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国際情報

Sport News United States of America

2017年1月12日

NCAAと学生アスリートのアカデミックサポート

スポーツ産業がもたらす日本経済への貢献に大きな期待がかけられている中、日本では全米大学体育協会(National Collegiate Athletic Association/以下NCAA)を参考にした大学スポーツによる新たなスポーツ市場の開拓が検討されている。米国では大学スポーツを教育の一環としてとらえており、学生アスリートに対して学業との両立を義務付けている。たとえば、一定の成績を保つことができない学生アスリートは、競技への参加を見送らなければならないし、学業成績が良くないチームは試合や練習時間の削減といったペナルティがNCAAによって与えられる。NCAAはディビジョン1のカンファレンスと所属大学に学術強化ファンド(Academic Enhancement Fund)と呼ばれる学生アスリートをサポートするための資金分配を行い、アスリートの学生生活を様々な側面からサポートすることを義務付けている。本稿では、米国の大学スポーツコンテンツの核となる「学生アスリート」を取り巻く課題を概観し、NCAAディビジョン1のBig 10 注)カンファレンスをケーススタディとして取り上げ、米国の大学が行う学生アスリート支援の方針について紹介することを目的とする。

※注Big 10とはNCAAのディビジョン1に所属するカンファレンスのひとつである。Big 10カンファレンスにはオハイオ州立大学やミシガン大学が加盟しており、米国の大学スポーツの中でも特に多くのファンを集める人気のカンファレンスである。14大学で構成されるBig 10カンファレンスの収益は日本円にして年間約400億円と言われている。

NCAAからプロスポーツへ

NCAAではディビジョン1からディビジョン3まで含めると、48万人以上の学生アスリートが登録されている(NCAA Research, 2016)。その中で、どれだけの学生アスリートがプロの道を進むのだろうか。表1はNCAAからプロスポーツチームにドラフト指名された学生アスリートの割合をまとめた調査資料である。調査は2014年および2015年の米国プロスポーツリーグNFL(アメリカンフットボール)、 NBA(男子バスケットボール)、 WNBA(女子バスケットボール)、 MLB(野球)、 NHL(アイスホッケー)、 MLS(サッカー)のドラフトデータを基にまとめられている。その結果、上記のスポーツにおいてNCAA所属学生アスリートがプロスポーツ選手になれる割合は約3.5%のみと報告されている。つまり、95%以上の学生アスリートはプロ選手になれず、他のキャリアを築くことになる。さらに、この選ばれし3.5%のプロ選手の選手生活は、怪我など様々な要因によって1年も経たずに終わる可能性があることは言うまでもない。

表1.NCAA学生アスリートがプロスポーツ選手になる割合

NCAA学生
アスリート数
被ドラフト指名権
獲得者数
NCAAアスリート
ドラフト被指名率(%)
NFL(アメフト) 72,788 16,175 1.6
NBA(男子バスケ) 18,697 4,155 1.1
WNBA(女子バスケ) 16,589 3,686 0.9
MLB(野球) 34,198 7,600 9.7
NHL(アイスホッケー) 4,071 905 6.6
MLS(サッカー) 24,477 5,439 1.4
平均 28,470 6,327 3.55

 出典:NCAA Research (2016)

NCAAに所属する学生アスリートは監督の指揮下で1週間に最大20時間という練習時間の制限が設けられている。しかしながら、実際は多くの学生アスリートが自主トレーニングなどに励み、学業がおろそかになる場合も珍しくない。短期的にみれば、彼らはNCAAの規定により競技活動を休止する必要に迫られる。中長期的にみれば、彼らがプロスポーツで競技をする機会を与えられなかった場合、大学時代に学業ならびに就職活動の準備をしてこなかった学生アスリートは、スポーツ以外のキャリアを築くことが困難になる。この問題に対し、NCAAディビジョン1に所属する大学は、学生アスリートの学業ならびに人間としての成長をサポートするための活動を行っている。

学生アスリートへのサポート

NCAAの巨大なビジネスにばかり注目が集まりがちであるが、学生アスリートの学業と人間としての成長には大きな課題が残されている。NCAAはディビジョン1所属大学に対して、学生アスリートのサポートを義務付けている。本稿では、ディビジョン1の中で最も人気があるといっても過言ではないBig 10カンファレンスに所属する14大学に着目して、ホームページ調査と電話による聞き取りを行うことで、学生アスリートサポートの活動方針とおおまかな活動内容を調査した。なお調査は筆者とアシスタントの学生1名によって行われた。

