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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

アスリートのセカンドキャリアの考え方

8月下旬にJリーグから1通の興味深いニュースリリースが出た。プロスポーツを担う人材を育成するために今年発足した「Jリーグヒューマンキャピタル(JHC)」が、人事関連で最も権威のある賞とされる日本の人事部「HRアワード2015」のプロフェッショナル部門にノミネートされたというのだ。

人材開発などで積極的な活動を続けている企業などを表彰するもので、今回で4回目だが、過去にはスポーツ団体のノミネートはなかったという。

Jリーグは立命館大学と提携して、今年からプロスポーツクラブの経営者を養成し、雇用にも関わっていく「JHC教育・研修コース」を始めた。その取り組みが早くも評価された形だ。Jリーグの村井満チェアマンはリクルート出身で、人材開発のプロフェッショナル。その面目躍如といったところだろう。

コースは、236人の応募者から選考された43人が受講しており、会社員や会計士など多士済々。中には元日本代表の中田浩二氏、元浦和の堀之内聖氏というかつてのJリーガーもいる。Jリーグ経営企画本部企画部経営人材育成グループの中村聡(ただし)リーダーによれば、両氏のように、引退後、サッカーの指導者としてではなく、クラブでビジネスをやっていきたいというJリーガーもかなりいるという。

その姿勢は素晴らしいし、引退後の新たなチャレンジでぜひ成功してほしいと思う。ただ、本人の志向の問題もあるだろうし、誰もがこうした講座を受けられるものでもないだろう。

中村リーダーによると、毎年、約100人の選手がJリーグから離れるが、その平均年齢は26~27歳。このうち、6、7割は舞台を変えてサッカーを続ける道を選ぶが、そうでない選手は、その時点でセカンドキャリアの問題に直面することになる。

プロスポーツ選手にとって、現役引退はいつか必ず訪れるもの。その後のキャリアをいかに描くかは大きな課題だ。Jリーグでも2002年にキャリアサポートセンターを発足させ、選手をフォローしていたが、一昨年にこの部署を発展的に解消させたという。

「Jリーグを離れても、たとえばタイのクラブに行ったり、地域リーグでプレーしたり、というように、選手を取り巻く環境が変わってきた。だとすると、選手には日本プロサッカー選手会がメインで接して、われわれはそこと連携しながらサポートした方がいいんじゃないかと。そういう役割分担が明確になった」と中村リーダー。

その分、Jリーグとして力を入れているのが、若年層へのキャリアデザインサポートというユニークなプログラムだ。Jリーグの各クラブには、U-18(18歳以下)、U-15といった下部組織があり、これをアカデミーと呼んでいるが、対象となっているのは、主にこのアカデミーの中学生。将来のプロの卵たちだ。

具体的には、「サッカークラブはどうやって成り立っているか」「Jリーグにまつわる仕事にはどんなものがあるか」など、身近な事柄から選手自らに考えてもらう作業を通じて、キャリアというものへの考え方の確立を目指していく。ファシリテーターといわれる進行役は、クラブOBの元選手が務めると非常に効果的だという。

将来Jリーガーになりたいという選手の集まりだから、彼らにそのモチベーションを与えるのが一番の目的だが、プログラムを通して副次的に、さまざまな職業があることや、どんな職業にも通じるような目標設定やその実現方法の考え方などを身に付けられるようになっているところが心憎い。

「君たち全員がプロになれるわけじゃない、なんて一言も言わないし、セカンドキャリアなんて言葉も使わない」と中村リーダー。5年前に始まったこのプログラムは、これまで延べ5,000人弱が受講し、全52のJクラブのアカデミーの中学生が、一度は受ける体制が出来ているという。

2020年夏季五輪・パラリンピックの東京開催が決まり、サッカーに限らず、どの競技でも若年層からの強化が盛んになる一方だ。小学生時代から長時間の練習、などという話もよく聞く。ただ、誰もがオリンピックに出られるようなトップ選手になれるわけでもない。第一線を離れるときに、「競技をとったら、ほかは何もわからない」という選手が増えるようでは、なんのためのスポーツか、という話になってしまう。

中村リーダーは、「まだ具体的には動いていないが、日本オリンピック委員会(JOC)がナショナルトレーニングセンター(東京・西が丘)で寄宿しながらやっている、将来のトップアスリートのキャリア教育プログラムとも将来的にはうまく連携できるといい」と話す。

キャリアデザインサポートは、プロのトップチームから小学生のアカデミーまで、一貫した指導体制が確立しているJリーグならではのプログラムかもしれないが、他の競技団体でも応用は可能だろう。忍耐力や闘争心があり、トップ選手としての高い意識を持って活躍してきた元アスリートを採用したいという企業は多いという。そのニーズに応えられるような優秀な人材を輩出できるようなシステム作りが、スポーツ界全体に求められている。

  • 川島 健司 川島 健司 読売新聞 編集委員 1963年生まれ。1987年に読売新聞東京本社入社。宇都宮支局、地方部を経て、91年から運動部でサッカー、プロ野球、スキーなどを担当。97年から2001年にはロンドン支局で欧州のスポーツ全般を取材した。サッカーW杯は男女合わせて計5大会取材。運動部長を経て、14年3月から現職。