本文へスキップします。

オリンピック・レガシーを考える
~オリンピック・ロンドン大会の施設整備と後利用~

2015.1.27

オリンピック・レガシー

オリンピック憲章ではオリンピック・レガシーに関して、国際オリンピック委員会(IOC)の使命と役割として「オリンピック競技大会のよい遺産を、開催国と開催都市に残すことを推進すること」と明記している。IOCがレガシー(遺産)を憲章に加えたのは、2002年11月メキシコシティーでの総会における決定を受け、翌2003年7月4日に発行された憲章からであり、以降、開催立候補都市は、オリンピック・レガシーを考慮した提案が求められるようになった。2013年9月のブエノスアイレス総会で、安倍総理大臣をはじめとしたプレゼンターの多くが、「オリンピック・レガシー」を口にしたのも記憶に新しい。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)が本年2月にIOCへ提出する大会開催基本計画の策定が進められているなか、大会後のレガシーに対する意識も徐々に高まり、東京都や組織委員会をはじめ、官民が連携して取り組む機運の醸成がはかられつつある。

IOC「オリンピック・レガシー」(2013)によると、オリンピック開催により発生するレガシーは、

  • 「スポーツ(Sporting Legacy)」(=スポーツ施設の整備、スポーツ参加の向上)
  • 「社会(Social Legacies)」(=文化・教育・民族・歴史認識の向上、官民の協働)
  • 「環境(Environmental Legacies)」(=環境都市への再生、新エネルギーの導入)
  • 「都市(Urban Legacies)」(=都市開発、インフラ整備)
  • 「経済(Economic Legacies)」(=雇用創出、経済の活性、観光客の増加)

の5つに分類され、それぞれに有形・無形のものが存在すると指摘している。これらはいずれも現代社会における課題と密接に関わっていることから、開催都市は大会開催による社会課題の解決手段や、成熟社会への転換のあり方の提示という大きな命題を受けているとも捉えられよう。さらにもうひとつの重要な視点として、レガシーは永続的でなければならない。

本稿では、大会開催基本計画とも関連し、国民が大会後に自らスポーツを実施する場という観点から、スポーツ施設の整備とその後利用につき、ロンドンオリンピックの事例を紹介する。

ロンドン・オリンピック・パーク

※クリックすると関連する画像が表示されます。

2012年に開催されたオリンピック・ロンドン大会の主会場となった「ロンドン・オリンピック・パーク」は、ロンドンレガシー開発公社(London Legacy Development Corporation; 以下、LLDC)により、3億ポンド(約540億円)の費用をかけて「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク(Queen Elizabeth Olympic Park; 以下、QEOP)」へ改修されている。総面積2.5km2の公園内は、スポーツ施設のほか、選手村の住宅(2,818戸)への改築や学校の新設が進められ、ロンドン東部地区の再開発の中心となっている。公園の改修は、大会期間中にハンドボール会場となった「コッパーボックス(Copper Box)」や自転車競技を実施した「ベロドローム(Velodrome)」などを含む、北側を占める「ノース・パーク(North Park)」の一部が先行して2013年7月に再オープンした。一方、メインスタジアムや水泳競技会場となった「アクアティクスセンター(Aquatics Centre)」が位置する南側の「サウス・パーク(South Park)」は、2014年春のオープンに向けて改修が進められた。オリンピックで使用した公園内の8施設のうち、3施設は解体あるいは移設され、残り5つの施設は国際スポーツイベントや日常的なスポーツ活動の場として改修され、各施設の管理運営をLLDCから民間委託している。

ここでは、Lee Valley Regional Park Authority(以下、LVRP)が管理運営する「ホワイト・ウォーター・センター(White Water Centre)」と「ベロドローム(Velodrome)」、Greenwich Leisure Ltd(以下、GLL)が管理運営する「コッパーボックス(Copper Box)」と「アクアティクスセンター(Aquatics Centre)」の4施設を中心に紹介する。

Lee Valley Regional Park Authority

LVRPは、ロンドン東部を流れるリー川(River Lea)に添い全長42km、4,000haの敷地を誇るリー川流域公園(Lee Valley Regional Park)を管理するため、1966年のリー川流域公園法(Lee Valley Regional Park Act)により設立された公社である。LVRPは、ロンドン市、エセックス州、ハートフォードシャー州の税収から運営費が賄われており、2013年度予算は11.5百万ポンド(約20.7億円)であった。

