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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

アメリカにおけるアスレティックトレーナー(AT)の現状

2015.03.16

アメリカにおけるアスレティックトレーナー(AT)の現状

はじめに:アスレティックトレーナー (AT)の仕事とは

スポーツに従事する方々の中でも、ATがどのような仕事をしているかを明確に把握できている方は少ないのではないだろうか。ATとは、簡単に言ってしまえば、アスリートの怪我の予防や、スポーツにおける安全対策、そして怪我をしてしまった際の現場復帰までのリハビリなど、アスリートのコンディションを最高の状態にするための手助けをする専門家である。アスリートはバランスの良い身体づくりをしていかなければならない。なぜならば、バランスの良い身体をもつアスリートは怪我をしにくいし、本来人間の身体がもつ力を十分に活用できるため、競技力も確実に向上するからである。ATは怪我予防の身体づくりだけでなく、アスリートが実際に怪我をした際も重要な役割を担っている。人間が怪我をすると、足をひきずって歩いてみたり、痛みのある部位を極端に使わないように生活してみたりなど、無意識に痛くない動作をする傾向があるのは想像しやすいのではないだろうか。このように、自分が今まで動かしていた方法とは違う方法で身体を動かすと、当然のことながら身体のバランスが崩れてしまう。アスリートは怪我によってバランスが崩れた身体を元の状態・それ以上に良い状態に改善していかなければならない。そうしなければ、怪我の再発はもちろん、競技力の低下も避けることができないからである。アメリカにおいては、トップレベルのスポーツだけではなく、中学校や高校レベルのスポーツ現場でもATが活躍している。その理由は、子どもたちのスポーツ参加を競技的側面だけでなく、安全面からもサポートしていく制度が整っているからである。ATは上述のようにスポーツに参加する人々のコンディションを最高の状態にし、安全対策にも造詣が深い専門家として非常に重要視され、スポーツにおいては必要不可欠な仕事とされている。本稿では、アメリカにおけるATの現状を、MLBタンパベイレイズでATとして働く福田紳一郎氏とコネチカット大学の細川由梨氏にお話を伺いながら、公開されている既存の資料を基に、考察を交えながら報告する。

アメリカと日本における制度の違い

アメリカでATとして働くためにはNational Athletic Trainers' Association Board of Certification(NATA BOC)が認定する国家試験に合格しなければならない。さらに、この認定国家試験の受験資格を得るためには、認定された学校で2~3年かけて専門知識を学び、NATA BOCが指定する必要単位数を取得する必要がある。専門知識を学ぶためのプログラムは大学によって異なり、学士コースもあれば、大学院からATとしての勉強を始められるプログラムも存在する。この試験に合格すると、正式にATとして認められ、医療行為をするにふさわしい能力を証明できることになる。

NATA BOCのAT資格を取得した後、それぞれの州が定める医療免許を取得し、法の下にアスリートの身体に触れることが許可されるのである※1。一方、日本におけるATは、文部大臣の認定制度が2005年度末に廃止されたことにより、現在では日本体育協会が認定する資格となっている。このため、日本でATの資格を取ったとしても、医療従事者としてアスリートの身体に触れることは許されていないのである。このような現状から、日本では医療資格(例えば医師、理学療法士、柔整師、あん摩マッサージ指圧師など)をもつ方がATとして従事することが多い。タンパベイレイズの福田氏によれば「もともとトレーナーの勉強をしていた方々が医療資格を取り、ATとしてスポーツ現場で働くのは賛成だが、ATとしての教育を受けずに医療資格のみでスポーツ現場に出ると突発的な事故への対応が遅れる場合がある」と懸念を示している。例えば脳震盪などのスポーツ現場で頻繁に起こる事故も、トレーナーとしての専門知識をもっていないマッサージ師には迅速に対応するのは難しいかもしれない。

日本とアメリカの現状のどちらが好ましいとは言えないが、両国のATの大きな違いを上げるとするならば、資格取得までの過程で、スポーツ現場に適した専門的な知識を得るためのカリキュラムが異なるという点である。細川氏によれば、「医療従事者としてのAT」という認識が少ない日本に比べ、アメリカではATになるまでのカリキュラムの中で、一般医療をより深く学ぶ傾向がある。さらにスポーツ現場における危機管理計画に関する知識も、アメリカのカリキュラムでは非常に深く学ぶことが義務付けられている。アスリートの怪我の予防や競技力の向上への対応は、それほど時間を争うものではないかもしれない。しかし、事故が起きた際の対応が遅れることで、スポーツに参加する子どもたちを含めた多くの人々が命を落としてしまうこともあり得るのである。したがって、それぞれのスポーツ現場に合わせた制度の検討・改善をしていく必要があるのかもしれない。

※1NATA BOCのAT資格自体は医療免許ではなく、資格取得後にそれぞれの州が発行する医療免許を取得する必要がある。この免許はAT資格がなければ取得できない。Continuing Education Credits (CEU)と呼ばれるATの更新手続きをしている限り、資格の追加取得や追加試験の受験などが必要になることはないが、州によっては医療免許取得時に簡単な試験を行う場合もある。

