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国際情報

Sport News United States of America

2018年3月27日

その方法で本当にスポーツ実施率が高まりますか?

4.「普及の専門家」とチームJAPANの作り方

  このシリーズでは、これまで、スポーツ実施率(するスポーツ)をどう高めるかについて、最新のエビデンスやソーシャル・マーケティング、評価方法の基本を3報にわたり紹介してきた。最後に、普及に必要な人材、国・地域・組織としての体制、チーム・ビルディングなど、政策・事業推進の基盤となる部分に焦点を当てて、この連載を締めくくりたい。


スポーツ実施率の向上には、どんな人材/組織が必要か?

  国際身体活動健康学会(ISPAH,2018年10月にロンドンで学会開催予定)では、身体活動を促進するための指針を「非感染性疾患予防:身体活動への有効な投資」としてまとめている(詳細は 日本語訳 1) を参照)。ポイントは、交通政策や都市計画から"かかりつけ医"による身体活動勧奨に至るまで、多分野の人々との連携・協力が不可欠という点である。人々のライフスタイルには知識・ヘルスリテラシー等の個人要因だけでなく、環境要因など様々なレベルの要因が影響しているため、打つべき対策は広範に及ぶ(「歩きやすい街づくり」など参照)。

  こうした普及策を推進するためには、スポーツ・運動の「指導」とは異なる複合的な知識・技術を備えた「普及」の専門家が必要となる。以前、このスポーツ・ニュース上でも紹介したように、米国スポーツ医学会(ACSM)では、ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist ®(以下、PAPHS)という資格認定を行っている。州や自治体の健康部門職員をはじめとして、2016年2月末時点で400人ほどがPAPHSとして登録され、全米で活動している。再掲となるが、図1はPAPHSに求められる知識・能力分野(competency areas)を示しており、資格の特性を表す下記の記述とともに、日本でどのような専門職が必要か考える上で参考となるだろう:「PAPHSは、地域レベルから全国レベルの取り組みにいたるまで、公衆衛生上のすべての手段をとおして、熱意をもって身体活動の促進に取り組む専門家である。(中略)PAPHSは、身体活動の必要性とそのインパクトについて、意思決定者(政治家等)を巻き込み、教育するために必要不可欠な存在(擁護者)である。歩きやすい地域づくりから、公園の増加とアクセス改善、その他にいたるまで、PAPHSは官民さまざまな機関と連携し、身体活動を実施するうえで安全な地域づくりを進める。」

図1.ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist  に求められる知識・能力分野

図1.ACSM/NPAS Physical Activity in Public Health Specialist に求められる知識・能力分野
(数字は試験時の各分野の採点比重)

  また、普及の専門家が持つべき知識・技術には、本シリーズでも紹介したソーシャル・マーケティングに加えて、行動科学全般も含まれる。2017年のノーベル経済学賞が、行動経済学分野のシカゴ大学リチャード・セイラ-教授に授与されたことは記憶に新しい。スポーツの普及に関わる方々が、こうした「行動科学」の知見に触れる機会が増えることを期待したい。英国では2006年に公衆衛生大臣によりNational Social Marketing Centreが設立されたほか、2010年には行動科学等の専門家で構成されたThe Behavioural Insights Team(通称ナッジ・ユニット)が内閣府の下に発足し、各種政策に貢献している。このThe Behavioural Insights Teamは、現在は政府から独立して運営されており、ロンドン本部のほか、ニューヨーク、シドニー、シンガポール等に拠点を置き、多くの博士号取得者を要して活動している。

図1.ロジック・モデルの例と高い壁の存在

図2.The Behavioural Insights Teamのウェブサイト
経済学・心理学・研究手法や政策立案の専門家を中心として約100人の職員が在籍している。
(www.behaviouralinsights.co.uk Accessed on March 1st, 2018)

