拠点にしており、通年でこの体育館でトレーニングを行い、チームのコーチングとマネジメントのスタッフも体育館脇にあるオフィスに常勤していた。
  • フェンシングと近代5種センター
    9のフェンシングのピステと10の近代5種のレーザーシューティングレンジが設置されている。
  • 射撃センター
    西半球で最大、世界で第3位の規模を誇る室内射撃施設。50mのライフルとピストルが29射座、ラピッドファイヤーと女子スポーツピストルで25mが8射座、10mのランニングターゲットが4つ、そして10mのエアピストルとエアライフルが72射座が設置されている。
  • オリンピックビジターセンター
    オリンピックトレーニングセンターとオリンピック・パラリンピックのムーブメントに関する情報を一般客に対して提供している。一般客を迎えるレセプションデスク、歴代の米国殿堂入りしたアスリートのプロフィールを展示するホール、Team USAのアパレルやグッズを販売するショップ、225席をもつシアターが完備されている。
    日曜日を除く毎日、1時間毎にオリンピックトレーニングセンター全体を案内する一般客向けのツアーを実施している。年間合計約13万人の一般客がこのツアーに参加している。2014年夏まではこのツアーは無料で提供されていたが、現在は成人と11歳以上の青年には5ドル(約600円)、老人と軍関係者には3ドル(約360円)のツアー料の徴収を始めた。
    また、ツアーをガイドするのは、専従のスタッフあるいはこのオリンピックトレーニングセンターに居住してトレーニングをするアスリートである。USOCのアスリートサポートプログラムで財政的な支援を受けるアスリートは、コミュニティプログラムとして市民への還元サービスが義務づけられている。その一環としてこのツアーのガイドを引き受けているケースが多い。
  • ベロドローム
    セブン‐イレブン・ベロドロームは、オリンピックトレーニングセンターから数ブロック離れたコロラドスプリングス市のメモリアル公園内に設置されている。1983年に建設されたベロドロームは一周333.3mのセメントでできたバンクである。また、内側にはローラースポーツ用の200mのトラックも併設されている。1,000席の観客席も設置されており、ローカル、全米、あるいは国際大会等も開催可能である。
  • ウェストウィング・カンファレンスセンター
    オリンピックトレーニングセンター内の最大のミーティングスペースであり、200人の出席者を収容することができる。USOCや競技団体が国際会議、競技団体対象のカンファレンス、市民向けの室内イベントを主催する際に使用する。最新の映像・音声システムを完備していることから、コーチングやスポーツ医・科学関係のセミナーの開催に適している。
    また、USOC内で映像の制作と管理を担当するブロードキャスティング部と全オリンピックトレーニングセンターの映像・音声機器を担当する情報テクノロジー部がこのウェストウィング・カンファレンスセンターにオフィスを置いている(United States Olympic Committee, 2014)。

まとめ

“One stop shopping”トレーニングセンターといった印象が強いコロラドスプリングス・オリンピックトレーニングセンターである。オリンピックでメダル獲得を目指すアスリートが居住し、トレーニングに勤しみ、メディカルなケアを受け、栄養管理の行き届いた食事を摂り、コーチとのミーティングに臨み、時には地域の人々への還元サービスもこのオリンピックトレーニングセンター内で行うことができる。どのレベルのアスリートサポートプログラムを受けてどの程度の財政支援を受けているかにもよるが、同センター内にいる限り、アスリートは極度な出費を心配することなくフルタイムでトレーニングに励むことができる。

その環境を維持あるいは改善していく努力をUSOCが担っているのである。もちろん、予算の確保は常に必須の課題であり、現在のところUSOCは連邦政府から一銭も支援を得ることはなく、地方自治体であるコロラドスプリングス市と提携をして財政的な支援を確保しているのである。

その一方で、コロラドスプリング市はUSOCとオリンピックトレーニングセンターを同市にもつことによって、Team USAのホームタウンであるという誇りと名声そして経済波及効果を期待している。2010年にコロラドスプリングス市長が監査法人デロイト社に委託して試算したUSOCとオリンピックトレーニングセンターを同市に維持することによって得られる年間経済波及効果は、2.15億ドル(約258億円)と試算された(Mendoza, 2013)。USOCとコロラドスプリング市の間には、確固たるWin Win Relationshipが構築されているのである。

※1ドル=120円で換算

参考資料

海外研究員
内藤 拓也 (2014年10月~2015年5月)

Coordinator of Special Projects, USA Volleyball

Correspondent, Sasakawa Sports Foundation

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