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スポーツニュース・レビュー

2015年9月8日

アスリートのセカンドキャリア

元巨人軍選手のセカンドキャリア支援

一人の元プロ野球選手と話をした。まだ30歳だが、彼の考え方や生き方にとても興味を抱いた。

2010年10月、希望に胸を躍らせて憧れの読売巨人軍のユニホームに袖を通した。背番号は三桁の育成ドラフト7位指名。川口寛人(ひろと)内野手は堅実な守備を評価されていた。しかし、肩の故障で支配下登録に至ることなく、そして2軍の試合に出ることもなく1年後にはお払い箱。26歳の時だった。

「戦力外通告を受けた年、ジャイアンツだけで25人が一気にクビの宣告。私も含め、ほとんどが不安に満ちた表情で途方に暮れていた。その光景をみて、これは何とかしなければいけないと思った」

こう述懐する川口氏。世の中の役に立てることをしようと思ってもすぐには考え付かない。2012年、アルバイトをしていたお好み焼き屋チェーンにそのまま社員として採用された。事業本部配属となり、会社が運営する就職斡旋事業、NPO法人「ASS(アスリート・セカンドキャリア・サポート)」の代表に就任。主に自分と同じ元プロ野球選手のセカンドキャリアの支援が目的だ。

「今年は4人の元プロを社会に送り込んだ。でも彼らがいつ退職するかわからないと思うと、心は休まらない」と言う。この仕事で川口氏は「ただ就職の世話をするだけでなく、スキルアップと向上心を持たせることに注力している。自分に合わない職業だと感じても、社会という厳しい世界で生き残っていくための技術と精神力を持ち続けていれば、必ず成功に結び付くことを徹底的に教え込んでいる」と話してくれた。

プロ野球選手だけでなく、現在は複数の大学に出向いて説明会を行ったり、体育会の学生を中心に就活のためのセミナーを各地で開催したりしている。私が講師をしている大学のキャリアセンターに川口氏を紹介したことがあるが、とても感謝された。現在、川口氏を中心にスタッフ3人は皆元アスリート。就活中の学生の目線に立ってサポートしている。

川口氏の仕事には敬意を払うが、本来は日本野球機構(NPB)や各球団がもっと力を入れてサポートシステムを確立すべきではないだろうか。NPBはセカンドキャリアサポート体制を2007年に立ち上げたが、スタッフの確保や予算上の問題もあり、ほとんど機能していない。

毎年、プロ野球ドラフト会議で80人ほどが入団してくるが、同じ人数だけ戦力外通告を受ける。退団した人のほとんどが明日への道を閉ざされ、路頭に迷う。NPBが現役をはじめ、教育リーグに所属している選手たちにアンケート調査を実施したところ「引退後の生活に不安を感じる」が7割以上もいた。選手たちの将来への不安は募るばかり。だが、NPBのセカンドキャリアサポートに相談する人もほとんどいない。

この傾向は他のスポーツも同じことが言える。いち早くスポーツ界でセカンドキャリアを考える支援体制を立ち上げたのはJリーグ。イングランドのプレミアリーグなどで選手のセカンドキャリアをサポートする取り組みが充実していることを知り、Jリーグもキャリア支援事業を始めたわけだ。

このJリーグの事業に波及されて日本オリンピック委員会(JOC)もプロジェクトチームをスタートさせた。「アスナビ」という世界を目指す現役トップアスリートの就職支援ナビゲーションを確立。競技に専念できる環境を整えるために、企業からの支援や採用を望むトップアスリートと採用を検討する企業側の双方にメリットがある環境を実現させることを目的にしている。

このシステムをプロ野球界もぜひ参考にしてほしいと願っている。日本スポーツ界のキャリア支援はまだまだ発展途上。このシステムが普及し、安定するにはあと10年掛かるかもしれない。

デュアルキャリアの勧め―元トップアスリートの助言

日本体育協会の情報誌「Sports Japan」の編集部会長を3年前からやっており、同誌第7号で「それぞれのキャリア形成」のタイトルで特集を組んだことがある。2008年北京オリンピック陸上男子400mリレーで銅メダルを獲得した朝原宣治氏がこの特集の取材に協力してくれた。現在は指導者、スポーツ解説者として活躍している朝原氏は「デュアルキャリア」の必要性を説いている。

デュアルキャリアとは「2本立てのキャリア」という意味である。朝原氏の考え方は、現役のうちに将来を見据えた(就職)活動にも取り組んでおけば、引退後の準備が整うというもの。

朝原氏によると、プロやトップアスリートを目指すことは競技に取り組む上で大事なことだが、競技だけが人生と考えるのは危険だという。競技以外には目もくれず、選手生活の絶頂時にけがなどでその道が閉ざされ、社会にポッと投げ出された人はどうするか。

「社会性に乏しく、視野も狭い。競技のことに詳しくても、世間に出たらそれが何の役にも立たない。そうならないためにも早いうちにデュアルキャリアに目を向けるべき」

もっともな意見だ。デュアルキャリアのポイントは、視野を広く持つこと。常にアンテナを張り巡らせて多くの人と出会い、意見を交わし、情報を集めることが大切であると、同誌は解説している。

朝原氏も自らキャリアサポートに携わっている。陸上男子400m障害の元オリンピック選手、為末大氏とともに設立した「アスリートソサエティ」でネットワークを広げて社会とつながる手助けをしている。同誌のインタビューで朝原氏は「選手は必ず引退する日がやってくるのだから、いまやるべきこと、いまだからできることがあるんだとセミナーや講演で教えている」と言う。

引退後の第2の人生、セカンドキャリアの充実こそが日本スポーツ界が世界のリーダーになるために必要不可欠なことだと思う。今こそ、引退した選手たちの能力や資質を生かす仕組みづくりが求められている。

堀 荘一 氏

堀 荘一

1947年東京都生まれ。早稲田大学卒。1970年時事通信社入社。運動部記者として1972年札幌オリンピックをはじめ、夏季3回、冬季3回計6回のオリンピックを取材。1996年運動部長、2001年高知支局長、2004年から解説委員を歴任。現在は日本体操協会総合企画委員長、日本バレーボール協会広報委員、日本体育協会「Sports Japan」誌編集部会長、法政大学スポーツ健康学部、東京国際大学人間社会学部非常勤講師など。

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