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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

東京オリンピックまであと1年。レガシープランを見直す好機に。

~戦略性を持ったレガシーの実現を目指して~
SPORT TOPICS

▲着々と完成に向け工事が進んでいる「新国立競技場」

2013年9月にブエノスアイレスで決定した東京オリンピックが、1年後の20年7月24日午後8時、開幕式を迎える。この7年間の準備の集大成が2週間の大会に注がれるまで、あと365日となった。大会準備の初期段階における新国立競技場デザイン案の白紙撤回をはじめ、復興五輪に絡めたボート・カヌー会場の変更騒動など紆余曲折はあったものの、総体的には順調に準備が進められていると聞く。20年2月までには新設9競技会場もスケジュールどおり完成する見通しだ。

大会に向け、機運も日ごとに盛り上がってきた。ここまでの準備過程で特筆すべきは、例えばマスコットやエンブレム、メダル、トーチのデザイン、ボランティアの名称など、子どもから大人まで数多くの人々が参画してきたということであろう。これは大会組織委員会の基本方針でもあるとともに、過去のオリンピックと比較しても誇れるものと考える。

本年4月に大会組織委員会から発表された詳細な競技スケジュールをもとに、観戦チケットの抽選販売が行われた。申し込みID登録は750万件を超え、6月の1次抽選では322万枚のチケットが販売された。チケット当選の歓喜も、落選の涙も、大会への関心の高まりを物語るものとなった。本日(7月24日)には、国内各所で1年前イベントが開催され、大会に向けた機運がますます高まっている。東京駅(丸の内)に設置されたオリンピックカウントダウン時計も、高揚感に華を添えた。

6月末からはテストイベント「READY STEADY TOKYO」もはじまり、競技ごとのオペレーション能力の確認が進められている。一部調整中の競技を除き、20年5月まで56の競技種目のテストイベントが予定されており、ここでのトライ&エラーを通じて大会の成功に繋げるという位置づけとなる。

2020年東京オリンピックに向けた課題

一方で大きな課題も残っている。

「世界一コンパクトな大会」の理念を掲げ、招致時には7,340億円と見積もられていながら、経費は想定を大幅に上回り、一部では3兆円に達するとも言われている。昨年10月には、当初1,500億円としていた国費の負担分が、それまで5年間に支出した関連施策費が8,011億円まで大きく膨らんだと会計検査院は指摘した。厳密な関連性の整理は困難であることは推察できるものの、国費の負担増の大きさを勘案すれば、経費節減の努力とともに国民への理解が得られる経費の透明性を高める必要もあるだろう。経費節減は、昨今のオリンピック開催立候補都市の減少に危機感を覚える国際オリンピック委員会(IOC)からの要請もある。コンパクトな大会の理念に立ち返り、将来のオリンピック開催都市への手本となる妥当な経費支出が望まれよう。

もうひとつ、東京オリンピックにおける重要な課題は、大会開催後のオリンピック・レガシーの創出である。

近年のオリンピック開催では、このオリンピック・レガシーをいかに遺すかがひとつの評価指標となっていると言っても過言ではない。国内でもメディアが扱うようになり、多少は馴染みのある言葉になっているかもしれないが、それがどういうものなのかの本質的な理解は進んでいないのが実情である。オリンピック研究においては、レガシーのカテゴリーや多次元性の議論が展開されているほか、レガシーと混同されがちな、サステナビリティ、レバレッジング、インパクトとの用語区別が整理されている。しかし、実際には研究者や実務者の間では、レガシーの明確な定義のコンセンサスはない。そこで、ここではIOCの文献から、あらためてオリンピック・レガシーの分類を背景とともに紹介したい。

オリンピック・レガシー

IOCがオリンピズムの根本原則などを定めたオリンピック憲章では、オリンピック・レガシーに関するIOCの使命と役割として「オリンピック競技大会のよい遺産を、開催国と開催都市に残すことを推進すること」と明記している。オリンピック・パラリンピックの開催がホストシティ・ホスト国に与える良い影響をレガシーと捉えるトレンドは、国連などの国際機関が80~90年代にかけて環境破壊に配慮した「サステナビリティ」のコンセプトを重視する潮流に乗り発展してきた。IOCも、1992年アルベールビル冬季大会が環境破壊に繋がったとの批判を受け、オリンピック開催を機に開催都市が環境問題に配慮し、かつ持続可能な発展を目指すようになった。

また、1998年ソルトレークシティ冬季大会招致を巡るIOC委員の買収事件も契機のひとつとなり、2002年11月メキシコシティでのIOC総会における決定を受け、翌2003年7月4日に発行された憲章に上記の規定が盛り込まれた。以降、開催立候補都市は、オリンピック・レガシーを考慮した招致計画が求められるようになった。

IOC「オリンピック・レガシー」(2013)によると、オリンピック開催により生じるレガシーは、「スポーツ・レガシー」(=スポーツ施設の整備、スポーツ参加の向上)、「社会レガシー」(=文化・教育・民族・歴史認識の向上、官民の協働)、「環境レガシー」(=環境都市への再生、新エネルギーの導入)、「都市レガシー」(=都市開発、インフラ整備)、「経済レガシー」(=雇用創出、経済の活性、観光客の増加)の5つに分類され、それぞれに有形・無形のものが存在するとしている。これらはいずれも現代社会における課題と密接に関係するため、開催都市は大会開催を梃子とした社会課題の解決手段や、成熟社会への転換のあり方の提示という大きな命題を受けているとも捉えられる。

