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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

「パラスポーツ」を伝える

2015年5月7日

1位車いすバスケットボール、2位車いすテニス、3位陸上。2020年東京パラリンピックで実際に競技会場に足を運んで観戦したい種目の順位だ。公益財団法人笹川スポーツ財団が昨年5~6月、全国の20歳以上の男女2000人を対象に実施した「スポーツライフに関する調査」で明らかになった。結果には車いすバスケットを扱った井上雄彦さんの漫画「リアル」が影響を与えているかもしれない。

昨年末、障害者週間(12月3~9日)に合わせて東京都江東区の日本科学未来館で「だれでもアスリート」と題したさまざまなイベントが開催され、車いすバスケットを初めて体験する機会があった。
中学、高校の6年間、バスケット部に所属していたこともあり、車いすバスケットをどこか軽く考えていた。それが間違いだったことにすぐ気付かされた。まず、競技用に作られた車いすの操作がままならない。ただ直進するだけならまだしも、車輪を回す力加減を変えて左右に方向を転換したり、急ストップして反転したりすることに苦労した。
次はドリブルしながらの前進だったが、これ以上説明するまでもないだろう。何とかさまになったのは最後のフリースローだけだった。

車いすという道具を自分の体の一部として自在に使いこなしてはじめてコートでのプレーは成立する。僕たち初心者を指導してくれた車いすバスケットボールチーム「NO EXCUSE」の選手2人によるデモンストレーションには驚き、拍手を送るしかなかった。
車いすバスケットには間違いなく健常者のバスケットとは異なる面白さ、難しさがある。こうしたことをメディアは伝え切れているだろうか。少なくとも僕はスポーツ取材を専門としながら、今回の体験を通して初めて知ったことを告白しなければならない。
試合のヒーローを取り上げることが多いスポーツ報道には共通する語りがある。主人公が試練を乗り越え、時には仲間の協力を得て最後には栄冠を得るという物語だ。高校野球で言えば、けがのためいったんはレギュラーから外されるが、あきらめずに練習を続け、試合で活躍するというパターンの原稿は甲子園大会の期間中、何度か目にするだろう。

米国の神話学者ジョゼフ・キャンベルによれば、世界のヒーロー伝説には時代や文化を超えた共通の語られ方があるという。「旅立ち→通過儀礼→帰還」だ。
ロール・プレーイング・ゲーム(RPG)の先駆け的存在で、前途に立ちふさがる敵と戦いながら、障害物を飛び越え、制限時間内にゴールを目指す「スーパーマリオブラザーズ」を想像すれば分かりやすいだろう。
スポーツ報道の定型とも言えるこの物語は、障害者によるパラリンピックスポーツ(パラスポーツ)と相性がいい。だが、同志社大学の藤田紀昭教授(障害者スポーツ論)は「障害を持ったところを強調して、そこからはい上がってきたところを書かれることが多い。大変だったのに何とか頑張ってここまで来たというところばかり取り上げられると違和感を覚える。スポーツ自体の面白さを伝えてほしい」と指摘する。耳が痛い。

オリンピックスポーツとは異なるパラスポーツのカッコよくて高度なところをメディアとしてもっと伝えていきたい。陳腐な物語にしてしまわないためには体験してみることが必要だ。僕自身がそうだったように見方は確実に変わる。
差別や偏見は知らないことから生まれることが多い。知ることで思い込みの壁は取り払われ、世界は広がり、世界は変わる。写真家、越智貴雄さんの場合、2000年シドニー・パラリンピックを取材したことがきっかけだった。

それまでは障害者に対して「頑張っている」「かわいそう」「支援が必要な人」というイメージを持っていて、カメラを向けることに戸惑いがあった。だが、片足義足のアスリートが走り高跳びで1メートル80を越え、義足のアスリートが100メートルを11秒台で駆け抜ける姿などを目の当たりにして先入観はなくなった。
その後、義足製作の第一人者、臼井二美男さんの協力を得て写真集「切断ヴィーナス」(白順社)を出版する。アスリート、会社員、モデルなど義足を着けた11人の女性たちが思い思いのポーズをとる写真集を、昨年末に訪れた日本科学未来館のショップで偶然見かけ、ページをめくった。その時、正面を見据えた彼女たちの視線に気おされる思いがしたことを今でもよく覚えている。見てはいけないものでは決してなかった。

義足と言っても形は多種多様だ。
切断の状態が一人一人異なるうえ、アスリートの場合、トレーニングによって筋肉が変化すれば作り直さなければならない。切断箇所が膝の下か、膝の上かの違いも大きい。膝上切断の場合、失ったひざの機能を代替する機械構造体(膝継ぎ手)が必要となる。膝下切断の義足を製作するのに比べ、難易度は高い。
膝上切断で来年のリオデジャネイロ大会出場を目指す義足の陸上選手、村上清加さんによれば、走っている時に膝が伸び切っていない状態で着地すると、膝が折れて体を支えきれず、転倒してしまうという。日常生活でもスリッパを履くのが一苦労で、注意しないと蹴飛ばしてしまうこともある。
健常者が普段意識することはない、歩く、走るという基本の動作が義足のアスリートたちにはいかに工夫と努力を要することか。板バネ付きの義足は推進力で有利に働くとされるが、使いこなすのは容易なことではないことも確かなのだ。

最後にパラスポーツを伝えるメディアが心がけることは何か。誤解を恐れずに言えば、さらすことを恐れないということではないか。パラアスリートたちは自分たちの卓越したパフォーマンスを一人でも多くの人に見てほしいと思っている。
それをメディアは鍛え上げられた肉体が競演するスポーツとして批評すればいい。配慮は必要だが、遠慮は無用なのだ。

  • 落合 博 落合 博 毎日新聞社 論説委員 大阪、東京両本社の運動部などを経て、2011年5月から現職。2004年アテネ五輪では現地デスク。現在は社説(スポーツ・体育担当)のほか、コラム「発信箱」(隔週木曜日朝刊掲載)、インタビュー企画「スポーツを考える」(隔週土曜日夕刊掲載)などを担当。

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