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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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BC Wheelchair Basketball Society のフィジカルリテラシープログラム

~Let’s Play プログラム 前編

2018.04.05

BC Wheelchair Basketball Society のフィジカルリテラシープログラム
~Let’s Play プログラム 前編

前回紹介したBC Wheelchair Basketball Society(BCWBS)が手掛けているもう一つのプログラムがLet's Play である。身体に障害を持つ小さな子供たちが、スポーツ用車椅子の利用を通してフィジカルリテラシーを身に着けていくことをサポートするプログラムである。2009年にリックハンセン財団の大きな助成金を得て始まったプログラムだ。

生まれつき、あるいは幼いころから障害を持つ子供たちはフィジカルリテラシーが身についていない場合が多い。それは小さいころに運動をする、あるいは体を動かして遊ぶ機会が健常者の子供たちと比べても非常に少ないからである。例えば車いすバスケットボールを10歳くらいから始めたとしても、フィジカルリテラシーが身についていないことで、ボールをキャッチするときに目をつぶってしまったり、うまくボールをバウンドしたり、投げることが練習してもなかなか出来なかったりする。車椅子操作にしても、スピードがある中でターンやストップという操作がうまくできない子も多い。

車いすバスケットボールを管轄する組織がバスケットボールに特化しないプログラムを始めたのは、将来的に車いすバスケットボールをしたいと思う子供たちを増やすことが出来るのではないか、またはハイパフォーマンス選手の育成促進につながるのではないかという考えに基づいていたからだ。しかし、多様な障害を持つ子供たちを受け入れていく中で、今では車いすバスケットボールだけでなく、いずれは様々なスポーツに挑戦してもらえたらという方向性を持ってプログラムが展開されている。健常者の子供たちと同様に、いざスポーツをしようとしたとき、基本的な運動能力が身についていることでスポーツをより楽しんだり、運動を長期的に継続していくことを目指している。

スポーツ用車椅子の貸出

このプログラムの最大の特徴は、子供用スポーツ車椅子を無料で障害のある子供たちに貸し出している点だ。軽量なスポーツ用の車椅子はその特徴的な形から日常用の車椅子よりもターンがしやすかったり、安定感があるため、運動に適した動きをより簡単に安全に行うことができる。初めてスポーツ用車椅子に乗って、そのスムーズな乗り心地に胸を躍らせる子供も少なくない。

希望者はLet's Play の申込用紙に必要事項を記入しBCWBSへ提出。BCWBSが障害レベルなどが適切だと判断すると、その子供にあったサイズの車椅子が提供される。車椅子の受け渡しは担当スタッフが可能な限りその子の家や学校に出向き、セッティングや基本的な車椅子の操作方法を教える。また希望があれば、10台程度の車椅子と共に学校を訪問し、対象児童の所属するクラスと一緒にアクティビティ体験をする機会を提供することもある(クラス訪問については通常、初回は無料で、2回目以降希望があった場合は有料となる)。

大人が使う車椅子の座面の幅は12インチから18インチ(約30センチから46センチ)、車輪は24インチから26インチ(約60センチから66センチ)が一般的だが、Let's Playでは座面幅が10インチから14インチ(約25センチから35センチ)、車輪は20インチから24インチ(約50センチから60センチ)といった主に小規模の車椅子をそろえている。また、座面の角度や高さ、足を置くフットプレートの高さなども調整できる車椅子になっており、体の大きさ、障害の種類や程度に合わせて設定を変えることが可能である。

2009年に用意した100台の子供用スポーツ車椅子は、今では合計185台にまで増えている。現在、92名の障害をもつ子供たちに車椅子が貸し出されているが、他にもコミュニティーセンターや地域の車椅子バスケクラブなどに貸し出されている。

対象者

対象は、基本は12歳以下の下肢に障害のある子供である。下肢障害といっても必ずしも車椅子ユーザーである必要はなく、義足を使う下肢切断の子供、歩行器を使う脳性麻痺の子供など、下肢に何らかの障害を持ち、スポーツ用の車椅子を利用することでより活発な身体活動ができると見込める子供たちが対象となっている。年齢についても厳密ではなく、体の大きさや発達の程度によって判断される。例えば12歳以上でも障害の影響などで体が小さかったり、年齢よりも身体的あるいは精神的発育が一般より遅れている場合なども状況によって貸出を行っている。その他、将来的に車椅子バスケットボールなどを楽しむには障害の程度が重い、軽度の自閉症や知的障害などを伴っている場合も、自力で車椅子をこぐ身体能力があり、Let's Playのプログラム趣旨から大きく外れなければ貸出される。現在、実際に貸出している対象者は3歳から14歳だそうだ。

