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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

身体活動促進を担う人材の育成:「ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist®」認定制度

2016.02.18

身体活動促進を担う人材の育成:「ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist®」認定制度

運動指導者、トレーナーが十分いれば、社会から運動不足な人はいなくなるだろうか?残念ながら、答えは「NO」だろう。なぜなら、問題となるターゲットは、対面指導の場・運動施設・医療機関等にわざわざ出てこないからである。では、運動不足の問題を解決するには、そもそもどんなアプローチが必要で、どんな知識・技術をもつ人材が必要なのだろうか?

こうした問題は、ポピュレーション戦略(Population Strategy)といった言葉も使われる公衆衛生(Public Health)の分野で長く取り組まれてきた。感染症や喫煙、栄養不良といった問題に取り組む中で蓄えられてきた知識・技術の中には、スポーツおよび身体活動全般の促進に役立つものが多々ある。まずは「誰」に、「どうやって」アプローチすればよいのか、というところから考える必要があることは分野を問わず共通している。対面指導は強力な介入手段ではあるが、アプローチできる相手が限定されてしまう点を十分に考慮し、社会的には全体戦略(計画)の一部として位置づけられる必要がある。

ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist®

アメリカスポーツ医学会(American College of Sports Medicine、以降、ACSM)では、スポーツ・身体活動に関する医科学研究の振興や知識の普及、政策支援と合わせて、人材育成事業としてさまざまな資格の認定を行っている。旧来のパーソナル・トレーナー(Certified Personal Trainer®)やインストラクター(Certified Group Exercise InstructorSM)に加えて、近年では、National Physical Activity Society(非営利団体)とともにACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist®という資格の認定を行っている。その役割を端的に表す言葉がなかったためか、長い名称になっているが、重要なキーワードとして、身体活動(Physical Activity)と公衆衛生(Public Health)が含まれている。運動(Exercise)ではなく身体活動であり(2者の違いについては、以前の記事も参照のこと)、単に個人の健康(Health)ではなく公衆衛生という言葉が使われている点に、この資格の意義・役割が表されている。ウェブサイト上には、下記のようにその資格の性質について紹介されている。

ACSM/NPA Physical Activity in Public Health Specialist(以下、ACSM/NPA PAPHS)は、地域レベルから全国レベルの取り組みにいたるまで、公衆衛生上のすべての手段をとおして、熱意をもって身体活動の促進に取り組む専門家である。(中略)ACSM/NPA PAPHSは、身体活動の必要性とそのインパクトについて、意思決定者(政治家等)を巻き込み、教育するために必要不可欠な存在(擁護者)である。歩きやすい地域づくりから、公園の増加とアクセス改善、その他にいたるまで、ACSM/NPA PAPHSは官民さまざまな機関と連携し、身体活動を実施するうえで安全な地域づくりを進める。

運動指導といった言葉が出て来ない点でトレーナー等とは役割が異なり、また、都市計画への関与も重要な役割として明記されている点は、保健師等がすでにもつ能力からさらに一歩踏み込んで、身体活動促進の専門性を有した人材の育成が目的とされていることがわかる。具体的に資格認定試験の内容にも関わる「求められる知識・能力分野(Competency Areas)」と試験時の各分野の採点比重をみてみると、表1のように示されている。

表1.ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist® に求められる知識・能力分野

知識・能力分野(Competency Areas) %
計画と評価
(Planning and Evaluating)
23%
介入
(Intervention)
20%
データと科学的情報
(Data and Scientific Information)
18%
公衆衛生領域における運動科学
(Exercise Science in Public Health Setting)
17%
パートナーシップ
(Partnerships)
12%
組織構造・体制
(Organizational Structure)
10%

分野の構成をみると、マネジメントに関わる内容が多いことがわかる。分野ごとに必要な知識、技術、能力の詳細については、こちらに示されている。たとえば、「パートナーシップ」については、身体活動を促進する取り組みを行ううえで必要な、外部機関と連携する技術が求められており、「データと科学的情報」に関しては、政策上の意思決定に必要なデータ(公的調査の当該地域データ含)の収集・活用能力が含まれている。「介入」に関しても、興味深い項目が並ぶ。「効果的な介入戦略についてパートナーや他の構成員に対して推奨する」といった基本的な内容に始まり、「身体活動に関する的確なメッセージをターゲットとする対象に伝えるために、メディアと協力する」うえで、「プレス・リリースを書く能力」まで含まれている。こうした総合的な能力をもつ専門家が日本各地にいたならば、こんなに頼もしいことはない。

ウェブサイト上には、ほかに試験対策のためのオンライン講座や教科書が紹介されている。教科書として指定されている Foundations of Physical Activity and Public Health(Harold Kohl III, Tinker Murray著 「Human Kinetics」)の目次をみてみると、

  1. 身体活動と公衆衛生
  2. 運動・身体活動の健康効果
  3. 身体活動促進の効果的なアプローチ

の3部構成になっている。

受験資格は、「健康関連分野での学士号(大卒)」または「何らかの分野での学士号に加えて、身体活動促進、ライフスタイル・マネジメント、ヘルスプロモーション関連の1,200時間以上の実務経験」を有する者となっている。受験費用は、最も高いNon-ACSM Certified Professionalsで195ドル、上記の教科書付きオンライン講座受講料が99ドルであり、特に高額という印象は受けない。プロモーション動画からは、地域の公的な機関で公衆衛生活動に従事している専門職やNPO法人(ウォーキング協会等)で活動している人をターゲットとして想定していることがわかる。受験者の中には、公衆衛生大学院で修士号(MPH)を取得した高度専門職も含まれているようである。

以上、ACSMによる新たな資格認定制度、ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist®の概要を紹介してきた。運動指導者やトレーナーの活動領域を超え、また、保健師よりも専門性の高いこうした人材は、日本でもその育成と活躍の場が求められている。今後、米国でこの資格をもつ専門家がどれだけ増え、また、各所でどのような役割を果たしていくのか、注目していきたい。

※本稿は、日本学術振興会海外特別研究員制度による研究の一環としてまとめたものである。

レポート執筆者

鎌田 真光  (2014年9月~2018年3月)

鎌田 真光  (2014年9月~2018年3月)

海外特別研究員
Research Fellow
Harvard T.H. Chan School of Public Health
Overseas Research Fellow, Sasakawa Sports Foundation (Sept. 2014~Mar. 2018)