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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

北京冬季オリンピックでは何をみようか…

【冬季オリンピック・パラリンピック大会】

2022.01.31

 24日開幕の北京オリンピック。みなさんは何に注目されていらっしゃるだろう…。

 東京2020大会に続いて新型コロナウイルスの感染が収まらない。変異種オミクロンの感染の勢いにますます警戒が強まる。

中国の威信をかけたゼロコロナ政策

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 開催に国家と習近平国家主席の威信をかける中国政府は「ゼロコロナ政策」を徹底、東京以上の厳格さで事にあたる。北京からの報道によると、海外からの渡航者は入国まで2週間の体温、体調を専用サイトに報告し、ワクチン接種証明書や出国前72時間の陰性証明書を既定のフォーマットに従い提出しなければならない。厳しい入国審査を経て北京入りすると、あらゆるアクセスが一般市民と分けられ、宿泊先と競技会場など関連施設との往復しか許されない。宿泊先と市街地の間にはフェンスが設置され、警備員の厳重な監視下に置かれる。

 東京2020大会で導入されたバブル方式はさらに厳格に適用され、まさに戒厳令下と言ってもいい。東京では無観客で競技が実施された。北京は中国国内在住者に限って観戦させるとしていたが、ついにチケットは売り出されず、北京の国営企業、学校などから選ばれた人のみに入場は制限された。無観客ではない事を中国政府は誇るのだろうが、窮余の一策とはいえ、言ってみれば特権層とそうではない人たちとの分断が進む。そこまでして開くオリンピックとはいったい何なのだろう。

 不思議なことに、東京2020大会前、「中止だ」「分断だ」とコロナ禍の開催に異議を唱えた知識人と称する人たち、マスコミなどから北京大会批判は聞こえてこない。東京は開催国だが、北京は違うと考えているのだろうか。それとも日本政府は批判してもいいが、中国政府は批判できないと思っているのか。歪な感情に違和感を覚える。

 新疆ウイグル自治区に対する人権弾圧、香港での民主化勢力への迫害、台湾有事への懸念など中国の状況に抗議。米国が主唱した「外交的ボイコット」は英国、カナダなどが同調したものの、大きな動きには至らなかった。及び腰の日本は人権批判を棚上げにし、欧州連合(EU)の決議はあっても加盟各国の反応は鈍かった。ここでも知識人、マスコミの批判は広がらず、おそらく何事もなかったかのように事は進むのだろう。そして選ばれた人々の称賛によって習主席の足元はより強固となり、中国の影響力は増していくに違いない。

高揚感のない大会の救いは選手たちの活躍

 中国で初めて開催された夏季オリンピック2008年北京大会は、発展途上にあった中国経済の凄まじい勢いを感じさせ、人々には高揚感が漲っていた。今回はなじみの薄い冬のオリンピックとはいえ、人々の思いは高まってはいないと北京から報じられている。オリンピックのあり様はこれでよいのだろうか。政治利用が進む状況下、改めてその本質が問われるべきである。

 こうしたなかで救いは選手たちの活躍であろう。東京2020大会もコロナ下での開催に批判が渦巻くなか、終わってみれば共同通信の世論調査(8月)では、6割以上の人が「開催してよかった」と答えた。テレビやインターネットの動画配信を通して触れた選手たちの活躍が、凝っていた思いを解きほぐした事は間違いない。

 みなさんが注目している選手はだれですか?

羽生結弦の3連覇は…

2018年平昌冬季オリンピックで、フィギュアスケート・男子シングルで大会2連覇を果たした羽生結弦

2018年平昌冬季オリンピックで、フィギュアスケート・男子シングルで大会2連覇を果たした羽生結弦

 フィギュアスケートの羽生結弦の男子シングル3連覇への挑戦は世界的な関心事と言っていい。日本だけではなく、欧米のマスコミも羽生への期待を記事に込めた。心配された右足首の故障は昨年末の日本選手権で払拭。いよいよ世界初となるクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)の成功に挑む。

 3連覇は、男子ではまだ冬季オリンピックが始まる前の1920年アントワープ大会(当時は夏季大会でフィギュアスケートが実施されていた)から24年の第1回シャモニー・モンブラン大会、28年第2回サンモリッツ大会で優勝した草創期のスウェーデンのギリス・グラフストローム以来94年ぶり。女子でも第2回から第4回ガルミッシュ・パルテンキルヘン大会までを3連覇し、その後に映画女優に転身したソニア・ヘニー(ノルウェー)が達成しただけ。史上3人目の歴史的な快挙となる。

 ライバルは世界選手権3連覇中のネーサン・チェン(米国)か。1月の全米選手権でショートプログラム(SP)とフリーの合計点で今季世界最高の307.18点をたたき出した。ほかに、前回2018年平昌大会銀メダルの宇野昌磨と今季グランプリシリーズ2勝の鍵山優真の成長は著しい。シーズン幕開けのスケート・アメリカで優勝した同じ米国のビンセント・ゾウも侮れない。

