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知っているようで知らない、スポーツ時の熱中症対策

元 国立スポーツ科学センター・センター長 川原 貴

2019.8.07

 

熱中症

Ⅰ.熱中症発生のメカニズム

  熱中症は暑さが原因で起こるさまざまな障害で、体温調節に関連して発生します。熱中症にはいくつかのパターンがあります。
  乳幼児が暑い環境に放置された場合や、暑い日のスポーツ活動中。また工事現場など屋外の労働。それに、高齢者では屋内での日常生活においても多く発生しています。

  なかでも今回のメインテーマであるスポーツによる熱中症は、若い人に多く発生している、それほど高くない気温でも湿度が高いと死亡事故が発生する、運動強度が高いと短時間でも死亡事故が発生する、肥満者に多い、という特徴があります。

  熱中症を理解するために、まずは体温調節のメカニズムについて説明しましょう。体温調節には暑ければ日陰に入る、寒ければ服を着るといった行動による調節と生理機能による調節があります。人間の体の中では常に熱が発生していて、一方で体の表面から熱を逃がして体温を調節しています。体の表面から熱を逃がす方法は2種類。汗をかいて蒸発させる方法と、皮膚の血管を拡張して血液を集めて熱を外に逃がす方法です。これが生理機能による体温の調節です。

  熱中症は暑さに晒されることで、脱水になったり、塩分が不足したり、循環が悪くなったり、体温が上昇したりすることによって起こります。体温が異常に上昇する(深部体温40℃以上)と脳機能が障害されます。高体温が続くと脳だけでなく、肝臓、腎臓、肺、心臓といった全身の臓器に障害が起きます。こうなると命の危険が迫るのです。

  気温が高い場合、湿度が高い場合には、体から熱が逃げにくくなります。また、直射日光を浴びると外から熱が体に加わり、熱中症が起きやすくなります。一方、運動をすると大量の熱が発生します。20~30分のランニングで体温を4度上昇させるのに相当する熱が発生します。したがって、暑い中でスポーツをすることは熱中症の危険が高いといえます。

熱中症

【図1】 運動時の環境ストレスと熱放散経路  

●熱産生量=熱放散量±蓄熱量

●熱放散量=蒸発性熱放散量±非蒸発性熱放散量

●熱の収支に関係する環境因子は、気温、湿度、輻射熱、気流である。

  WBGTは、乾球温度(気温)、湿球温度(湿度)、黒球温度(輻射熱)から計算するが、
  湿球温度と黒球温度には気流の影響も含まれるため、WBGTは4要因すべてを反映する。

日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」より

Ⅱ.スポーツを「する」人の熱中症対策――基本編

  国内のスポーツ現場における熱中症の具体例を見ていきましょう。熱中症による事故は、その危険性が広く知られるようになり、死亡件数はかなり減りました。それでもゼロではなく、最近目につくのは肥満体型の人の死亡事故です。中高生の熱中症による死亡事故の3分の2が、肥満体型の人に起きています

  運動内容ではランニングに注目です。中学・高校の部活動では種目に関わらず、ダッシュの繰り返しや持久走などランニングによるものが熱中症死亡事故の半数以上を占めています。肥満者が30分ランニングをしていて死亡したケースが報告されています。肥満体型の選手のランニングには注意が必要です。

  では、最悪の事態を避けるためにどのような予防をすればいいのでしょうか。熱中症の要因は単純ではなく、環境、運動内容、個人と3つの要因があります。それぞれを考慮して対応しなければなりません。

熱中症

  環境に関しては、なるべく暑い環境を避ける。真夏は日中の運動は行わない。やるとすれば、早朝か気温が下がってくる午後4時以降の運動が好ましいでしょう。35度を超えるような猛暑日は、午後5時、6時くらいまで待ったほうがいいでしょう。できれば夕方以降、照明設備があればそれを利用して運動するのが理想的です。

  日中を避けても夏は熱中症のリスクがあります。環境温度に応じて運動強度を下げる、休み時間を頻繁に取る、ということが重要です。練習の強度を落としたくないのであれば休憩をしっかり取る。休憩を取れば体温が低下し、熱中症のリスクも下がります。

  3つ目の個人差は大きな問題です。集団でスポーツをしていても亡くなるのはたいてい一人です。暑さに弱い人が犠牲になっています。体力のない人、体調が悪い人、肥満の人は熱中症になりやすい。暑さに慣れているかどうかも問題になります。試験明けの練習初日、合宿の初日に事故が起きやすいのは、暑さに体が慣れていないからです。食事を抜くのもよくありません。人間は水分の多くを食事から摂っているので、食事抜きは脱水症状を引き起こす要因となります。あとは睡眠です。体温調節は自律神経が大きく関係していますから、しっかり寝ていないと熱中症のリスクを高めます。

熱中症予防運動指針

日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」より

  日本スポーツ協会では湿球・黒球温度(WBGT)を基準にして熱中症予防の運動指針を示しています。WBGT31度以上は「運動は原則禁止」、WBGT28度以上は厳重注意(激しい運動は中止)─などです。WBGTとは湿度、日射・輻射、気温を組み合わせた暑さの指標で、環境条件を評価する場合、気温よりもWBGTの使用が望ましいです。さきほど申し上げたように、個人差が大きな問題になりますから、このような指針を目安としつつ、暑さに弱い人は別メニューにするなどさらに個人差に配慮する必要があります。

  試合の場合には、現場だけで中止するかどうかを判断するのは難しいので、予めどうするか決めておくのがよいでしょう。日本サッカー協会はかなり細かく指針を定めています。環境条件に応じて、試合開始不可にしたり、クーリングブレイクという休憩時間を試合中に設けたり、医師を必ず立ち会わせるなどの対策です。