  日本においても、国を挙げたスポーツ実施率向上・身体活動の促進に本気で取り組むならば、チームJAPANの司令塔として、厚生労働省に身体活動の専門官を配置し、また、スポーツ庁に普及科学の専門家チームを常勤させるといった体制が必要となるだろう。繰り返しになるが、スポーツ実施率の向上・身体活動の促進を通した健康長寿社会の実現はそうたやすく達成できるものではない。スポーツ実施・身体活動量の地域間格差も存在するため、こうした中央機関の体制と合わせて、人材の育成や専門家が各地で活躍出来る仕組みの構築も鍵となる。島根県雲南市では、筆者も立ち上げメンバーとして活動した身体教育医学研究所うんなんが長期的普及プロジェクトの本部として機能しているが、フィンランドのノースカレリア 2) や米国メイン州フランクリン 3) といった20-40年もの長期にわたる循環器疾患予防プロジェクトの世界的成功例の地域にも、必ず核となって活動し続けた専門家達がいる。

  人材の育成という面では、当然ながら国、大学等の教育機関、そして学会や各種団体の果たすべき役割は大きい。個人の競技力強化だけではなく、一般の人々の行動の普及に焦点を当てた集団科学(Population Science)としてのスポーツ科学や行動科学の教育体制は成熟しておらず、そうした知識・技術を備えた人材が活躍できる雇用の場も社会の中で確保されているとは言い難い。身体活動促進の専門家が各地で活躍するためには、健康運動指導士、保健師をはじめとした関連職種の育成・雇用環境を踏まえて整備していく必要がある。


チーム・ビルディング:最高のチームを作り上げるには?

  一住民として、企業や自治体の担当者として、研究者(専門家)として・・・どのような立場であれ、「スポーツ(身体活動)実施率の向上」を目的として活動するのであれば、一人で動くよりも、仲間を作ってチームで動いた方が圧倒的に効果的である。住民として自治体に声を上げる際は、「個」ではなく「集団」の声にする方が効果的であることは、アドボカシーを成功させるポイントとして以前の記事でも紹介した。仲間を見つけ、チームを作って活動する。これが簡単なようで、奥が深く、また、疎かにされている場合も多い。

  例えば、企業や自治体の事業担当者(あるいはその支援を行う専門家)の立場に立って考えてみよう。こうした担当者から「プロジェクトがなかなか進まなくて・・・」と相談を受けて話を聞いてみると、仲間探しに十分な力を注がず、ほとんど一人でプロジェクトを回そうとしていたという場合がある。事業の価値を理解したり自分の熱意を受け止めてくれたりする仲間は、困難な道を歩み続ける上で、ただ相談相手となってくれるだけでも心強い。まずは小さくても良いから一緒に事業を企画・運営するチームを編成し、徐々にその輪を広げていきたい。また、チームの構成員は同一組織内のメンバーとは限らないため、人手や予算が不足しているときこそ、他組織・他職種との連携のチャンスと見て、視野を広げて発想を柔軟に、チーム編成を考えるべきである。チームづくり・仲間づくりは、事業の成否を左右する非常に重要な作業である(スポーツに関わる方であれば、チーム力の重要性は説明不要だろう)。

  最終的には全ての住民・従業員を巻き込むようなムーブメントを起こす必要があるのだから、首長や経営者など意思決定者・トップの積極的な関与・支援も(初めは得られていなくても、どこかの時点で)必須となる。もしかすると、ある担当者は「うちのトップを巻き込むなんて絶対無理」と思うかもしれない。しかし、全く別のタイプの人が仲間に加われば、異なる視点・ネットワークが供給され、トップとの距離が一気に縮まるなど、流れが大きく変わる可能性もある。