アメリカで働くATのデモグラフィクスと彼らへの待遇

アメリカ労働統計局が公開した2013年のデータでは、アメリカ国内ではスポーツ以外の現場も含めると、およそ22,000人ものATが活躍していると報告されている。大学や専門学校でおよそ5,000人が、レクリエーション・娯楽施設でも4,000人弱が雇用されており、小学校や中学校においても2,000人ものATが専門知識を活かして活動している。スポーツに着目してみると、プロスポーツや大学スポーツチームなどの観戦スポーツ産業の中だけで、1,500人弱のATが雇用されている。この数のみに着目すると、それほど多いように感じないかもしれないが、興味深いことに産業内のATが占める雇用率は、およそ100人に1人と他の産業内の雇用率と比較すると最も高い値を示している(1.04%)。福田氏によれば、タンパベイレイズは、プロ野球チームの中でも充実したAT環境が整っており、理学療法士やマッサージ師などを入れると5~6名の選手の身体のケアをするスタッフが勤務している。その中でも2~3名はATとして専門的な知識を身につけ、選手のコンディションと安全管理に従事している。上記の統計はスポーツ現場でコンディショニング・安全管理の知識をもつ専門家が必要とされていることを示している。

ATに対する待遇に着目してみると、NATA公式ウェブページに公開されている2014年のデータによれば、アメリカでATとして働く専門家は、およそ500万円弱の年収を得ている(US Census Bureauによれば、アメリカの平均年収もおよそ500万円弱と報告されているため、給与のみに着目すればATは平均的な待遇を得ていると言える)。退職金や保険などの福利厚生に関してもまずまずの待遇が保障されていることが伺える。男女比を見てみると、男性が48.3%に対し、女性が51.7%とほぼ変わらなく、彼らの90%弱がフルタイムで雇用されている。平均年齢は34歳と比較的若い。福田氏によれば、プロや大学レベルのスポーツチームで働く場合は、選手へのマッサージを含めた身体のケアにかなりの体力を要するとのことである。仕事の質を考えると、比較的若いATを積極的に雇用し、知識と経験が豊富なベテランのATと良いチームを作っていく必要があるかもしれない。

一方、日本のATの待遇を概観すると、学生や社会人ボランティアに頼る風潮があるという。スポーツ現場としてはボランティアで手伝ってくれる専門家の存在は有難いだろうし、ボランティアをしている本人も好きで手伝っているのであろう。しかしこの関係性にはいくつかの懸念が浮かび上がる。一つ目は法的な懸念である。学生ボランティアやインターンは、もちろんアメリカでも存在するが、準医療処置を行うATという仕事に関しては、十分な法的配慮がなされるべきと思われる。二つ目はこの「ボランティア」の関係が続けば、スポーツ現場にこだわりを持って専門性を磨いた人材が参入しにくい職種になってしまうという懸念がる。ATには対価を払わなくても良いという意識ができてしまえば、いくらスポーツへの愛があっても職業として選択される可能性は低い。専門家が専門家として働く環境づくりをしていかなければ、質の高いスポーツ環境はいつまでたっても整うことはないだろう。筆者はプロスポーツに限って言及しているわけではなく、小学校、中学校、高校のスポーツ大会などにおいてもATが積極的に活躍できる環境を作っていく必要があると考える。そうすることによって、スポーツに参加するすべての人々がより安全にスポーツを楽しむことができるからである。実際、2015年にJournal of Athletic Trainingに発表された論文によれば、アメリカの公立中学校の70%が何かしらのATサービスを享受できる仕組みができていると報告している (Pryorほか, 2015)。トップレベルの競技者だけでなく、子どもを含めた多くの人々が、より楽しく、より安全にスポーツを楽しむことができる環境づくりが進んでいることを示している。

おわりに

本稿では、アメリカにおけるATの仕事を概観しながら、日本のスポーツ現場へ情報提供を行った。ATは怪我の予防やリハビリを含め、競技力向上に貢献することが一つの重要な仕事である。さらに、ATの最も重要な仕事と言っても過言でないのが、事故の予防と迅速な対応を通して、スポーツに参加する人々の命を救うことである。大学やプロスポーツだけでなく、中学校や高校においてもATの必要性の認識や、彼らの地位は向上していくものと思われる。一方で、ATに対価を払えないスポーツ現場も多く存在するだろう。マネジメントの意識をもって資金を確保し、何かしらの形態でスポーツに参加する人々がATの知識とサービスを享受できる仕組みを作っていく必要がある。

参考資料

  1. National Athletic Trainers' Association. http://www.nata.org/
  2. Pryor, R. R., Casa, D. J., Vandermark, L. W., Stearns, R. L., Attanasio, S. M., Fontaine, G. J., & Wafer, A. M. (2015). Athletic Training Services in Public Secondary Schools: A Benchmark Study. Journal of athletic training, 50, 156-162.
  3. United States Census Bureau. http://www.census.gov/
  4. United States Department of Labor. 29-9091 Athletic Trainers. http://www.bls.gov/oes/current/oes299091.htm

レポート執筆者

佐藤 晋太郎

佐藤 晋太郎

Assistant Professor of Marketing Montclair State University Correspondent, Sasakawa Sports Foundation