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チャレンジデー
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会
第109回
東京大会でもたらされたアシックスのレガシー

廣田 康人

2021年に開催された東京2020オリンピック・パラリンピックのゴールドパートナーとして日本代表選手団やボランティアスタッフにオフィシャルスポーツウェアなどの製品を提供したアシックス。世界に知られるスポーツブランドとして高い人気を誇る同社の代表取締役社長COO※に2018年に就任したのが、廣田康人さんです。廣田さんご自身、50歳でマラソンを始めた時からアシックスのシューズを愛用してきたと言います。

東京2020オリンピック・パラリンピックをはじめ、アシックスの用品をメディアで目にすることも多かった2021年。果たして、どんな成果・効果がもたらされたのでしょうか。そして、アシックスが考えるスポーツ界の未来について、廣田さんにお話をうかがいしました。

※インタビュー後の2022年3月25日付けで代表取締役社長CEO兼COOに就任

聞き手/佐野慎輔  文/斎藤寿子  写真/フォート・キシモト、廣田康人、株式会社アシックス  取材日/2022年1月14日

辛さよりも楽しさが勝るマラソンの魅力

多くの市民ランナーが参加した第1回東京マラソン(2007年)

多くの市民ランナーが参加した第1回東京マラソン(2007年)

―― 50歳の時にマラソンを始められたそうですが、そのきっかけは何だったのでしょうか?

その年の東京マラソンを見た時に、本当に多くの市民ランナーたちが走っている姿を見て「これなら私にもできるかもしれない」と思ったのが最初のきっかけでした。

―― それまで何かスポーツはされていたのでしょうか?

特にこれといってやっていませんでした。中学校、高校時代には少しだけスキー部に入ってノルディックスキーをやっていたりしたのですが、何をやってもだいたい3日坊主で終わってしまっていたんです。だから全然たいしたことはありませんでした。そういう意味では、スポーツに関しては素人で50歳を迎えた状態でしたが、不思議と走ることは自分に合っていたみたいで続けることができました。

ランニングをかかさない

ランニングをかかさない

―― マラソンをする理由とは何なのでしょうか?

たまたまランニングという行為が自分に合っていたということなのだと思いますが、「もっと速いタイムで走りたい」という欲が出ますし、大会に参加すると仲間ができてくるんですね。それで「またみんなと走りたい」という気持ちになるということで、続けられてきたのだろうと思います。

―― フルマラソンの自己ベストが3時間53分27秒というのは、シニアの市民ランナーとしては好記録ではないでしょうか。

それは2017年、61歳の時に出した記録なのですが、これからも「進化する60代」でありたいと思っています。

―― どのようなところにマラソンの楽しさを感じているのでしょうか?

もちろん走っている時は辛いんです。「なんで走っているのかな」なんて考えたりするのですが、結局は走り終わった時の爽快感が忘れられないんですね。それでまた次の大会に申し込んでしまうんです。また、さまざまな地域で大会が行われますので、その土地の風景を見ながら走るというのがいいんですよね。ただ、やっぱり辛いことは辛いですよ。なにせ4時間とか走るわけですからね。普通に考えたら、その4時間でいろいろなことがやれるわけですが、よく「ランナーズハイ」なんていう言葉を耳にしますが、走っている途中で気持ちよくなる瞬間があったりするんです。そうすると、もうやめられないんですよね。

毎年多くの観客を集める全国大学ラグビーフットボール選手権大会 写真は早稲田大学対明治大学(2020年)

毎年多くの観客を集める全国大学ラグビーフットボール選手権大会。写真は早稲田大学対明治大学(2020年)

―― これからも走り続けるわけですね。

できる限り続けたいとは思っています。ただ走るというのはケガのリスクも伴いますので、年齢とともに体と相談をしながらということになるかなと思います。

―― 「観る」という点で好きなスポーツはありますか?