教員のための情報資源(Teacher's Resource)

このプログラムのもう一つの特徴は、BCWBSがバスケットボールプログラムのようなプログラムを直接提供するのではなく、車椅子や情報資源などのツールを提供することで、家庭内で遊ぶ機会を増やしたり、教師、コミュニティーセンターのスタッフ、地域のスポーツクラブなどが車椅子を使っていても参加できる授業やプログラムを提供するよう促している点だ。特に学校の場合は、車椅子を利用する子供だけのために特別に何かを提供するのではなく、他の生徒とも一緒にアクティビティができるようインクルーシブな身体運動の提供を強く勧めている。

情報資源の中には対象となる障害の知識スポーツ用車椅子の知識基本的な車椅子の操作方法アクティビティのアイデアなどが含まれている。これらはLet's Playのホームページ上に掲載されていたり、情報の入ったメモリースティックが該当者に配布されたりする。

ワークショップ

ここ数年は一般のフィジカルリテラシープログラムのリーダーや、教師、理学療法士、作業療法士などを対象に不定期でワークショップを開催している。情報が提供されたとしても、それをうまく使いこなせなかったり、自発的に動いてくれる人材はあまり多くない。また、これまでは情報資源があることですら多くの人が知らない状況であった。そんな中、プログラムをリードしてくれる可能性のある人材や障害児と接点の多い対象者に絞りワークショップを開催することで、これらの問題を解決しようとしたのである。過去2年間で約150人がワークショップに参加し、現在、実際に得た知識を活動に生かしているのは10名ほどだという。割合を見るとそれほど多いとは言えないが、BCWBSでLet's Playに関わるスタッフが2人であることを考えると、州内の障害を持つ子供たちに5倍の機会が提供されているということになる。これは大きな進歩であると言えるだろう。

遊びの日(Play Dates)

年に数回、BCWBSも子供たちが参加できるイベント「遊びの日」を開催している。1回あたり約2時間のイベントで、レースをしたり、キャッチボールをしたり、スポンジボールをラケットで打ったり、玉入れをしたり、と、みんなでスポーツ車椅子に乗って遊びを楽しむことを目的としている。スタッフやボランティアは遊ぶ方法の提案はしても、強制することはせず、子供たちは思うがままに遊んでいる。障害を持つ子供たちの多くは、この思うがままに遊ぶ、という機会がなかなかない。ここでは健常者の兄弟や親たちも一緒に車椅子に乗って遊ぶことができる。家でも一緒に遊ぶことはあるかもしれないが、みんなで車椅子に一緒に乗ると、子供たちは恐らくいつもよりも思いきり全身を使って動きまわり、親よりも断然速く車椅子をこげることで自慢げな表情を見せたりする。また障害を持つ他の子供たちと一緒に遊ぶ機会が普段なかなかないので、自分と同じあるいは似た障害を持った同年代の子供と遊ぶ中で共感したり新な発見をしたりする。何より、スポーツ用車椅子に乗って遊ぶことで、ただ「遊ぶ」ことに没頭できる。

初めて参加する親たちの中には、そんな子供の姿を見て嬉しさのあまり涙する人も多い。「遊ぶ」「体を動かす」という子供が当たり前にするであろうことが、この子たちにとっては、まだまだ当たり前ではないからだ。また、親たちにとっては、互いに普段なかなかできない情報交換をしたり、相談をしあったり出来る貴重な時間にもなるのだ。

「遊びの日」の他に、夏休み中は2日間(半日が2回)のサマーキャンプも開催される。これはBCWBSとBC Wheelchair Sports Association(BCWSA)が開催する5日間のジュニアサマースポーツキャンプの中で開催され、「遊び」を楽しむことに加え、年上の子供たち(上限年齢は19歳まで)と一緒に様々なスポーツに挑戦することができる。

地方で「遊びの日」を開催する際は、バンクーバー近郊の家族と比べると、スタッフが家族と顔を合わせてコミュニケーションをとる機会がほとんどないこともあり、親のためのクリニックを開いて情報を提供したり、相談に乗ったりすることもある。

レポート執筆者

原田 麻紀子

原田 麻紀子

Manager of Program Development,
BC Wheelchair Basketball Society
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation