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スポーツの力で日本を元気に! スポーツによるまちづくり

みんなのこころと力をひとつに 宮城県東松島市 あの日を忘れず ともに未来へ

2013.1.24
東日本大震災では全世帯の96%が被災し、死者・行方不明者1094人が犠牲になった宮城県東松島市。被災後3か月から住民協働で復興計画に着手し、大小700回の議論を経て、11年12月に復興まちづくり計画を策定した。チャレンジデー2012では、住民協働まちづくりの原点という「530(ごみゼロ)ウォーキング」などに多くの住民が参加し、2年前の参加者数を上回った。

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災害対応とまちづくり

東日本大震災では全世帯の96%が被災

阿部秀保市長
渡邉:
東日本大震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さんにあらためてお見舞い申し上げます。
阿部:
全国の皆さんのご支援にお礼申し上げます。
被災からこの12月(※取材日2012年12月)で1年9か月になりますが、被災者の住宅再建など、本格的なハード面の復興はまだこれからです。東松島市の死者ですが1,094人の方が犠牲になりました。そのうち災害関連死は61人です。そして、行方不明者がまだ29人おります。
時間の経過とともに、心の整理をつけられたご家族もおられますが、子どもさんを亡くされたご家族はやはりまだ時間が必要なのではないでしょうか。
私はいつも亡くなられた方のご冥福をお祈りしながら、ご遺族の思いをしっかりと受け止め、亡くなられた方々に報いるためには、復興をしっかりやり遂げることだと思っています。
渡邉:
家屋の被害も全壊、半壊を含め、全世帯の73%、一部損壊も含めると96%という想像を絶するような被害ですね。そうした中、11年5月頃から各地区での意見交換会などを重ね、11年12月に「あの日を忘れず ともに未来へ~東松島一心」と題する「復興まちづくり計画」を策定されましたが、計画づくりにはかなりのご苦労があったのではないでしょうか。
東松原市復興まちづくり計画
阿部:
震災対応は、まず初動は人命救助、次は行方不明者の捜索ですが、これはご遺体の収容で本当に辛いものでした。それに並行して私たちは約2万人以上の避難者の水や食料、暖房などを確保し、その後は避難所の運営、がれき撤去の対応にあたりました。時間が経過し、避難所となった学校をお返しするため、社会教育施設に移し、仮設住宅を建設しました。仮設住宅は1,753戸建設し、その他、県の借上げアパートが1,300戸弱あります。
震災からまだ3カ月と日が浅く、避難生活を余儀なくされているなかで、どのように会議を運営するかが大きな課題でした。会議を開いても、先の見通しが見えない不安と現状の不満が噴出し、すぐに本題には入れません。そこで、そうした不安不満をその時点できちんと整理し、極力、会議までに解決する方向で臨みました。
渡邉:
そうですね。そうした対応をしなければ、なかなか市民と行政がお互いに胸襟を開いた意見交換にはならないですね。
宮城県東松島市の被害状況
●浸水地域/市街地の65%(全国の被災市町村中最大)
●人的被害/死者1,094人(H24.11.19現在)・行方不明者29人/計1,123人(全住民の約3%)
●家屋被害/流出、全壊、半壊含め計1万4,547棟
●避難者/(最大)2万3,500人
●避難所/(最大)91箇所
●学校/東松島市の14校の小中学校のうち8校が津波による浸水を受け、特に鳴瀬地区の3校(浜市小学校、鳴瀬第二中学校、野蒜小学校)の校舎は使用不能、解体を余儀なくされている。
阿部:
以前、私は貴重な経験をしました。松島は日本三景のひとつで国の特別名勝に指定されており、宮戸島では建物の新築改修が文化財保護法で規制されています。規制区域の管理計画の改訂について地域住民と会議を開いたのですが、なかなか本題に入れませんでした。長年、住民は厳しい建築規制で不自由を強いられ、強い不満を持っていたからです。私は行政が机上で計画したことと現場との間にはこれだけ温度差があるのかと思いました。そこで学んだことは、住民の不平不満をきちんと解決しておかなければ、話は進まないということです。
今回の復興計画づくりでは、地区説明会を開く前に、7地区で合わせて大小300回くらいのワークショップや小会議を開き、住民の合意形成が図られ、私が説明会でお話して理解をいただき、次に進むことができました。
渡邉:
ワークショップを300回も開いたとは、大変なご苦労でしたね。震災直後に各テレビ局が現地に入り、阿部市長へのインタビューの際、土地利用規制や手続きが復興の障害になっていると答えられていたことを記憶しています。
阿部:
千年に一度の大震災を初めて経験し、復興に向けて東松島市がトップランナーで進んでいくと、次々と新たな課題が出てくるんです。これは東松島市だけの課題ではなく、他の自治体も同じ課題にぶつかり、お互いに共有できます。被災した農地の買い上げや移転用地の転用の際の法的規制や手続きの問題など、被災者の生活再建を進めれば進めるほど新しい課題が出てきます。
復興まちづくり計画ワークショップ
復興計画有識者委員会
渡邉:
ひとつ具体的な問題やその解決策を教えていただけますか。
阿部:
たとえば、東松島市のがれき処理の方法を見ていただき、検証・改善して自分たちが万が一、災害に襲われたときはもっと効率のいいがれき処理ができるよう検討していただきたい。
私たちは平成15年の宮城県北部地震を体験し、がれき処理の困難さを痛感しました。その時の教訓から、人命救助のために撤去した緊急用のがれき置き場が必要だったので、今回の震災では直ちに仮置き場を準備しました。緊急用と一般市民用のがれき置き場2か所を用意しました。その上で、後のがれき処理の困難さを想定して、最初から分別を行ったのです。今回、東松島市で発生したがれきの量は157年分に相当します。その97%をリサイクルし、残りの濡れた布団など2~3%を焼却するだけです。これは県の焼却施設で処理しますので、私たちは県外にがれきを出して、焼却をお願いすることはありません。
最初からそういう知識と備えがあり、きちんと分別しておけばできるんです。
私たちは2回目だったからできたのですが、今後の備えは、被災した所から学んでいただいて、防災減災に努めていただければ幸いです。

災害対応はトップダウン、まちづくりはボトムアップ

当日の被災状況
避難時の様子
渡邉:
東松島市が復興まちづくり計画を進めていく中で、ほかの自治体や首長さんとも連携されたのでしょうか。
阿部:
宮城県の死者行方不明者数は約1万1千人です。東松島市、石巻市、女川町だけでちょうど県全体の半分の5,500人です。さらに気仙沼市、南三陸町も含めて3市2町で7割に相当します。この沿岸3市2町で協議会を発足し、国に対してこの地域に重点的に力を注がないと復興は進まないと訴えています。
渡邉:
市長がリーダーシップを発揮されたのですね。
阿部:
私自身も学んだことですが、みなさんに参考にしていただきたいことは、まちづくりは住民と常に膝を合わせ、心を割って、ボトムアップ方式で進めていくことだと思います。一方、災害対応はトップダウンで当たることです。初動の人命救助は時間との闘い。被災者が待っているのですから、とにかく先送りをせず、その日のうちに完結させることが大事です。災害対応はトップダウン、まちづくりはボトムアップ。その切り替えが大事です。復旧復興はスピードが要求されますので、市役所全体でがんばることは当然ですが、予算面は議会の承認が必要ですので議会の理解を得ることと、市民が復興の地権者でもありますので、市民の協力がなければ、スピードある復興が進まないわけです。復興のキーワードはスピードです。
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3/19開催 東松島市阿部市長講演「SSFセミナー2013 SPRING ~スポーツとまちづくり~」

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