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体育の日に想う

2019年10月09日

佐野 慎輔

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■今年は最後の「体育の日」だ

  2019年の「体育の日」は10月14日である。では、来年の「体育の日」は何月何日でしょう?
  そう聞かれて、10月の第2月曜日は何日かと調べる人がいるかもしれない。しかし、来年のカレンダーに「体育の日」はない。
  確か、2020年東京オリンピックの開会式が行われる7月24日になるはずだ。そう答える人もいらっしゃるだろう。しかし、7月24日は「体育の日」ではない。「体育の日」は今年が最後、来年1月1日から「スポーツの日」という休日に名称変更される。

  政府は2018年6月、20年から「体育の日」を「スポーツの日」とするよう祝日法を改正、公布した。同時にこの年が東京オリンピック・パラリンピック開催にあたることから、この年に限り「スポーツの日」を7月24日とする特例を東京五輪パラリンピック特措法に設けた。21年からは10月の第2月曜日となる。

■スポーツと体育

  「スポーツに親しみ、健康な心身を培う」とあった祝日法の文言は、「スポーツを楽しみ、他者を尊重する精神を培うとともに、健康で活力ある社会の実現を願う」と変わる。冒頭の「スポーツに親しみ」を「スポーツを楽しみ」に変えたのは、スポーツを「楽し」いものと明言することによって、「体育」との違いを強調するねらいとみてよい。また「他者を尊重する精神」「活力ある社会」の文言が入れられたのは、スポーツの価値、スポーツの役割を明確にしたとも言えよう。

  スポーツが楽しいものであり、スポーツの持つ本質が他者への尊重、社会の活性化にあることに異を唱えるものではない。「体育」では学校教育に限定される印象がついてまわり、スポーツの方が幼児から高齢者までより幅広い層を包含してもいる。ただ、先人たちが苦労して定着させた「体育」をこのまま捨て去ってよいものだろうか。

  やはり、身体を育むスポーツ・運動を通して、ルールを知り、守ることの価値、いいかえれば「スポーツマンシップ」という概念まで学ぶ教育的価値を忘れてはならない。嘉納治五郎は1911年、翌年に控えた第5回オリンピック・ストックホルム大会における日本初参加に向けた組織の設立に際し「体育」という文言を選び、「大日本体育協会」を名乗った。「スポーツ」と「体育」とは対立概念ではなく、スポーツによる教育が「体育」だとの思いをそこに込めた。この趣意を忘れてはならないように思う。

  「体育」は学校教育のなかで「スポーツ」をつまらないものにしたとの批判がある。私もそこに与することもある。ただ、それは教え方や取り上げる教材の内容に問題があったと考える。日本初のカタカナ名休日「スポーツの日」定着のためにも、むしろ、「体育」という言葉の持つ重さをかみしめたい。

■むしろ、10月10日の意義を教えよ

  「スポーツの日」は2021年から再び、10月第2月曜日になる。「できれば10月10日に戻してほしい」―東京オリンピックの頃に多感な少年だった世代には、この月日の持つ意味は大きく、私はずっと10月第2月曜日に違和感を抱いてきた。

  国民の休日として「体育の日」が制定されたのは1966年。あの1964年東京オリンピックから2年後のことだった。
  東京大会開会式の10月10日が「スポーツに親しむ」日として「休日」となったことにオリンピック世代は心躍った。
  1964年10月10日、前日の大雨が嘘のように晴れ上がり、雲一つない青空に航空自衛隊の飛行隊ブルーインパルスが描いたオリンピックマークがぽっかり浮かんだ。

  「世界中の秋晴れを全部、東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和でございます…」
  開会式を中継したNHKテレビの北出清五郎アナウンサーの名調子は、いまも耳に残っている。北陸の小都市の小学4年生だった私は、ただただテレビ画面を食い入るように見つめていた。第2次世界大戦から復興、東海道新幹線が開通し、モノレールや首都高速道路ができ、ウエスタンスタイルのホテルがたくさん誕生した。日本再生の日である。

  その日を記念した休日ができる。全国にいるこの時代の子供たちは大はしゃぎしたと思う。 だからこそ、2000年にハッピーマンデー法および移動祝日の導入により、10月10日が10月の第2月曜日になったことは釈然としない。

  もちろん、気候の良い10月の3連休は、人々の旅情をかき立てる。「する」「みる」スポーツだって活性化しよう。人々が動くことによって経済効果も大きくなり、日本全体が潤う。意味のある制度改正といってもいい。 しかし、10月10日の意義は薄れていっている。たまたま東京で2度目のオリンピック・パラリンピックが開催されるから脚光を浴びたが、もしそうでなければ、どれほど人々の口の端にあがったことだろうか。

  2020年大会が終わってしまえば、10月10日はまた、歴史のなかに埋没しかねない。だからこそ、この日を記念するべき日を残してほしいのだ。2020年大会だって、あの10月10日があったからこそ光彩を放っている。「10月10日」の意義を後世に伝える努力は続けなければならない。

 

佐野 慎輔

産経新聞客員論説委員
笹川スポーツ財団 理事/上席特別研究員

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