結構さまざまなスポーツを観ますよ。例えば、冬の時期はラグビー。現在はコロナ禍でなかなか競技場に行くことができませんが、例年、年末にはよく「全国大学ラグビーフットボール選手権大会」を観に行きますし、プロバスケットボールのBリーグも観に行きます。また、大相撲や野球を観るのも好きです。

 

愛着のあったメーカーからのヘッドハンティング

イングランドの人気チーム、アーセナル (赤色のユニフォーム)

イングランドの人気チーム、アーセナル (赤色のユニフォーム)

―― 早稲田大学卒業後、三菱商事に入社されてロンドン(イギリス)に赴任されたこともありました。ヨーロッパはスポーツが盛んですから、ロンドンにお住まいのころもいろいろと観戦に行かれたりしたのでしょうか?

ラグビーの本場ですので観戦に行きましたし、プレミアリーグ(イングランドのプロサッカー1部リーグ)のアーセナルFCのスタジアムが住んでいた町から近かったので、良く試合を観に行きました。また日本ではほとんど観る機会はありませんが、クリケットやローイング(ボート競技)も観に行きました。

―― 日本とヨーロッパとの違いを感じられたことはあったのでしょうか?

私がロンドンに住んでいたのは1989年から1995年だったのですが、ちょうど日本が好景気にわいていたバブルのころということもあって、日本のチームがよくロンドンに遠征に来ていました。ラグビーでは早稲田大学や慶應義塾大学と、イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学との対抗戦が行われていて、私もよく観に行きました。当時は同じ大学生でも、日本人とヨーロッパの選手とでは体格がまったく違いました。ですから、日本のチームはいつも粉砕されていたんです。

三菱商事時代(ブダペストにて)

三菱商事時代(ブダペストにて)

―― 三菱商事からアシックスに移られたのが、2018年でした。同年1月に顧問、3月には代表取締役社長COOに就任されたわけですが、尾山基会長からのヘッドハンティングというのはどのような経緯だったのでしょうか?

初めてお会いしたのは私が三菱商事の関西支社長を務めていた時でした。それで声をかけていただきまして、少し考えましたが「お引き受けします」という返事をしました。

―― 三菱商事ではスポーツビジネスとはほとんど無縁だったと思いますが、世界的に知られるスポーツブランドであるアシックスに対して、もともと何か思い入れがあったのでしょうか?

50歳でマラソンを始める際、お店にシューズを買いに行きまして「何がいいですか?」と尋ねたところ、その店員さんがすすめてくれたのがアシックスのシューズでした。それ以降、ずっとアシックスのシューズを愛用しているんです。途中、ほんの少しの間、ほかのメーカーのシューズを履いたこともあったのですが、結局すぐにアシックスに戻りました。ですので、個人的にアシックスというメーカーへの愛着は結構強いものがありました。またスポーツメーカーとはいえ、何も製品づくりを依頼されたわけではなく、経営者として打診を受けましたので、それだったら三菱商事時代と根本は変わらないだろうと思ったこともあり、お引き受けすることにしました。

―― 三菱商事でのご経験が、アシックスでどのように生かされていると感じられていますか?

経営の手法として、PDCAサイクル(「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(改善)」)をうまく回していくということですね。例えば開発という部分においても、新しい製品開発の計画をして、それを製品にするという実行に移し、その後には必ず定例会議を開いて議論しあって評価を下し、改善に努めるということをしています。

メキシコシティーオリンピックのマラソンで銀メダルを獲得した君原健二選手(1968年)

メキシコシティーオリンピックのマラソンで銀メダルを獲得した君原健二選手(1968年)

―― アシックスは常に革新的なことをするメーカーというイメージがあります。私のように1966年に採用された「メキシコライン」(1968年のメキシコシティーオリンピックをめざすアスリートの象徴として、スピード感あふれる青のラインに、若人の情熱と闘志を表現した赤のラインが交錯したデザインのシューズ。現在の呼称は「アシックスストライプ」)に憧れた世代から、現代の若い世代にまで、幅広く支持されています。