リー川流域公園の南端は、QEOPの北部35%を占める。LVRPは土地所有者であることからオリンピック後の施設利用に関する計画策定の段階からロンドンオリンピック大会組織委員会との協議に参画し、オリンピック・パーク内の複数の施設を管理運営することとなった。

White Water Centre

※クリックすると関連する画像が表示されます。

ロンドンオリンピックのカヌー競技会場となったホワイト・ウォーター・センター(White Water Centre)は、QEOPから14km北上したハートフォードシャー州ウォルサム・クロス(Waltham Cross)に位置する。オリンピックコースの全長は300mで、水深は1.6mである。観客席10,000席は仮設であったため、現在では撤去され、カヌーやラフティングボートの艇庫が新設されている。

オリンピックで使用された競技会場のなかで最初に完成し、オリンピックが開かれる1年以上前の2011年4月には地元住民、なかでもロンドン市内の小学生に無料体験の機会を提供するなど、一般開放を進めてきた。これは、ロンドンが招致を成功させた2005年からLVRPと英国カヌー協会(British Canoe Union)が過去のホストシティであるシドニーとバルセロナのカヌースラローム施設への調査をもとに、160mの練習用サブコースを設置し、それを一般利用に供することをレガシープランに盛り込んだことにはじまる。本施設の建設には3,100万ポンド(約55.8億円)を要し、LVRPが600万ポンド、East of England Development Agencyが400万ポンド、Sport Englandが100万ポンド、オリンピック実行機関(Olympic Delivery Authority;以下、ODA)が2,000万ポンドを拠出した。オリンピック後は450万ポンド(約8.1億円)をかけて、会議室やオフィスの改修、ロッカールームの増築、団体受け入れ用の駐車場の整備などをおこなった。

2011年以降、200万ポンド(約3.6億円)の収入と120人の雇用を生み出し、15万5,000人が体験会などに参加している。利用料の一例を挙げると、オリンピックコースでの体験が1時間10ポンド(約1,800円)、ラフティング(9人乗り)体験440ポンド(約8万円)などがある。

現在英国カヌー協会は、White Water Centreに事務局拠点を移し、本施設をハイパフォーマンスセンターとして活用しており、ロンドンオリンピックのメダリストなどトップアスリートが週2回のトレーニングに使用している。2015年には、本施設においてICFカヌースラローム世界選手権が開催される。

また、ハイパフォーマンスセンターの機能に加え、ロンドン市をはじめ、近隣自治体の消防局が水難救助演習の場として本施設を活用している。これは、LLDCもLVRPも当初は計画しなかったことだが、施設の利用価値を高めるという観点で効果的なプログラムとしてLVRPは歓迎している。

Velodrome

※クリックすると関連する画像が表示されます。

ロンドンオリンピック自転車競技会場となったベロドローム(Velodrome)は、オリンピック・パークの北部に位置するLee Valley Velo Park(以下、Velo Park)の一施設である。1972年にロンドン東部のゴミ廃棄場だった土地をLVRPが購入し、1975年から2005年6月までの30年にわたり、Lee Valley's Eastway Cycle Circuitとして年間1万5,000~3万5,000人の自転車競技愛好者が利用する施設となった。2006年、オリンピック競技仕様のVelodromeを建設するため、その管理責任がODAに移譲された(現在はLVRPに管理責任が戻されている)。

Velodromeを含むVelo Parkは、2014年春の再オープンに向け、1.6kmのロードサーキット、8kmのマウンテンバイクトレイル、オリンピックBMXトラックの改修が進められている。

自転車競技の中央競技団体は、マンチェスターのvelodromeに拠点を置いているため、過去に協議はあったもののQEOP内の同施設に事務局を移転することはしない。

Lee Valley Tennis and Hockey Centre

※クリックすると関連する画像が表示されます。

ロンドンパラリンピックの車いすテニス会場(唯一のパラリンピック専用施設として建設)となった本施設は、Veloparkから幹線道路A12を挟んだ北側にあり、QEOPの最北部に位置する。この土地は、1920年代にイートン・マナー・クラブ(Eaton Manor Boy's Club)のスポーツ施設であったが、1967年に同クラブの消滅を機にLVRPが購入した。

本施設は、テニスコート10面(うち屋内4コート、屋外6コート。屋内コートは全米オープンと同仕様)と、ホッケーピッチ2面を有する。大会時にセンターコート5,000席を含む1万5,500あった観客席は、常設3,000席+イベント時の可動式1万2,000席に改修されている。クラブハウスの改修を含め、3,000万ポンド(約5.4億円)をかけて整備され、2014年6月14日に一般利用を開始した。

