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始まった国立競技場の新たな歴史 Vol.3

取り戻せるか、「聖地」の名

佐野 慎輔

取り戻せるか、「聖地」の名

1964年 国立競技場で開催された第18回 東京オリンピックの開会式   photo:フォート キシモト

1964年 国立競技場で開催された第18回 東京オリンピックの開会式(photo:フォート キシモト)

「世界中の秋晴れを、全部東京に集めたような…」

中継を担当したNHKアナウンサー北出清五郎の声が弾んだ1964年10月10日、第18回オリンピック東京大会の開会式に象徴されるように、国立霞ヶ丘競技場は日本のスポーツ界の殿堂となった。サッカーやラグビー、陸上競技では「聖地」とさえ言われた。

この「聖地」の観客動員数ベスト5をあげると、次のようになる。

① 1964年10月24日 7万9383人 第18回東京オリンピック閉会式
② 1964年10月10日 7万4534人 第18回東京オリンピック開会式
③ 1982年12月 5日 6万6999人 関東大学ラグビー対抗戦 早稲田大学 対 明治大学
④ 1958年 5月28日 6万5428人 第3回アジア競技大会開会式
⑤ 1985年 1月15日 6万4636人 第22回日本ラグビーフットボール選手権 決勝 新日本製鉄釜石 対 同志社大学

さて、新しい国立競技場はどのような伝説を創っていくのだろうか?

この競技場はしかし、2020年東京オリンピック・パラリンピックの後、どのような使われ方をするのか、はっきり言えば、まだ何も決まってはいない。

オリンピック開催が決まり、メインスタジアムとしての新国立競技場建設が決定したときから、話題になってきた話である。多目的スタジアム構想は、ザハ案が白紙化、屋根はつけないと決めたとき、頓挫した話ではなかったか。そして民間資本導入による球技場案、はてはプロ野球専用球場案まで俎上にあがったうえで、球技場専用とすることで落ち着きそうな状況にはなっていた。

2017年11月、政府は「陸上トラックを撤去して観客席を増加。サッカー、ラグビーの専用球技場とする」と閣議決定した。 もともとの改築目的の発端が球技場計画だったこともあり、また近い将来サッカーのワールドカップを招致する際の開幕、決勝戦会場にするとの思惑があった。そして費用捻出に向けて、「民営化し、ネーミングライツを導入する」こととした。

巨大施設の運営は民間の活力を導入した方がよい。国が運営に携われば、地方都市でしばしば目にする硬直した競技場運営になりかねない。オリンピック開催都市で起きている「ホワイトエレファント化」も懸念され、財政に大きな負担を与えかねない。そうしたことが考慮されたように記憶している。

ところが、オリンピック開幕まで残り1年となった2019年7月、「大会後も陸上トラックを残して、多目的化を図る」と方向転換方針が表面化した。

陸上トラックの撤去・改修工事の費用の高額化予想、観客動員数維持への不安、維持費捻出への不安が引き金であった。 JSCの試算では管理費用として年間24億から26億円かかる。これに人件費や固定資産税等の費用を合わせれば年間40億円ほどの維持費が必要だと計算された。こうした事態に専用球技場のホームクラブと想定されたJリーグ、サッカー界の腰が引けた。

6万人規模の観客席を埋める試合は日本代表戦くらいしか思いつかない。Jリーグは人気クラブといえど、1試合あたり3万人が実力相当といっていい。これにラグビーの試合を加えたとしても数は限られる。とうてい年間維持費を賄うことはできまい。

これまでも、国立の維持費獲得に大きく貢献してきたのは『嵐』に代表される人気アイドルグループなどの公演である。球技専用として、また屋根がないことから、芸能イベントを"排除"するようになると大きな収入が断たれてしまう。コンサート等の活用に向けても、トラックを残した方がよい。トラックを残せば、コンサート等に使用する鉄骨製のやぐらを組んでも、ピッチの芝生を傷めることはない。加えて世界陸上競技選手権やグランプリシリーズの開催も可能となり、場合によっては東京マラソン、あるいは箱根駅伝等の発着点としても活用できる。

"獲らぬ狸"よろしく、打算が働いたとしても不思議ではあるまい。

屋根がないのがうらめしい?