表2.Big 10所属大学の学生アスリートサポート活動の方針

大学名(50音順) 方針と活動内容
アイオワ 全ての学生アスリートに担当サービススタッフがつき、卒業に必要な要件に関する情報などを継続的に提供。また人間としての成長を促すためのカウンセリングセッションも提供しており、特に人間性、教育、物事へのコミットメントの大切さ、リーダーシップ、チームワーク、QOLの向上に力を入れている。
イリノイ 学生アスリートが競技を続けていくためのNCAAが定めた必要要件・卒業要件をクリアするためのサポート。担当学術サポートスタッフや個人チューターの提供も行う。さらに学生アスリートのウェルビーイングや彼らのイメージ向上のためのレクチャーセッションも提供。学生アスリート自身が委員会を組み、彼らの経験を学生アスリートサポートの知として積み上げていく縦のネットワークの構築も行う。
インディアナ 栄養学やコンディショニング、スポーツ心理学などの知識を得るための機会を提供し、学生アスリートの競技生活をサポートする。さらに、学生アスリートが卒業そして各々のスポーツ競技を終えた後の準備を整えるための機会とアイディアを提供する。その中でも、大学での成績やリーダーシップスキル向上、そして履歴書のチェックなどの就職活動サポートも行う。
ウィスコンシン 学生アスリートの学術的な成功のための環境整備。アカデミックサービススタッフはコーチ、大学教員、事務と協力体制を結び、より的確に学生アスリートが必要な情報を素早く提供できる体制を整えている。特別な学術サポートが必要な学生アスリートには個人チューターを提供し、個人チューターほどのサポートがなくても文武両道できる学生には大学院生や元学生アスリートがメンターとしてサポートを行う。
オハイオ州立 大学内外の学部や機関と協力体制を築き、学生アスリートの学術、キャリア、そして人間としての成長へのサポートを行う。チューターの提供、学術的なストレスを軽減するためのカウンセリングに加えて、履歴書の書き方や就職に役立つネットワークイベントの開催を通してキャリアサポートも行う。
ネブラスカ 学生アスリートの声を汲み取り、リーダーシップを発揮しながら様々なプログラムを行うことで彼らの人間としての成長に寄与する。具体的には学術カウンセリングを行い、学生アスリートが卒業するまでに通るべき道すじを明確に示す。さらに個人チューターやメンターを提供することで、学術的・私生活の両面でサポートを受けられるシステムを構築している。
ノースウエスタン アドバイザーとメンターが学生アスリートの教育係を担当し学術と卒業後のキャリアに関するアドバイスを行う。個人チューターやカウンセリングサービスの提供も行う。一人ひとりが自立した人間になれるよう学生アスリートが自発的に学生アスリート団体を立ち上げており、大学として団体の活動のサポートも行っている。
パーデュー 学生アスリート一人ひとりが人間として成長していくための機会の提供と環境の整備。具体的には学生アスリートに対してチューターとメンターの提供を行う。学生アスリートの人間としての成長に関しては、特にリーダーシップに着目している。John R. Wooden Leadership Instituteが学生アスリートの人間としての成長をサポートするプラットフォームの役割をなし、学生アスリートはクラスやセミナーを受講することで戦略的な学術・キャリアプランを立てている。
ペンシルバニア州立 Morgan Academic Support Centerがチューターやメンターの紹介といった学生アスリートへの学術・キャリアサポートを行う。さらに学生アスリートに対して地域コミュニティへの貢献を促すことで彼らが人間として成長するための機会を提供している。
ミシガン 学生アスリートに学術的に成功し、無事に卒業できるためのサポートを提供する。具体的にはチューターの紹介に加え、担当スタッフのアドバイスを受けながら勉強できる共通勉強テーブルを設置するなどの学術サポートを行っている。学内組織とパートナーシップを結び、履歴書作成のサポートやメンターの紹介などのキャリアサービスも提供している。
ミシガン州立 学生アスリートがミシガン州立大学在学中に学術的な基礎を築き、さらなる進学や仕事の獲得ができるよう準備するのに必要なサポートを行う。 具体的にはチューターやメンター、海外留学制度の紹介による学術サポートに加え、リーダーシップ養成クラスや地域コミュニティへの貢献機会の提供を行うことで学生アスリートが人間として成長できる環境の整備を行っている。
ミネソタ 学生アスリートが大学生活をより快適に過ごし、学術的成功を収めるための環境を整備する活動を行う。チューターやメンターの紹介に加え、学内組織と協力体制を築きながらライティング指導も行い、無事に卒業するまでのサポートを継続的に行っている。さらに卒業後のキャリア準備や人間としての成長にも注力しており、地域コミュニティとのパートナーシッププログラムや慈善活動に学生アスリートを積極的に関与させることで彼らの人間としての成長、気づきの場を提供している。
メリーランド 担当学術カウンセリングスタッフをそれぞれのチームに一人ずつ配置し、学術面での疑問などをいつでも質問できる環境を整えている。さらに全ての学生アスリートに一人ずつ、彼らの専攻学部から学術アドバイザーを割り当て学術・キャリアサポートをより専門的な立場から行う。
ラトガース 学生アスリートがスポーツ以外のフィールドでも成功できるような環境を整える。具体的には、チューターの提供、復習セッションの実施、勉強場所の提供などを通して学術サポートを行う。リーダーシッププログラムにおいて学生アスリートが地域貢献活動などを行うことで気づきの場を提供し、次世代のリーダー養成を行う。さらに学生アスリートにセミナーなどの機会を提供して、個人資産の運用の仕方を学ばせ、ネットワークイベントを催すことで彼らに様々な組織・企業との接点を作る手助けを行っている。

 
出典:Montclair State University Sports Events & Tourism Marketing Research Institute内部資料


おわりに

NCAAはディビジョン1に所属する大学に対して、学生アスリートのサポートプログラムの自己評価と報告を義務付けている。報告書はそれぞれの大学が組織した評価委員会によって作成される。NCAAは学術サポートに関する評価に重点を置き、学術カウンセリング、チューター、学習環境・施設の提供や大学関係者の協力体制についての評価報告を促している。この評価システムがそれぞれの大学が行う学生アスリートのサポート活動に影響を与えていると考えるのは妥当である。実際上記の調査結果を概観してみても、Big 10に所属している大学で行われている学生アスリートへのサポート活動は酷似している。

図1.学生アスリートに対するサポート

学生アスリートに対するサポート

図1はBig 10所属大学で行われている学生アスリートサポート活動をまとめたものである。Big 10に所属する大学は、学生アスリートの学術のみならずキャリア、そして人間としての成長にも注力していることがわかる。

参考資料

 

海外研究員
佐藤 晋太郎

Assistant Professor of Marketing 
Montclair State University

Correspondent, Sasakawa Sports Foundation

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