  暑さとスポーツというと、よく高校野球の甲子園が話題に上ります。これは野球という競技の特性を考える必要があるでしょう。野球は試合中の運動量が少ないですし、攻撃時は選手たちはベンチの中にいます。もし、あの環境下でサッカーやラグビーをするなら間違いなく危険ですが、野球は少し事情が異なると思います。また、甲子園では、ベンチに氷を置いたり、裏にはエアコンのある部屋を用意したり、応援スタンドでミストを撒いたりと、さまざまな対策もなされていることも付け加えておきましょう。

Ⅲ.スポーツを「する」人の熱中症対策――プロスポーツ選手編

  熱中症対策では、基本的に悪い環境、暑すぎる環境ではスポーツをしない、というのが究極の対策であることは説明してきました。ただしオリンピックのようなトップ選手は、暑くても試合をしないというわけにはいきません。ここからはトップ選手の暑さ対策について説明したいと思います。

  たとえばマラソンのようなレースでは熱中症のリスクが高いです。それに備え、救護所にバスタブなどを設置する必要があるでしょう。直腸温を測って、体温が異常に高ければ冷たい水が入ったバスタブに入れる。これは体温を下げるのに効果的です。

  プレクーリングという方法も最近では主流になってきました。レースの前に体を冷やし、レース中の体温上昇を防ぐのです。たとえばマラソンや競歩のような、低強度で長時間やるような競技ではプレクーリングが行われるようになっています。暑い真夏のレースでは体温が上がりっぱなしになります。最初に冷やしておくことで、体温上昇がおさえられ、パフォーマンスの向上が期待できるのです。

 
身体冷却方法

身体冷却方法

        日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」より

  冷やし方はさまざまあります。オーストラリアで開発されたのがアイスベスト。冷たいベストを着て体を冷やします。アイススラリーは食べて体の中から体を冷やす方法です。あとは手足を冷やす方法も効果的といわれています。

  ただしプレクーリングは、サッカーやラグビーのようなスタートから全力を出さなければいけない競技には向きません。テニスのような競技で腕を冷やすと、技術的に悪影響が出てしまうことも考えられます。プレクーリングは競技の特性を十分に考慮した上で、導入することが望ましいでしょう。

  試合の前だけでなく、試合中、試合後のクーリングも重要になるでしょう。たとえばサッカーなら、ハーフタイムでいかに体温を下げるかが重要になります。ラグビーの7人制のように、1日に数試合、連日試合があるような競技では、試合後にアイスバスに入ることで、リカバリーを早める効果もあります。

  東京オリンピック・パラリンピックでは、暑さが競技者に与える影響が心配されています。暑さは慣れることである程度克服できます。では炎天下の中でたくさん練習をすればいいのか、といえばそうではありません。暑いところでは質の高いトレーニングができないからです。

  かといってまったく暑い環境で練習をしていないというのも、本番が暑いのですから不安は残るところです。このあたりのバランスをいかに取るのか。各競技団体、競技者はコンディショニングに大いに頭を悩ませています。それぞれの競技の特性、個人の特徴などを考慮し、細かくシミュレーションする必要があるでしょう。

Ⅳ.スポーツを「みる」「ささえる」人の熱中症対策

  競技者だけでなく、運営スタッフや観客も暑さ対策は必要です。まず高齢者や病気を持っている人は気を付けなければなりません。35度を超えるような猛暑日であれば、そうした方は日中の屋外の観戦は避けるべきでしょう。

  予防策のひとつが暑くなる前に運動をしておくこと、暑さに慣れておくことです。運動することで体が熱を発するわけですから、暑さの耐性をつけるトレーニングになります。また、運動すると血液中の水分、血しょうが増えます。血液量を増やして循環を保つ。このようにして暑さに体を慣れさせる。食事、睡眠をしっかりとり、体調を整えることも忘れないでください。

  あとは日差しを避けること。スタンドで日傘は難しいかもしれませんが、日傘や帽子は効果があるでしょう。帽子はできるだけ風通しのいいものが好ましいと思います。あとは暑いところに長くいない。日陰に入るとか、街中であればコンビニに入るのもいいでしょう。

  暑いと汗をたくさんかきますので、スポーツドリンクなどでこまめに塩分と水分を補給することも非常に重要です。また、体を濡らして風を当てたり、氷などで体を冷やすのもよいです。アイススラリーといって氷を細かく砕いて、水と混ぜたものを食べるのも効果的です。

  主催者側としては、試合の時間設定をどうするかが非常に重要です。また、会場の工夫も大切になります。セキュリティーチェックなど炎天下で長時間並ぶような事態は避けなければなりません。休める場所、日陰を設けるような施設設計が重要になってきます。

  暑い夏は熱中症のリスクが大いにひそんでいます。環境、運動強度、体調の3つをよく考慮したうえで、スポーツを楽しんでいただけたらと願っています。

 
前 国立スポーツ科学センター・センター長ドクター川原貴先生

川原 貴氏

元 国立スポーツ科学センター・センター長
一般社団法人大学スポーツ協会・副会長
日本臨床スポーツ医学会・理事長
1951年生まれ。1976年東京大学医学部卒業。専門分野は内科、スポーツ医学。熱中症や貧血、オーバートレーニング症候群などの内科的スポーツ障害の予防、低酸素トレーニングなどを研究。2001年国立スポーツ科学センター・スポーツ医学研究部長、2014年からセンター長に就任。日本代表選手団本部ドクターとしてオリンピック6回、アジア大会3回、ユニバーシアード4回、計13回参加。

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