LVRPは、ホッケーとテニスの競技人口増加のため、 英国ホッケー協会(England Hockey)、英国テニス協会 (Lawn Tennis Association)、Tennis Foundation、近隣自治体、クラブと協働して、学校の授業やコミュニティグループへの体験プログラムを展開している。たとえば、ホッケーであれば、4人制から7人制までの少人数でも参加できるようなプログラムを組み、初心者の参加を促している。1セッション4ポンド(約720円)から楽しめるのも魅力のひとつといえよう(テニスコートの借用料も15ポンド~と比較的廉価に設定)。また、屋外の照明設備も充実していることから、平日夕方5時以降の利用にも対応している。

競技力向上施策の面では、車いすテニスの広域ハイパフォーマンスセンター(regional centre of excellence)としての指定をはじめ、ITF車いすテニスマスターズ(2014~2016年)の開催地に決定している。ホッケーにおいても、2015年の欧州ホッケー選手権から2018年の女子ワールドカップまで、毎年、国際大会の誘致が決定している。

Greenwich Leisure Ltd.

GLLは、英国内のスポーツ、レジャー、文化施設など115の公共施設を管理運営するCharitable Social Enterprise(社会的企業)である。QEOP内では、ハンドボール競技会場となったCopper Boxと水泳競技会場となったAquatics Centreのオペレーションを担っている。

Copper Box

※クリックすると関連する画像が表示されます。

Copper Boxは、オリンピック開会式からちょうど一年後の2013年7月27日に一般利用も可能なマルチ・アリーナとして、公園内のスポーツ施設でいち早く再オープンした。その管理運営は、GLLがLLDCと10年契約を結び行うこととなっている。平日は、ネットボール、バスケットボール、バレーボールまたはバドミントンのいずれか3種類のコートが常設されており、地域のスポーツクラブや学校の授業で利用することができる。また、週末には国内プロバスケットボールリーグやボクシングの国際試合などが開催されている。7月の再オープン以降、地域のスポーツクラブや施設内に併設されているフィットネスジムの個人利用、大規模スポーツイベント時に使用する可動式座席(計5,520席)での観戦者数を合わせ、2ヶ月間で5万5,000人が利用した。

Aquatics Centre

※クリックすると関連する画像が表示されます。

水泳競技会場となったAquatics Centreには、競技用、トレーニング用、ダイビング用の3つのプールがある。

競技用プールは、50m10レーンで水深は最大で3mになる。トレーニング用プールは、オリンピック開催時に選手のウォームアップ・プールとして使用されたもので、8レーンの50mプールが可動式の間仕切りにより25mプールとしても使用できる。ダイビング用プールには、1m、3m、5m、7.5m、10mの飛び込み台と25mプールがある。そのほか、施設内にはトレーニングジムがあり、ハイパフォーマンスセンターとしてスポーツ科学センターの機能をもっている。

英国水泳連盟(British Swimming)は、本施設をハイパフォーマンスセンターとして年間を通じて国際大会レベルの競技者が練習する拠点に指定している。同時に、アマチュア水泳協会(Amateur Swimming Association)とも協力し、タレント発掘プログラムを実施している。GLLは一般利用者を対象とした初心者クラスやスイミングセッションに加えて両団体の利用時間も含め、全施設のタイムスケジュールを管理する。

本施設は、2014年3月1日の一般利用開始に備え、大会時に1万7,500人を収容した観客席を2,500席まで縮小し、国際大会に必要なドーピングコントロール室、託児所などを整備した。再オープンに向けての施設整備には、2,600万ポンド(約46.8億円)がかかっている。なお、管理運営権は2013年12月4日にLLDCからGLLへ移譲された。

Cofely Ltd. (GDF-Suez)

Cofely Ltd.(以下、Cofely社)は、フランスを基盤にヨーロッパで電力・天然ガス事業を手掛けるGDF-Suez社の施設整備部門の子会社である。同社は、Stratford Development LtdおよびODAと40年間のコンセッション協定を結び、Olympic Park District Energy Schemeに基づきQEOP内のエネルギー供給を管理する(2014年5月末に、O D AからLLDCに協定の相手が変更。ロンドン市長により承認)。Cofely社は、1億ポンド(約180億円)を超える設備投資をし、GDF-Suez社とともに供給ラインのデザイン、建設を進め、大会の2年前の2010年10月には電力供給が開始された。

