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スポーツアコード 現地レポートノンフィクションライター 松瀬 学 氏

オリンピック生き残り。レスリングは第一関門突破

いわばスポーツ外交のカオス(混沌)、いや主戦場である。「スポーツアコード」という一連の国際会議が5月26日から31日まで、ロシアのサンクトペテルブルクで開かれた。国際オリンピック委員会(IOC)や国際競技団体、スポーツ関係者ら約2,000人が参加した超ビッグなイベントだった。

日本ではあまり知られていない。それもそのはず、毎年開催ながら、始まったのが10年前である。経費節約のため、いろんな国際会議をまとめてやろうという魂胆で、国際大会招致都市や競技団体、スポーツ関連企業、メディアが展示ブースを設ける。相互交流のエリアもあって、あちこちでシャンパン片手にナイショ話が交わされたのだった。

今回、日本人メディアがざっと150人も、この帝政ロシアの首都に押しかけた。旧レニングラード。バルト海に開かれた瀟洒な港町、ドストエフスキーの小説「罪と罰」の舞台。まず会議初日の夜、小さな国内線空港が日本人メディアで占拠された。もう大騒ぎ。

レスリングのオリンピック3連覇、吉田沙保里選手(ALSOC)が到着したからだった。今回のスポーツアコードの関心事が、「2020年夏季オリンピックの追加競技の絞り込み」と、「20年オリンピックの開催招致都市のプレゼンテーション」である。吉田選手はもちろん、レスリングの“生き残り”をアピールするための覚悟のサンクトペテルブルグ入りだった。

吉田選手は、IOC関係者が宿泊するホテルのロビーでも、スポーツアコードの展示ブース会場でも、3つの金メダルを胸に下げて、スポーツ関係者にレスリング支援を訴えた。不得手な英語も気力とゼスチャーで補った。夜、中華料理店で呉経国IOC理事(台湾)に会えば、すかさずタックルのノリで「接近」した。効果のほどはわからないけれど、吉田選手のロビー活動こそがレスリング界の「執念」の象徴だった。

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