スポーツをする人によりそった製品をつくり出すということは、創業時から続いているアシックスの伝統で、常にさまざまな新しい製品を開発してきました。これまでずっとアシックスを愛用してくださってきたお客さまを大切にすることはもちろん、これからスポーツをする人や若い人たちの存在も重要視しています。アシックスの創業哲学である、「健全な身体に健全な精神があれかし」を意味する「Sound Mind, Sound Body」に基づいた製品開発、サービス提供を行っています。また、今は若い世代を中心に環境配慮を求める方もたくさんいらっしゃいますので、そういう時代にあったものをご提供したいと考えています。

尾山会長(左)と(2018年)

尾山会長(左)と(2018年)

―― 古巣である三菱商事には「三綱領」(「所期奉公(期するところは社会への貢献)」「処事光明(フェアプレイに徹する)」「立業貿易(グローバルな視野で)」)という企業理念があります。また、アシックスには創業哲学として「健全な身体に健全な精神があれかし」があります。そういう部分では、企業イメージがつかみやすかったのではないでしょうか。

そうですね。入社以来、社名の由来でもある我々の創業哲学が、変化する時代のなかでも変わらずに、脈々と引き継がれてきたということを強く感じます。また、私もそうですが、社員一人ひとりが「Sound Mind, Sound Body」を体現しようといろいろな運動・スポーツを楽しんでいますね。

注力していきたいパラスポーツ界への参画

アシックスの創業者・鬼塚喜八郎氏(左)とIOC元会長サマランチ氏

アシックスの創業者・鬼塚喜八郎氏(左)とIOC元会長サマランチ氏

―― 東京2020オリンピック・パラリンピックのゴールドパートナーになったのも、アシックスの創業哲学がもとになっているわけですね。

アシックスの創業哲学と、オリンピック・パラリンピックの理念とが一致したことが大きかったですね。オリンピック・パラリンピックの理念に賛同したからこそ、2016年リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック、2018年平昌オリンピック・パラリンピックを含む3大会でのスポーツ用品のカテゴリーにおいて国内最上位スポンサーである「ゴールドパートナー」の契約を締結しました。これは、私がアシックスに入る前の2014年にすでに社内で決定され、翌2015年4月に発表されました。

―― コロナ禍で無観客ではありましたが、東京2020オリンピック・パラリンピックは大過なく終わったように思いますが。

開催が実現して、本当に良かったと思います。原則無観客での開催でしたので、多くの人たちが実際に競技会場に行くことはできませんでしたが、それでもテレビやインターネットを通じて選手たちの活躍を見ることができたのは、非常に大きな意味があったと思います。

 
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会日本選手団オフィシャルスポーツウェア発表会。中央が尾山会長、右が本人(2020年2月)

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会日本選手団オフィシャルスポーツウェア発表会。中央が尾山会長、右が本人(2020年2月)

―― ただスポンサーとしては、実現できたこともあれば、実現できなかったものも多かったのではないでしょうか。

まず実現できたこととしては、日本代表選手団オフィシャルスポーツウェアアイテムの製作です。ジャケット、パンツ、Tシャツ、キャップ、シューズなど全部で17アイテムを展開しましたが、国内のみならず世界にアシックスブランドを広く発信することができました。また、競技用ウェアにおいては日本では陸上、トライアスロン、男子バレーボール、ハンドボール、レスリング、競泳、野球、そして海外ではイタリア、ウクライナ、オランダ、フランス、ブルガリアの陸上など、さらにオーストラリアは、競泳など一部を除いてほとんどの競技に提供しました。その選手たちが大活躍してくれましたので、ブランドの発信ということに関しては非常に大きな成果があったと考えています。

 
東京2020大会ゴールドパートナー発表会見時。左から4番目が尾山社長(当時)、5番目が森2020大会組織委員会会長(当時)(2015年)

東京2020大会ゴールドパートナー発表会見時。左から4番目が尾山社長(当時)、5番目が森2020大会組織委員会会長(当時)(2015年)

また、フィールドキャスト(大会スタッフ)、シティキャスト(都市ボランティア)が着用したトップス、パンツ、シューズなどのすべてのアイテムをアシックスが製作したことも、東京2020オリンピック・パラリンピックを開催するという大プロジェクトを支えるという点で非常に大きな意味があったと思います。ただ、原則無観客となりましたので、物販に関しては競技会場でのグッズの売り上げは当初の見込みを下回りました。しかし、それはやむを得なかったと思います。社員は東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて長い間準備をしてきていましたので、非常に強い思いがありました。また全社一丸となったプロジェクトでもありましたので、やり遂げたというのは私たちにとって重要だったと思います。