やはり競技場に屋根がないのが恨めしい。天候を気にかけず、計画的にイベントを消化していく根拠がない。

冷暖房、空調設備がないことが、どう影響していくか。ある程度豪華なホスピタリティー施設もあった方がよかった。さらに言えば、秩父宮博物館を併設することで少額ながら定期的に入館者、維持員による維持費調達も期待できただろう。「覆水盆に返らず」ではある…。

2019年11月、国立競技場が完成したとき、萩生田光一文部科学相はあえて後利用について言及、「民営化の計画策定時期を大会後の2020年秋以降に先送りし、その後に公募を行う」と明言した。

ありていに言えば、先送りしたとしてもどれだけのアイディアが生まれるか、期待はできない。すでに7年にわたり、考えは巡らせてきたのだから、突然、妙案が出るとは思われない。一時期、聖火台の設置場所がないことが話題になったが、こちらは演出のアイディアでいかようにも対処できる。しかし、競技会場の後利用は簡単にはいかないのである。

スポーツ振興くじに財源を求め、国立競技場の年間維持予算を固定化するとともに、長期的なスポンサー獲得など、あらゆる手段を講じていく必要がある。何よりも、スタジアムの有効活用が重要なことは言を待たない。

ロンドンは見倣う対象か?

ロンドン・オリンピックスタジアム

成功したオリンピックと言われた2012年ロンドン大会でも、スタジアム問題は迷走した。ロンドン・オリンピックスタジアムは総工費が招致時の2億8000万ポンドの約1.7倍、4億8600万ポンドをかけて完成した。大会終了後の2013年、ロンドン市はサッカー・プレミアリーグのウエストハムと長期契約を締結し、同クラブの本拠地として再出発することになった。

ただし陸上トラックは残し、夏季期間は陸上競技やコンサートに活用、サッカーシーズンにウエストハムが使用する多目的スタジアムとしてのスキームでの合意だった。サッカークラブの本拠地化、および多目的化に向けてロンドン市は可動式座席を採用したほか、スタンドのサッカー仕様のため、3億2300万ポンドの費用をかけて改修工事を行った。当初額よりも費用は大幅に増加、ボリス・ジョンソン前市長(現・首相)が批判にさらされたことでも知られる。

ウエストハムは年間250万ポンドの占有使用料を支払い、99年間、本拠地として使用する権利を得た。さらにホスピタリティー施設の使用料、ケータリング収入を得る契約で条件的には極めて有利な契約となっている。それが批判の対象となったため、ウエストハムは改修費1500万ポンドを寄付した。

多目的スタジアムとして、2015年にラグビーワールドカップ・イングランド大会の3位決定戦など数試合が実施されたほか、2017年8月には世界陸上競技選手権を開催。さらに2019年に米大リーグの公式戦、ニューヨーク・ヤンキース対ボストン・レッドソックス戦を行っている。同年6月29、30の両日に行われた試合では、陸上トラックを上手に使い、野球のダイヤモンドが造られた。ロンドンで初めて開催された大リーグ公式戦は歴史に名を残す試合となった。今年もシカゴ・カブス対セントルイス・カージナルス戦の開催が予定されている。

こうしたイベントはトラックを保有する多目的スタジアムならでは試みだといっていい。では、国立競技場はロンドンのスタジアムのような競技場をめざせばよいのか?

個人的には、ロンドン方式がこの時点の選択ではベターかもしれない…と思う。国立競技場をサッカーおよびラグビー日本代表の本拠地とし、同時に準フランチャイズとするクラブチームを募る。シーズンオフには陸上競技およびコンサート、大規模イベントなどを実施する余地を残す。たぶん、それでも年間維持費に見合う収益が得られるかどうかはわからない。実際、ロンドンも成功しているようにみえて、収支は赤字である。

本来ならば、民間の知恵を借りて、一般国民も、運営に一枚かむことができる仕組みが創られないだろうか。心底、そう思う。ナショナルスタジアムを持っていない首都、大都市ほど寂しいものはない。2度もオリンピック・パラリンピックを開催する東京がそうであってはならない。

1964年の東京大会水泳会場として建設された丹下健三設計の国立代々木競技場は、独特なデザインが時代の象徴となり、世界遺産に推そうとする動きがでている。2020年のメインスタジアムも決して負の遺産にしてはならず、「スポーツの聖地」として後世に伝えていくことは同じ時代を生きたものの責務ではないか。記憶を呼び戻す装置として、未来に引き継いでいきたい。

  • 佐野 慎輔 佐野 慎輔 産経新聞客員論説委員
    笹川スポーツ財団 理事/上席特別研究員

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