エネルギー供給のプロジェクトは、天然ガス火力発電とバイオマス燃焼ボイラーを使用したコジェネレーションによりCO2排出量を減少し、低炭素エネルギーコミュニティを構築することに主眼を置いている。供給システムは、QEOP全体のエネルギーセンターをKings Yardに、ショッピングセンターのWestfield等がある商業地区のエネルギーセンターをStratfordに置き、送電をコントロールしている。料金は、コンセッション協定に基づき、マーケットと同等もしくは下回ることとされ(消費者は5~10%の電気料金の抑制が可能)毎年の見直しが義務づけられている。なお、新たなエネルギー政策は、IOCもその重要性を指摘し、ロンドンの事例を環境レガシーの成功例として紹介している。

Cofely社は、ロンドン東部地区のエネルギー供給に加え、QEOP内施設の管理もLLDCから委託されている。ただし、Aquatics centre、Copper Boxなどの各施設は既に運営がGLLとLVRPに委ねられているため、役割分担を協議する必要がある。

Olympic Stadium(オリンピック・スタジアム)

※クリックすると関連する画像が表示されます。

Olympic Stadiumは、2015年3月の再オープンに向けLLDCとQEOPに隣接するニューアム区の合弁企業であるE20 Stadium LLCにより改築が進められている。改築の費用は、サッカー・イングランドプレミアリーグのウェストハムユナイテッドFC(以下、ウェストハム)が1,500万ポンド(約27億円)、ニューアム区が4,000万ポンド(約72億円)を拠出している。加えて、必要に応じて文化・メディア・スポーツ省が上限2,500万ポンド(約45億円)の追加資金を拠出する可能性もある。

2015年のラグビーワールドカップでの使用後、ウェストハムが主要テナントとなり本拠地として利用する。また、英国陸上競技連盟(UK Athletics)は、2016年から50年間にわたり、プレミアリーグのオフシーズンにあたる6月末から7月末まで、同スタジアムのトラックを使用する権利を獲得した。2017年には、IAAF World Championships in Athletic(世界陸上)の開催地となる。

ニューアム区は、本施設の利用に関しLLDCと100年間に渡るアグリーメントを結び、それによりLLDCの株式を35%取得するとともに、400メートルトラックを年間250日程度、ニューアム区民の陸上クラブに開放することや、年間10回の区民向けイベントの開催が可能となった。スタジアム本体の管理は、QEOP全体の管理の一環としてCofely社が担うこととなっている。

まとめ

ロンドン市民の継続的な施設利用やそれに伴うスポーツ実施率の動向、施設管理コストの課題など、変化と成果が見えるのはまだ先ではあるものの、ここまでの事例から、ロンドン大会以降の施設改装と利用状況、あるいは新エネルギー政策にいたるまで、官民が一体となって計画を着実に進めてきたことがうかがえる。これに関して特筆すべきは、永続的なレガシー形成の要諦をなす財政面を含む中・長期的な計画が、大会計画策定段階から議論され、実行に移されてきた点である。

2014年11月、東京都はまちづくりや外国人の受け入れ態勢などハード・ソフト両面の大会後の有効活用について検討する「レガシー委員会」を設置した。翌12月には、都が新規に整備する恒久施設等が都民、国民共通の財産となるよう、多分野の専門家から意見を求め、後利用の方向性について議論することを目的とし、同委員会の下に、「新規恒久施設などの後利用に関するアドバイザリー会議」を置き、民間事業者からのアイデアも公募した。東京都も、ロンドンをはじめとする過去のホストシティに倣い、官民での意見交換を急ピッチで進めている。

今後、重要になるのは、レガシーの名のもとに巨額の投資が安易に許容されるのではなく、誰のために、いかなる費用で効果をもたらすか、即ちレガシーのガバナンスに留意したグランドデザインの立案であろう。スポーツ振興の観点からは、各施設を大会会場とする競技団体が積極的に議論に参加し、地域住民の一般利用とハイパフォーマンスセンター機能を兼ね備えるような構想により、地域スポーツとトップスポーツの融合を促進することを期待したい。

※1ポンド=約180円で換算

著者プロフィール

吉田 智彦 氏
吉田 智彦 Tomohiko Yoshida
2001年立教大学社会学部観光学科卒。
2001年より、笹川スポーツ財団でスポーツエイド事業(助成金)を担当の後、「スポーツ白書」「諸外国のスポーツ振興政策についての調査研究」「TAFISA Active World」などの編集に携わる。2011年10月より現職。

この記事のフォトギャラリーへ

ページの先頭に戻る