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スポーツニュース・レビュー

2015年5月7日

障害者スポーツの魅力

「追い求め続ける」情熱の輝き

もう十年も前になるのだが、その姿、その光景はいまも鮮明な記憶として残っている。思い出すたびに心の奥がじわりと熱くなるのもいつものことだ。
大阪の障害者スポーツセンターを訪ねた日だった。目当ての取材が一段落して、そろそろ引き上げようかと思いながら、たまたまプールで開かれていた水泳大会の様子を眺めていた。女子五十メートル背泳ぎ。その組は四人で、障害の内容や度合いはまちまちだった。出場選手が少ない大会ではよくあることである。
四人がスタートした。ゆっくりながらも着実に泳ぐ選手たち。もう帰ろうかと立ち去りかけて、ふと一番端のコースが目に留まった。立ったまま、身じろぎもしないで見つめないではいられなくなったのはその時だ。
最初はちっとも進んでいないように見えた。手も足もかなり不自由で、腕で水をかいたり、足でキックを繰り出すことはまったくできない。が、手先と足先を小さく動かすのは休みなく続いていた。一番端の選手はそうやって、ほんの少しずつ前に進んでいたのである。
これではゴールできまいと感じた。大会役員が止めてくれないかとも思った。見ているのがつらかった。1位の選手は1分半あまりでゴール。2位と3位も3分以内にゴールした。なのに、残る一人はまだ十メートルもいっていない。
しかし、目を離すことはできなかった。そのうち、止めればいいなどという思いは消し飛んだ。観客席の一番上からは何十メートルも離れているのに、その選手からは、絶対にやり抜くのだという意志が鮮烈に伝わってきていたからだ。
やっと二十五メートルの折り返し。そこでやめるだろうと思っていると、彼女はためらいもせず後半の二十五メートルへと向きを変えた。数センチずつの前進がさらに続いた。
「もうちょいや、あと少しやでっ」「頑張れ、頑張れっ」
スタンドから声が飛ぶ。ついにあと三メートル。と、手足の動きが猛烈に激しくなった。ラストスパート。
ゴールタイムは21分44秒58だった。拍手がわいた。抱きかかえられて水から上がり、車いすに乗り移った時、彼女の顔に輝くような笑みが浮かんだのは、スタンドの最上段からもはっきりと見えた。
控え室をのぞいてみると、選手は両親と一緒にくつろいでいた。彼女は二十代後半で、直前にカゼをこじらせたこともあって調子はよくなかったという。それでも「満足のいく泳ぎだった?」と聞くと、彼女は大きくうなずいた。疲れ切ってはいても、誇らしく、素晴らしい気分でいることが、その表情でよくわかった。

十年前の光景は、こうして忘れられない思い出となった。長くスポーツを取材し、オリンピックをはじめとするビッグイベントもたくさん見てきたが、その中でもとりわけ心に残ったシーンのひとつだと感じている。
障害者スポーツの取材もそれなりにしてきたとはいえ、健常者の視点から時々垣間見るだけで、障害のある人々やその競技を理解しているとは到底言えない。といって、あの時の感動は、「重い障害があるのによく頑張っている」などという単純な感傷によるものでもないように思う。あの光景が激しく心を揺さぶったのは、人間が秘めている可能性の深さ、どんなに制約があっても自らの持つ可能性を力の限り追い求めずにはおかない情熱の輝きが、強烈な波動となって伝わってきたからだ。
それはすべてのスポーツに共通していることだろうが、中でも障害者の競技は、さまざまなハンディのもとで行われるために、そのことをむき出しに、時には残酷なほどの率直さをもって伝えてくる。だからこそ、それらは時として、健常者の競技を上回るほどに人々の心を打つのだ。

とはいえ、それは障害者スポーツの一面にすぎない。そこには多くの側面があり、複雑に入り組んでいる。
第一に障害による生活の不安、将来への不安がある。スポーツに出会う機会は少なく、あったとしても継続するには多くの困難が立ちはだかる。
喪失感がたとえようもなく大きいという話も多くの選手から聞いた。体の一部を、その機能を永久に失った悲しみはなかなか消えない。「今度目が覚めた時には脚が戻ってきてほしいと、いつも思っていた」とは、ある義足ランナーに聞いた言葉である。
一方、本格的に競技に取り組むようになると、今度はまったく別の悩みが生まれる。「自分は競技者としてスポーツに取り組んでいる。なのに世の中はそう見てくれない」。長く世間は障害者スポーツをリハビリの一環としか見てこなかった。いまもその傾向はある。選手たちはそれが悔しくてならないのだ。
肉体的なハンディだけでなく、常に多くの困難や課題や悩みがつきまとう。それが障害者スポーツの実態である。まず目を向けねばならないのはそこだ。
2020年東京オリンピック・パラリンピックが決まって以来、にわかにパラリンピックや障害者スポーツにも注目が集まっている。が、どうも上滑りしているように思えてならない。建前として、そう扱っているだけにしか思えないところがある。「迫力がある」「すごい」などと、ろくに見もしないでほめそやすのはその一例だろう。「すべてオリンピックと同じに」という論も同様だ。まず必要なのは、正面から向き合い、真摯に理解を進めていく姿勢ではないのか。
2020年の関係者やメディアは、機会あるごとに障害者スポーツの現場に足を運ぶべきだと思う。そこからパラリンピックのあるべき姿が見えてくるだろう。少なくとも、帰る時には心の中が勇気や元気で満たされているはずだ。

佐藤 次郎 氏

佐藤 次郎

スポーツライター

1950年横浜生まれ。中日新聞東京本社(東京新聞)運動部でオリンピック6大会、世界陸上5大会を現地取材。運動部長、編集委員兼論説委員を歴任し、2015年退職。引き続きスポーツ取材にあたっている。著書に「東京五輪1964」(文春新書)「義足ランナー」(東京書籍)など。ミズノ・スポーツライター賞、JRA馬事文化賞受賞。

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