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2020年01月22日

始まった国立競技場の新たな歴史 Vol.1
「杜のスタジアム」というコンセプト

佐野 慎輔

国立競技場

  いよいよ新しい国立競技場が動き出した。

  2020年元旦、新スタジアムのこけら落しとなった恒例の「天皇杯サッカー決勝戦」は5万7597人の観客を集めた。ヴィッセル神戸が鹿島アントラーズを下して初優勝、令和初のサッカー王者に輝いた。

  それから10日後の1月11日、「大学ラグビー決勝」は5万7345人の観衆が見守るなか早稲田大学がライバル明治大学を破り、11シーズンぶり16度目の大学日本一に輝いた。日本一になった時にしか歌わない第二部歌『荒ぶる』の合唱が新国立の夕空に流れて、まずは上々に滑り出したといっていい。

  ここは今年7月24日の東京オリンピック開会式から、9月7日の東京パラリンピック閉会式まで2020年東京大会のメインスタジアムとして世界の注目を一身に浴びる。ざわめきが、今にも聞こえてくるようだ。

  東京都渋谷区霞ケ丘町10番1号-それが新国立競技場の住所である。それまで「国立=こくりつ」として親しまれてきた国立霞ヶ丘競技場を解体し、建設工事が始まったのは2016年12月11日。36カ月の時を経て2019年11月30日に竣工、12月21日に開場した。

「杜のスタジアム」というコンセプト

  敷地面積は約10万9770平方メートル。そこに最高点の高さ47.35メートル、地上5階、地下2階、約6万8000席(オリンピック開催時には8万席まで増設可能)の観客席をもつスタジアムが立ち上がった。建築面積は約6万9600平方メートルである。

  総工費1569億円、上限とされた1590億円を21億円下回り、工期は宣言通りに2019年11月(当初は2020年3月)で終えた。紆余曲折、迷走を続けた建設までの道のりを思えば、日本の建設技術の高さを内外に示したといえよう。

  「杜のスタジアム」と称される。東京都心に美しい緑を誇る明治神宮外苑、その景観に合致した愛称は、設計コンセプトを象徴する。

  「法隆寺から構想した」と設計者の隈研吾さんが語る5層のひさしが特徴的だ。廂には47都道府県の木が用いられた。日本をひとつに、との思いが込められた。東と北に位置するゲートには岩手、宮城、福島と東北大震災の被災県の木材を使い、南ゲートの木材は熊本産である。いうまでもなく熊本大震災が意識されている。

  5層の廂の下、周囲を取り巻く回廊には季節の草花が植えられ、夏盛りのオリンピック・パラリンピック開催時には観客がホッと一息つく配慮がなされた。そして、かつてこの地を流れていた渋谷川を模したせせらぎも設けられた。癒しの空間である。

  法隆寺から発想した廂に象徴される日本の伝統とその継承、自然災害の被災者への鎮魂、そしてスタジアムが位置する明治神宮外苑という土地への思い…。「杜のスタジアム」はわれわれ日本人の心根にある「記憶を覚醒させる」装置のように思う。

国立競技場

観やすさと使い勝手と…

  スタジアムのなかに入ってみよう。いまこの稿を書いている1月中旬の時点で、スタンドがすべて完成しているわけではない。メインスタンドに広くのこる空間には、まだ椅子が設置されていない。記者席も仮設であり、その導線がどのようになるのか、これからテストイベントを経て決めていくのだろう。

  大学ラグビー決勝戦をバックスタンドで観戦したが、想像以上に観やすい。陸上競技仕様でピッチの周囲をトラックが取り囲む。ピッチとスタンドとは距離があり、球技ファン、とりわけサッカー愛好者には不評だ。評価に対する答えは今後の使い方と関わるが、スタンドの傾斜は観客を十分意識して、観ることを優先するようにつくられている。ただ椅子はともかく、客席の前後の間隔は狭くて、列の中央に入ると出入りのためには周囲の人に立ってもらわなければならない。体の大きな外国人観客への配慮があるとは言えない。残念ながら、このままでは世界に冠たるナショナルスタジアムとはなり得ない。