  また、ソーシャル・マーケティングの記事でも紹介したSWOT分析を行うと、自らの組織(チーム)が持つ強み・弱みが整理できるはずだ。その際、もう一歩踏み込んで、チーム内メンバー一人一人の強みや特徴についても把握出来るとなお良いだろう。これら個人の強みは、それぞれの専門性やバックグラウンドから来る知識・技術もあるし、才能としての資質もある。例えば、米国ギャラップ社が提供するストレングスファインダー®を利用すると、その個人が持つ資質を把握することが出来る。自分自身の資質(強み)を把握し、その強みを生かした活動の進め方を実践するとともに、仲間同士でお互いの資質を理解することで、最適な役割分担をもとに、チームとしてのパフォーマンスを最大限に高めることが可能となる(図3)。

図3.メンバーの資質(括弧内)と身体活動促進プロジェクトにおける役割の例

図3.メンバーの資質(括弧内)と身体活動促進プロジェクトにおける役割の例
(個人の5つの資質はCLIFTON STRENGTHSFINDER™にもとづく)

  身体教育医学研究所うんなんでは、身体活動促進プロジェクトを進めるにあたり、さらに利き脳診断BRAINなども試すなど、チーム内各個人の特性把握・共有を図った。これにより、メンバー間のコミュニケーションがスムーズになり、プロジェクトの運用・マネジメントが効率的になったと言える。地域全体のスポーツ実施率向上・身体活動促進を目指すプロジェクトには、タフな作業が多く含まれる。例えば、

▪ 公民館、商工会議所、地域の診療所・医療機関、自治体の交通関連部門など、新たに関係を構築し、パートナーとして協働すべきターゲットが浮かび上がった場合、まず初めにアプローチする担当者としては、誰が最も得意だろうか?実はこうしたコミュニケーションが最も苦手なメンバーばかりに負担がかかってしまっていないだろうか?

▪ プロジェクトはいくつもの作業が並行して走るマルチタスク業務となる。誰が全体の進捗管理(と仲間への作業指示)に適しているだろうか?

▪ プレッシャーのかかるプロジェクトを進める上で、チーム内外の人間関係を良好に保ち、調和を生み出す緩衝材として働くことが出来るメンバーはいるだろうか?

▪ 技術面では、キャンペーンのための各種資料作りに長けたメンバーはいるだろうか?例えば、絵を描くのが得意な人が仲間に入れば、非常に心強い。デザイナーに外注する予算があったとしても、その仲間の持つ視覚的センスは様々な面で力を発揮してくれる。また、評価のためのデータサイエンスの知識・技術を持つメンバーはいるだろうか?

  どんな人にも必ず資質(強み)があるのだから、個々人が最も輝く取り組み方で役割分担・協働できる体制こそが、チームとして最高の結果を生み出す。こうした個々人の特性に目を向けたコミュニケーションの中から、お互いに思いがけない特性・特技を発見し、新たな活躍の仕方を見いだす人もいることだろう。とにかく私たちが取り組んでいるのは困難な課題なのだから、無駄にして良い資源などひとつもない。国レベルではオール・ジャパンで取り組まなければいけないし、各地域で一体となって取り組む必要がある。

  以上、スポーツ実施・身体活動を地域全体あるいは国全体で促進するためのポイントを整理してきた。日本そして世界で非活動的な生活習慣の蔓延を打破することは、たやすいことではない。しかし、成功事例はあるし、私たちに出来ることはたくさんある。2020年の東京オリンピック・パラリンピックもすぐそこまで迫ってきている。全ての人々が自己にとって最適なアクティブ・ライフを送り、世界から運動不足がなくなる日まで、出来ることを着実にやっていこう。

その方法で本当にスポーツ実施率が高まりますか?

  ◀Vol.1 最新エビデンスが示す普及戦略の鍵と落とし穴

  ◀Vol.2 身につけておきたいソーシャル・マーケティングの基本

  ◀Vol.3 アプリからキャンペーンまで、その評価方法

参考文献

鎌田 真光氏
海外特別研究員 (2014年9月~2018年3月)
鎌田 真光

Research Fellow
Harvard T.H. Chan School of Public Health
Overseas Research Fellow, Sasakawa Sports Foundation (Sept. 2014~Mar. 2018)

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