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▲開催都市として、大会終了後のオリンピック・レガシーを創出しなくてはならない

レガシープランの策定

各開催都市においては、レガシーの推進のためのレガシープランの策定が肝要となる。レガシープランとは、開催都市がオリンピック開催をきっかけに、スポーツだけでなく、たとえば文化や教育、あるいは経済・テクノロジーなど様々な分野と連携し、国内外にポジティブな影響を与えるための取り組みを記したもので、近年では2012年ロンドン大会のレガシープランが参考例とされることが多い。もちろん、それ以前の大会に関連したレガシープランも存在する。

2000年以降でいえば、2000年シドニー大会のレガシープランに基づき現在もシドニー・オリンピック・パーク周辺の都市開発が進められているが、シドニーのケースは、大会後1年間はレガシープランの策定が進まず、税金を投入して建設された競技施設及び周辺のあり方に国民から大きな非難を浴びた。ロンドンはシドニーの失敗も参考に、大会前からレガシープランを策定した。このレガシープランでは、持続可能なレガシーの創出のため、5つの主要なコミットメントが記されている。

詳述は他に譲るが、イギリスを世界有数のスポーツ国家に押し上げる、ロンドン東部地区を再開発するといった内容が盛り込まれ、コミットメントに対する具体的な数値目標や施策を戦略的に進める方針が示されている。これらの2つの事例からレガシープランの役割の一面には、納税者に対する説明責任あるいは約束であることも理解できる。

また、ロンドンの事例で注目すべきは、その計画の推進に責任をもつ組織が予め定められていた点である。計画そのものの責任所在は政府としながら、レガシープランの実行、運営、継承の役割は、2009年よりロンドン市が出資するオリンピック・パークレガシー公社が担ってきた。2012年4月には、同社から引き継ぎ、オリンピック・パーク内の改修業務および近隣自治体との連携・折衝を含むエリアマネジメントや、恒久施設の維持管理を委託する業務を担当するロンドン・レガシー開発公社が設立され、現在もレガシーの推進母体となっている。

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▲オリンピック後、市民が気軽に利用できる「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」

東京のレガシープランへの違和感

東京もロンドン大会を主軸に過去の大会開催都市に多くを学び、レガシープランを策定してきた。これまでの大会と異なるのは、開催都市と大会組織委員会それぞれにレガシープランが存在することである。開催都市としてのレガシープランは、2015年に策定したものを2017年に改訂し、「2020年に向けた実行プラン」(東京都、2016)にも対応のうえ、8つのテーマでレガシーの実現に向けた取り組みを示している。このうち、最初のテーマが「競技施設や選手村のレガシーを都民の貴重な財産として未来に引き継ぎます」となっており、大会を契機に東京のスポーツ拠点を拡充するとある。東京大会の開催を通じたスポーツ環境の整備はもろ手をあげて歓迎したい。

ただ、議論をこの一点に矮小化させるつもりはないが、率直に言うと拠点整備の理想と想定する収支のギャップに大きな違和感を覚える。先述のとおり、大会に向けた競技施設の建設は順調に進められている。他方、都の発表によれば、都が計1,375億円を投じて整備する6つの新施設のうち、大会後に採算が合うと試算できているのはわずか1施設(有明アリーナ)のみだという。他の5施設においては合計で年間11億円の赤字が発生する。

たとえば、7月にラフティング体験モニターツアーを実施し、予約が殺到したというカヌースラロームセンター(江戸川区)。大会後は年間10万人の利用を目指すが、エリートアスリートの利用だけでは目標に届かず、年間1.9億円の赤字を見込む。手元に、ロンドン大会のカヌー競技会場となったホワイト・ウォーター・センターの詳細な報告書がある。同センターはロンドン東部のオリンピック・パークからさらに15kmほど北上した決して交通アクセスが良いとは言えない場所に位置する。その収支報告書によれば、大会から6年後の2018年度で、約5.2億円の収入があり、最終的に約2千万円の利益がでているという。都の担当者もロンドン大会を参考にしたはずだが、自治体のスポーツ施設は住民サービスが目的で収益ではない、という旧態依然とした姿勢から脱却しない限り、レガシープランは理想を並べるだけで、持続可能な施設運営も見込めなければ、納税者への説明責任も果たせない。

未来に誇れる持続可能なレガシーを

大会組織委員会のアクション&レガシープランは、2016年7月の策定以降、毎年更新されている。これは招致段階から大会組織委員会による策定を前提としたもので、2020年までの国内イベントや取り組みを整理し、その成果として開催都市・開催国に何を残し、創出していくかというアプローチであり、都のレガシープランとは異なる性質のものと考えられる。とはいえ、レガシープランが中長期に渡り、主に開催都市にもたらす好影響を戦略的に計るものであるとするならば、将来的に解散する組織委員会に継続的な検証と評価の手段はなく、本計画に対する責任所在の曖昧さが浮き彫りになってしまうことを危惧する。

大会まで残り1年。この1年前のタイミングに、もういちど東京オリンピックが次代に遺す持続可能なレガシーの実現に向けた着実な計画を見直す好機と捉えてはどうだろうか。東京都と大会組織委員会のレガシープランのビジョンや基本理念は多くの賛同が得られるものだろう。思い描く社会に向けてどのような戦略で到達するのか、責任の所在や公金投入の妥当性なども含め様々な角度から丁寧な議論と検証を繰り返すべきと考える。過去の大会から受け継いだバトンに、東京ならではの知見を加え、パリやロサンゼルス、将来の開催都市に胸を張って継承できるレガシーの創出に期待したい。