  競技観戦を盛り上げる大型スクリーンは約9メートル×約32メートル、南北両サイドに1面ずつ設置された。音響設備としてラインアレイスピーカー38基が置かれ、均一で明瞭な音を伝えるという。また観客向けに情報を効果的に提供するために約600枚のデジタルサイネージシステムを導入するなど、当然ながら最先端の技術が注入されている。

  車いす席500席に加え、アクセシブルトイレは100カ所設けられた。トイレの位置、物販ブース等への導線も含めて使い勝手の良し悪しもまた、これからの課題となろう。

  選手たちの反応は悪くない。「ピッチとスタンドの遠さ」を指摘する声はあったものの、芝の状態、和をモチーフとしたロッカールーム、雰囲気など「国際Aマッチ(代表戦)にふさわしい」(鹿島DF・内田篤人選手)と評価された。

  ただ、思う。屋根があったなら、と。もう少し使い勝手が広がり、楽しむという部分にちょっとだけ力点が置かれていたならば、世界に誇るスタジアムになったに違いない。

2020年元旦、新スタジアムのこけら落しとなった「天皇杯サッカー決勝戦」

始まりは老朽、耐震対策から…

  しばしば、「オリンピックのために無駄な投資をして」と批判する声を聞く。「(前の)国立競技場を改装すればよかった」とおっしゃった方もいる。国立、つまり国が資金を出して、日本のスポーツを象徴する場所をつくるがゆえに、さまざまな意見が聞かれた。

  そもそも、新国立競技場はどのような経緯をたどってきたのだろうか?

  2008年5月、文部科学省が老朽化、耐震構造への問題点から改築、改修を検討する有識者による調査研究協力者会議を発足させたことが始まりだ。2002年サッカーワールドカップを開催した際、「聖地」といわれた国立が試合会場から外された。観客席に屋根がなく、国際基準に満たないことが理由であった。1990年代後半から改築、改修論があったことは指摘しておきたい。

  東京都は08年当時、2016年オリンピック・パラリンピック招致に乗り出していた。メインスタジアムはしかし国立ではなく、晴海地区に東京オリンピックスタジアムの新築が予定された。設計は安藤忠雄氏、すでに富士山をモチーフとしたスタジアムのデザインは公表されていた。国立はサッカー、ラグビーの試合を実施する球技場となる計画だ。このため、調査研究協力者会議では球技場への改修を中心に話し合われた。

  2009年10月、東京は2016年大会招致でリオデジャネイロに敗れた。改修計画は白紙に戻ったかに思われたが、直前の7月、2019年ラグビーワールドカップ開催が決定。改築、改修した国立を開幕、決勝戦会場とする案が浮上してきた。

  改築、改修が再び議論の場にあがるのは2011年である。同年3月、国立競技場を管轄する日本スポーツ振興センター(JSC)が発注した「国立霞ヶ丘競技場耐震改修基本計画」が完成し、7月には東京都が2020年夏季大会招致を公表。「既存施設利用」の観点から国立をメインスタジアムとする計画が示された。簡単にオリンピックだけのために新築、投資が進んだわけではなかった。

改修案から建て替え案に転換

  当初は改修案が主流で、民主党政権は2012年度予算に1億円の改修調査予算を計上。しかし、始まった議論では改修の問題点が指摘された。例えば1964年大会時の改修の際、北東側のバックスタンドの一部を道路の上に張り出したが、東京都から既存不適格とされており、修正した場合に南北側を増床するとなればスタンドの形状が歪む。バックヤードが不足していており国際基準の9レーンを造ることもできない。さらに耐震構造にするためには柱を多く取り入れざるをえず、パラリンピック実施に支障が多すぎる…。

