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震災から3年 ~スポーツのチカラノンフィクションライター 松瀬 学 氏

変わる風景。“トモダチ”球場に励まされ ~石巻市

「あの日」から3年。
絶望から希望へ。風景が変わる。スポーツに励まされ、ほほ笑みが戻った。
石巻市の郊外にある石巻市総合運動公園である。その野球場のバックネット裏のスタンドの一番上に立てば、青空の下、遠くには市街地の建物をぼんやり見ることができた。改修中のバックスクリーンの先の小高い山の陰あたりが、津波にのまれた門脇・南浜地区。

「震災の夜、(球場の)本部席からみたら、ぼわーっと明るい火の手が上がって、ぜんぶ焼け野原になったんですよ」。
ビュービューと強い北風を受けながら、白髪の黒澤慶栄さんは辛い記憶をたどる。石巻市教育委員会体育振興課の総合運動公園管理事務所の副所長。
59歳は少し表情をやわらげた。「なんというのでしょう。あれから3年。重機とかトラックが動いているのを見ると、復興に向けて徐々に徐々にという感じがしますね」

球場のライトスタンドの外には薄いグリーン色の仮設住宅の団地がびっしりとならぶ。レフトスタンドの遠い先には黄色い3台のクレーン車。黒い大型トラックがのろのろ走っている。眼下のフィールドに目を落とすと、きれいな緑色の人工芝がひろがっている。ホームベースのうしろには、青色と赤色で「TOMODACHI」と彩られている。

「もう大感激でした」と、黒澤さんはぼそっと漏らした。この球場は震災直後、支援物資の搬入搬出のための自衛隊駐屯地となり、芝生が全滅した。だが米大リーグ(MLB)の『トモダチ』プロジェクトの一環として、2012年12月、上等な人工芝にはり直されてリニューアル・オープンした。

大リーグロゴが付いたフィールドは、日本ではここぐらいではないか。球場には、プロ野球の東北楽天から大リーガーになった岩隈久志投手(シアトル・マリナーズ)やスター選手、カーティス・グランダーソン選手(ニューヨーク・ヤンキース)が訪れ、野球指導を行っている。黒澤さんが述懐する。

「最初は、なんでMLBがここまでしてくれるのか不思議でした。日本人はもちろん、海外の人たちからも、三陸沿岸地域への支援をつよく思っていただけた。これはもう、人のつながりを感じました」

被災地支援の輪はスポーツを通しても広がった。当時、ロシア・プレミアリーグ・CSKAモスクワ所属の本田圭祐氏(現ACミラン)は「NOTICE of HONDA災害支援基金」を設立し、サッカー仲間に声をかけ、資金を調達して石巻市に人工芝のフットサルコートを寄贈してくれた。震災復興予算での施設整備も進み、緑色の天然芝に戻ったフットボール場では2013年6月に復興記念としてラグビーの早慶戦まで開かれた。

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