―― アシックスのウェアやユニフォームを着用したアスリートやボランティアからは、非常に好評でした。

アスリートはもちろんですが、ボランティアのウェアアイテムにおいても、日本の夏を快適に過ごすことができるようにと速乾性、通気性の高い製品を提供させていただきました。それを実際に着用し、実感していただいたこと、発信していただけたことは、とてもありがたいと思っています。

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 日本代表選手団オフィシャルスポーツウェア発表会(2020年2月)

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 日本代表選手団オフィシャルスポーツウェア発表会(2020年2月)

東京2020オリンピック・トライアスロン女子で金メダルを獲得したフロラ・ダフィー選手(バミューダ)

東京2020オリンピック・トライアスロン女子で金メダルを獲得したフロラ・ダフィー選手(バミューダ)

―― 東京オリンピック・パラリンピックに向けての製品開発についてお聞かせください。

弊社では東京オリンピック・パラリンピックに向けて長距離ランナー用として「METASPEED(メタスピード)」というシューズを開発、販売しました。「METASPEED」は軽量化に成功し、200g(27cm/片足分)もないんです。
そしてもうひとつ大きな特徴は、ミッドソール内部に軽量なカーボンプレートを搭載していることです。これによって、中足部が簡単には曲がらないようになっているのですが、一流アスリートのように脚力の強い人は曲げることができるので、反発力をもらって大きな推進力を生み出すことができます。

前に前に足を"跳ばす"というコンセプトでつくられたシューズなのですが、東京オリンピックでこの「METASPEED」を履いた選手が活躍してくれました。

例えば、トライアスロンの男子ではノルウェー、女子ではバミューダの選手が共に金メダルを獲得しましたし、男子マラソンではメダルにこそ届きませんでしたが、5位に入賞しました。そういう部分では、イノベーションの部分でも大きな結果を出すことができました。

 
ニューイヤー駅伝2022のスタート風景

ニューイヤー駅伝2022のスタート風景

―― 今年1月の箱根駅伝でも出場210人のうち、早稲田大学や帝京大学を中心に24人の選手がアシックスの「METASPEED」を履いて走りました。アシックスのシューズ着用率がゼロだった昨年から大躍進だったと思います。また、元旦に行われた実業団のニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝大会)では、「エース区間」と言われる4区をはじめ、5つの区間で「METASPEED」を履いて走ったランナーが区間新記録を樹立するという快挙もありました。

「METASPEED」は海外ではすでに大きな成果が出ていましたし、東京オリンピック・パラリンピックでも成果がありましたので、ニューイヤー駅伝や箱根駅伝にはよい波及効果があったと思います。シェアとしてはニューイヤー駅伝で約15%、箱根駅伝で約11%とまだまだなのですが、他社への反撃の足がかりができたかなと手応えを感じていますので、これからですね。

ASICS「METASPEED」

ASICS「METASPEED」

―― 廣田さんご自身が東京オリンピック・パラリンピックをご覧になって、どんなことが印象に強く残ったでしょうか?

数々の感動的なシーンがありましたが、例えば札幌市で行われた競歩は灼熱のなかで競技が行われたわけですが、選手たちのがんばりには本当に感動しました。パラリンピックも非常に感動しましたが、今回の東京オリンピック・パラリンピックの成功という点では、何よりパラリンピックの存在が大きかったのではないでしょうか。パラリンピックという大会や障がい者スポーツというものがあることは知っていた人も多かったとは思いますが、テレビではありましたけれども、あれだけ身近に感じながら見るという経験は初めての方がほとんどだったのではないかと思います。パラリンピック選手のすばらしいパフォーマンスに感動もしたと思いますし、「共生社会」が東京オリンピック・パラリンピックのテーマのひとつでもありましたので、とても大きな意味があったと思います。