  このため2012年には建て替え案が浮上、新国立競技場建設に方向転換された。

  建て替えのための基本方針も示された。 ① 観客席は約8万人収容 ② 国際大会開催を念頭に可動式の座席を取り入れ、ラグビー、サッカーも使用する ③ 開閉式の屋根を持つ全天候型ドームスタジアム ⇒ コンサートや展覧会、ファッションショーなどを念頭に音響、照明設備強化 ④大規模災害時の広域避難場所としての役割などである。

  同年7月、「新国立競技場基本構想国際デザインコンテスト」実施が決まり、7月20日から9月25日まで公募された。海外34件を含む46件の応募作品のなかから11月15日、安藤忠雄氏を委員長とする審査委員会は斬新なデザインで知られた英国のザハ・ハディド氏率いる設計事務所の案を選んだ。ザハ案は開閉式のサドル型スタンドと呼ばれるもので、アーチ屋根を2本の弓状構造物が支えるキールアーチを取り入れたデザイン。大規模で、屋根の大きさのわりに天井が低いため不安定で建設が難しいと批判も起きた。

  正直に言えば、ザハ・ハディド氏も選んだ安藤忠雄氏も素晴らしい建築家だと思うが、こと新国立競技場案は個人的には好ましいとは感じなかった。明治神宮外苑という土地柄を全く無視したデザインにむしろ不安感さえ覚えた。後述するが、明治神宮外苑とは、内苑にあたる明治神宮造営とともに綿密なグランドデザインによって創りだされた公苑である。歴史的なあり様を考えない建造物には共感を覚えるものはなかった。

  この年12月、民主党・社民党・国民新党連立政権が終焉を迎え、安倍晋三氏を首班とする自民党政権に移行した。

ザハ・ハディド案の蹉跌

  2013年9月13日、2020年夏季オリンピックの東京開催が決まった。

  ふつうなら、ここから建設に向けて一気に進む。ところが大きな蛇行が始まった。ひとつには規模の大きさ、設計案では国立競技場予定地を大幅に超えてJR中央線の線路まで跨いでしまう。木々の伐採が進めば、周辺環境に影響を与えかねない。そして当初案で1300億円と想定された建設予算の高騰化だ。

  2014年5月、JSCの有識者会議は建設計画の規模縮小案と国立競技場解体を含む新競技場建設計画を了承した。

  2015年1月、計画より遅れて国立競技場解体工事が始まった。この頃から建設案への批判の声が高まっていった。

  国立競技場建設の主体であるJSCを監督する文部科学省は総工費を2520億円と公表するとともに、開閉式屋根の設置を大会後に先送りすると表明した。空調設備の設置も見送り、併設する予定だった秩父宮博物館構想も取りやめた。さらに観て稼ぐことを強く意識したホスピタリティー施設設置案も大幅に後退。ただただ経費削減に努めた。

  それでも一度火が付いた高額な建設費批判は止まらず、報道も火に油を注いだ。結局世論に抗しきれず、安倍首相が「計画案の白紙撤回」を表明したのは同年7月17日である。

  8月14日、政府の関係閣僚会議は新整備計画を策定。同28日には新たにデザインを公募すると発表した。総工費の上限を1550億円(後に1590億円)、収容人員を6万8000人と決めて、9月1日に募集開始した。

  応募案が締め切られたのは12月14日。設計者と施工業者がグループをつくり、応募されたのは2案のみ。急激な展開ゆえ、建設工事をいち早く進めるために設計者と施工業者とのジョイントが求められたことから、対応できたのは2グループだけだった。それが背景であり、事は急を要していたのである。

  JSCは応募者名を伏せて2案を公表、広く意見を募った後に審査にまわし、同22日にA、B2案のうち、隈研吾さんの設計によるA案を選び、政府の了解を取り付けた。

  この間、10月23日には旧国立競技場の取り壊し工事が完了していた。

  翌2016年6月、基本設計が完了。同年12月から工事が始まった。白紙撤回から1年半、慌ただしい変化、いや紆余曲折の末に生まれた「杜のスタジアム」ではあった。

 


佐野 慎輔

佐野 慎輔

産経新聞客員論説委員
笹川スポーツ財団 理事/上席特別研究員


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