 前回大会でロシア勢の美しい演技に目を見張らされる女子シングルは15歳のカミラ・ワリエワが群を抜く。複数の4回転ジャンプとしなやかな演技はSP、フリー、合計点ですべて世界最高得点を塗り替えた。ワリエワに続くのはアンナ・シェルバコワとアレクサンドラ・トルソワ。ロシア勢の表彰台独占がみられるか。ロシアはドーピング問題での制裁をうけ、北京もロシア・オリンピック委員会(ROC)での参加である。日本の坂本花織は今季安定した演技をみせる。平昌大会6位からどこまで順位を伸ばすか。

小平奈緒の物語の続き

平昌オリンピック、スピードスケート女子500mで金メダルに輝き日の丸を持って声援に応える小平奈緒。(2018年)

平昌オリンピック、スピードスケート女子500mで金メダルに輝き日の丸を持って声援に応える小平奈緒。(2018年)

 2018年平昌大会の主役のひとりが、女子スピードスケート500m金メダルの小平奈緒だった。2位李相花との友情物語は、オリンピックの価値(Excellence, Friendship, Respect)を体現したと言っていい。
(参考:「小平奈緒と李相花の物語を語り継ぐためにhttps://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/history/olympic_legacy/08.html

 ヒロインとなった彼女はその後、人々の称賛と自らの思いとのギャップに悩む。応援してくれる人のために何かしなければ、との思いを救ってくれたのはボランティア。201910月、長野市は台風19号で甚大な被害を受けた。小平は自ら手を挙げてボランティア活動に参加、土埃にまみれながら後片付けに従事するなかで地元とのつながりを感じたとテレビなどで語っている。平昌で地元の人に支えられ金メダリストになった小平は、地元の人を応援するスケーターとして北京を滑る。連覇がかかるが、もう一つ時限で自らをみているのかもしれない。

 その小平から代表選手団主将のバトンを受けたのがオールラウンダー高木美帆。平昌では姉の菜那らとともに団体パシュートで金メダルを取ったものの、個人では1000m銅、1500m銀に終わった。個人金メダル獲得という目標に今季は絶好調だ。

 スキー・ジャンプの小林陵侑は2度目のオリンピック、ジャンプ週間総合優勝をひっさげ、表彰台に挑む。女子ジャンプのエース高梨沙羅は11年目のシーズンを好調に過ごしている。ワールドカップ(W杯)61勝、110回の表彰台は男女を通じて歴代最多であり、女子歴代最多シーズン個人優勝4回を誇る。平昌大会では銅メダル、欲しいのは金メダルだ。そしてノルディック複合の渡部暁斗は前々回ソチ、前回平昌と連続銀メダル。こちらも金メダルへの思いは強い。

チャレンジャー平野歩夢

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 フリースタイルスキー・モーグルの堀島行真は今季W杯3勝。北京の王座をかけたW杯通算71勝の王者ミカエル・キングズベリー(カナダ)との戦いが見ものだ。堀島の成長の陰にターンの技術向上があるといわれる。乱れないターンを見てほしい。

 東京2020大会のスケートボード・パークでは予選落ちだった。日本人選手としては5人目となる夏と冬のオリンピック出場を果たした平野歩夢は悔しい思いを北京にぶつける。スノーボード・ハーフパイプではソチ、平昌と連続銀メダル。北京では世界で初めて成功した大技トリプルコーク1440(縦3回、横4回転)をひっさげ、「チャレンジャー精神」で挑むという。弟の海祝も出場、兄弟表彰台をねらう。

 女子のスノーボードにも冨田せな、るき姉妹の活躍や前回の平昌大会で銅メダルを獲得し一躍カーリングファンを増やしたロコ・ソラーレの新たな挑戦も楽しみにしたい。

 思いつくままに名前を挙げたが、それぞれの競技、選手個々には多くの応援団、支えとなった人たちがいる。選手たちそれぞれの活躍が、私たちに与えてくれる力は決して小さくはない。政治では乗り越えられない世界がそこにある、それがオリンピックを創始したピエール・ド・クーベルタンの思いにほかならない。

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  • 佐野 慎輔 尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員
    笹川スポーツ財団 理事/上席特別研究員

    1954年生まれ。報知新聞社を経て産経新聞社入社。産経新聞シドニー支局長、外信部次長、編集局次長兼運動部長、サンケイスポーツ代表、産経新聞社取締役などを歴任。スポーツ記者を30年間以上経験し、野球とオリンピックを各15年間担当。5回のオリンピック取材の経験を持つ。日本スポーツフェアネス推進機構体制審議委員、B&G財団理事、日本モーターボート競走会評議員等も務める。近著に『嘉納治五郎』『中村裕』(以上、小峰書店)など。共著に『スポーツレガシーの探求』(ベ―スボールマガジン社)『これからのスポーツガバナンス』(創文企画)など。