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ソチパラリンピック 現地レポート
星野 恭子 氏

2. 選手が見て感じた、ソチ大会

ロシアが国の威信をかけて初めて開催したパラリンピック、ソチ冬季大会は、障害のあるアスリートの立場にたち、新たな建築基準をもとにつくりあげたバリアフリー施設とアクセスの良さを強調していた。はたして、実際はどうだったのか、選手の声を拾ってみた。

■競技運営や施設

ロシア国旗色に染まる開会式の演出

ロシア国旗色に染まる開会式の演出

今大会、日本選手団20名はすべてスキー競技のみの出場だったが、競技に関してのマイナス点として第一にあがったのが競技コースの雪質だった。気温10度前後の晴天がつづいたのち、雨、雪、また晴天と天候の変化が目まぐるしく、それに伴って日々変わるコースコンディションに、選手はかなり翻弄されたようだ。

アルペン競技では、雪が緩んでコースが荒れやすく、半数以上が途中棄権するレースも少なくなかった。ノルディック競技では、滑走用の溝に融けた水が溜まることもあったそうで、スキー板の滑走力を高めるワックスの選択がいつも以上に勝負の行方を左右したと思われる。

屋外競技、特に冬季競技の多くは天候との戦いも競技の一部とはいえ、選手が長い年月をかけて磨いてきた力と技を存分に発揮できるよう、できるだけよい環境にできないものか。「せめて1カ月前のオリンピックと同時期開催だったら」などと一ファンとして安直に思ったりもしたが、ソチは元々スキーリゾートの街であり、大会期間中、周辺の一般スキー場も営業していた。天候や雪質はたまたまの巡り合わせだったのかもしれない。

ノルディックスキー競技より

ノルディックスキー競技より

実際、あるロシア選手は「悪天候だとは思わない。これがロシアの天気だから」と言い、カナダ選手は、「景観の美しい会場を選び、整備してくれたスタッフの努力に感謝する」と笑顔だった。ある日本選手も、「ワールドカップ転戦などで、いろいろな雪質で滑る経験はしている。今回も問題ない」と力強かった。

競技運営については、「不慣れな面がいくつか見られ、困った」という関係者の声を耳にした。最も顕著だったのは、大会8日目(3月14日)のバイアスロン女子12.5キロレースでのトラブルだろう。1周2.5キロの女子用コースを5周するはずが、コース誘導のミスからほとんどの選手が1周目だけ誤って3.0キロの男子用コースを滑ってしまった。2周目からは正しいコースに戻ったが、出来島桃子選手は「事前に配られたコース地図通りに」1周目から正しいコースを滑りつづけ、首位を独走。ところが、「公平を期すため」という審判の判断で急遽、出来島選手は最終周になって男子用コースを走るよう指示され、結局、7位に順位を落とした。

レース直後、日本チームは審判団、さらに国際パラリンピック委員会(IPC)にも抗議したが、IPCは「(最終周の)判断は競技運営上、自然な決定だった」として日本側の抗議を退けた。この回答で競技は成立、日本チームにとっては「前代未聞のトラブル」という後味の悪いレースとなってしまった。唯一の救いは、出来島選手が「関係者の皆さんが精一杯努力してくださった結果なので、私は受け入れるだけ」と話し、2日後のクロスカントリー・5キロレースで6位入賞と快走し、強さを示してくれたことだ。

アルペンスキー会場の観覧スタンドで日の丸

アルペンスキー会場の観覧スタンドで日の丸

会場のバリアフリー化については、昨年3月にソチで行われたプレ大会時に比べれば、「よくなった」という声が選手からは聞かれた。ただし、未舗装通路も一部残されており、また雪上の通路としてゴム製マットが敷き詰められていたが、斜面の起伏もそのままで、車椅子ユーザーには不評だった。

各競技会場と選手村や主要駅の間は無料のシャトルバスがピストン輸送をしており、内装違いの2種類のバスが用意されていた。1つは座席が並んでいるもの、もう1つは車椅子用のリフト付きで、座席は数席だけで、スペースが広くとってあり、車椅子固定用のバンドがついたタイプ。ユーザーのニーズに応じて、バス停担当のボランティアが手際よく配車していたのが印象的だった。

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