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ソチオリンピック ボランティア奮闘記
西川 千春 氏

第1回 ロシア入国

仕事場となるメインメディアセンター

仕事場となるメインメディアセンター

雪降るモスクワ空港を経由して、降り立ったソチ空港は気温12度の快晴。ステレオタイプなロシアのイメージを見事に裏切ってくれた。これじゃあせっかく調達したヒートテックも意味がないじゃないかと思いながらも、これから始まる3週間のボランティア活動への期待と不安で一杯だ。

今まで世界のいろんなところにいったが、なにしろロシアは全く初めて(ソ連時代のモスクワ空港乗り継ぎを除いては)なのだ。そんな思いを懐きながらゲートを出ると、一度スカイプで話をしたMMC(メインメディアセンター)の通訳チームマネジャー、上司となるジュリアが待っていた。彼女の笑顔を見て、「さあ、これから楽しい3週間が始まる」と思うとなんだかワクワクしてきた。

話は2012年夏まで遡る。ロンドンオリンピックでエクセル会場のボランティア通訳リーダーを務めた私は、祭りの後の虚脱感に苛まれていた。あれだけ興奮し、同じ街にいながら日常とは全く異なる異次元の2週間を経験したことで、不治の病「オリンピック症候群」に感染してしまったらしい。その結果が2月7日に開催されるソチ冬季オリンピックへのボランティアとしての参加だった。

宿舎の窓から見た黒海に浮かぶ夕日

宿舎の窓から見た黒海に浮かぶ夕日

実のところ、わざわざロシアまで出かけてボランティアで働くなんて狂ってるな、とも思う。それでも、やっぱりやるしかないとオンラインで申し込み、採用通知が来たのはなんと開会まで4ヶ月もない10月だった。ロンドン2012では1年前には決まっていたのに、随分ゆっくりなものだ。

ソチ五輪にはパラリンピックも含め、約2万5千人のボランティアが参加する予定だ。その内、海外から来るボランティアは約2,300人にものぼる。繰り返すが、開催日は2月7日だ。ところが12月になって届いたボランティア内容の詳細を見ると、開始日が1月7日になっているではないか。どうやら配属されるMMCは開会の一ヶ月前からオープンするので、初っ端から出てくれということらしい。

「一番有能な通訳をここに配置する必要がある。お前の経歴は何者にも代えられない。」と、凄いお世辞だ。
結局1ヵ月半もロンドンを離れることはできないので、開会前に帰国するしかない。開会式を自宅のテレビで観るのは残念だが、諦めるしかなさそうだ。煽てられるとすぐその気になってしまう私は、二つ返事でオファーを受けてしまった。

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