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レスリング

グレコローマンとフリースタイル 人間の本能を競技化したスポーツ

レスリングの歴史・沿革

レスリングの歴史・沿革

敵と格闘するという人間の本能を競技化したレスリングは、人類最古のスポーツとも言われている。紀元前数千年に描かれた壁画にも登場しているほど、古く長い歴史を誇る。古代オリンピアでも、神殿の前で行なわれるメイン種目として実施されたといわれ、誰もが熱狂するスポーツだったことがうかがえる。

レスリングは1896年の第1回近代オリンピックでも実施され、ルールはグレコローマンであった。体重区分はなく無差別、時間無制限で行なわれた。

グレコローマンは、相手の下半身への攻撃や自分の下半身を使っての攻撃・防御が禁止され、上半身のみの攻防スタイル。欧州で広まり、19世紀末に英国を経由して米国へと渡った後、全身を使っての攻防であるフリースタイルが誕生した。現在は、この2スタイルが世界中に広まっており、オリンピックでも実施されている。

日本でのレスリングの歴史を辿ると、1924年、米国在住の内藤克俊が日本人として初めてパリ五輪フリースタイル・フェザー級に出場し銅メダルを獲得したが、日本に最初にもちこまれたのは1930年ごろ、早大柔道部が米国遠征した際にレスリングに接し、帰国後、八田一朗が競技として確立したことから始まる。1932年、日本レスリング協会の前身である大日本レスリング協会が発足し、同年のロサンゼルス五輪に選手を派遣した。

レスリングの歴史・沿革

戦後初参加となった1952年ヘルシンキ五輪でフリースタイル・バンタム級に出場した石井庄八があらゆる種目の中で唯一の金メダルを獲得。以後、1988年ソウル五輪までに20個の金メダルを取り、世界選手権を合わせるとのべ45人の世界一を輩出。世界有数のレスリング王国に成長した。

2000年以降も、オリンピック、世界選手権で多くのメダルを獲得。特に、世界でもいち早く取り組んだ女子部門では世界のトップをキープし、現在までに多くの金メダリストを輩出している。国内での代表争いが熾烈なものになっており、その競争力が日本女子の高いレベルを維持し、レスリング王国として君臨している。

レスリングのルール

レスリングのルール

■グレコローマン:相手の下半身への攻撃や自分の下半身を使っての攻撃・防御が禁止の、上半身のみの攻防
■フリースタイル:全身を使っての攻防

グレコローマン、フリースタイルともにあらゆる打撃が禁止され、相手を組み伏せて両肩をマットにつける(フォール)ことで勝敗が決まる。

また、立ち技、寝技などの技の難易度に応じて、1、2、3、5点のポイントが与えられり。ポイントになる主な技には、背後に回り込んで相手をマットの上に腹這いにする(1点)、腹這いの相手の肩を90度以上ローリング(回転)させる(2点)、などがある。立ち技での投げや、寝技から相手の体をリフトアップ(完全に持ち上げ)する技は、3点または5点の大技となる。10点差がついた時点でテクニカル・フォールとなる。制限時間(現在は3分×2ピリオド、延長3分)内に決着がつかない場合、このポイントの多寡で勝敗が決まる。

レスリングの歴史・沿革

女子は1980年代にフランスや北欧でスタート。1987年に第1回世界選手権が開催されて世界に広まり、2004年アテネ五輪からは正式種目として実施された。こちらはフリースタイルのみで、グレコローマンはない。

【階級】
男子:55、60、66、74、84、96、120kg級の7階級
女子:48、51、55、59、63、67、72kg級の7階級

レスリングのコート・用具

試合は厚さ4~6センチのマットの上で行う。直径7メートルの円と、その外側の幅1メートルの赤色のライン(パシビティゾーン)が試合場となる。

公式サイト

日本レスリング協

日本レスリング協会