―― これまでパラリンピックや障がい者スポーツ、あるいは障がいのある人たちに対して、日本ではなかなか理解が進まなかったところがありましたが、今回の東京パラリンピックをきっかけにして、日本社会も変わっていくように思います。

実際に見ていて、純粋にスポーツとして面白かったですよね。障がいの有無に関わらず、選手は皆、我々の想像をはるかに超えたすばらしいパフォーマンスを見せてくれました。まさにアスリートでした。オリンピックとパラリンピックは、大会が分かれて開催されてはいますが、今後はますます両大会の距離は縮まっていくのではないかと思います。2024年パリオリンピック・パラリンピックでは、エンブレムも統一されますが、そのようにして「ひとつの大会」というくくりになっていくのではないでしょうか。

―― アシックスでは、パラリンピックのアスリートに向けた製品開発はされているのでしょうか。

それは、これからというところです。今後、東京パラリンピックでの経験や実績を踏まえて、障がいのある人たち用の製品開発も進めていきたいと考えています。特にアシックスが強みとする「走る」「歩く」という部分での用品を開発していきたいと思いますが、ユニバーサルデザインでありながらパーソナルな部分も大事にした製品開発に力を入れていきたいと思っています。

東京2020パラリンピックのシッティングバレーボールに出場したアシックス所属の竹井幸智恵選手

東京2020パラリンピックのシッティングバレーボールに出場したアシックス所属の竹井幸智恵選手

―― 東京パラリンピックには、アシックスの社員も出場しました。

3人の選手が、ゴールボール、パラ陸上、シッティングバレーボールにそれぞれ出場しました。残念ながら会場に行くことはできませんでしたが、全社をあげて応援し、そのパフォーマンスは大きな感動を与えてくれました。

―― ゴールボールやシッティングバレーボールなど、パラスポーツには健常者も一緒にプレーできる競技がありますので、小学校の授業に取り入れるということもできるように思います。

実際にアシックスでもオリンピック・パラリンピックの機運醸成イベントの一環で、児童向けにゴールボール体験会を実施したこともあります。それこそ車いすバスケットボールは健常者も国内大会に出場したりしていますので、そういう部分においても広がっていくと、共生社会の実現という点においてもとてもいいですよね。

―― アシックスとしても、パラリンピックに関わりを持つことによって、製品開発の可能性が広がったということもあるのでしょうか?

商品について社員から説明を受ける(左)

商品について社員から説明を受ける(左)

おっしゃる通りです。今後はパラスポーツ向けの製品開発にも注力していきたいと考えています。

―― 廣田さんの前職の三菱商事は、社会福祉法人「太陽の家」と共同出資会社「三菱商事太陽」を1983年に設立し、障がいのある人たちの雇用を促進してきました。また、それに先駆けて1981年に世界で初めて車いす単独レースとして開催された「大分国際車いすマラソン」を支援してきたという歴史があります。その三菱商事とコラボした事業展開も考えられるのではないでしょうか。

ぜひそういうことをしていきたいと考えていますし、2021年12月1日付で日本パラスポーツ協会会長に就任した森和之氏は、実は私が三菱商事関西支社支社長に就任した際の前任者だったんです。また2024年に再延期が見込まれますが、本来は2022年に開催が予定されていた世界パラ陸上選手権大会もアシックスが拠点とする神戸市で行われますので、今後はよりパラスポーツ界とも結びつきを強くしていきたいと思っています。もちろんパラリンピックに出場するようなアスリートだけではなく、一般の障がいのある人たちへスポーツをする機会を提供していくことにも積極的に取り組んでいきたいと思っています。

運動習慣と健康増進に寄与する事業展開

「ASICS Sports Complex TOKYO BAY」外観

「ASICS Sports Complex TOKYO BAY」外観

―― ももともとアシックスは、地域との結びつきも強い企業で、さまざまな取り組みが行われてきたと思いますが、現在は主にどのような地域活動をされているのでしょうか?

アシックスでは2020年に、2030年までの10年間にわたる長期ビジョン「VISION2030」を策定しました。お客さま一人ひとりの嗜好、価値観の多様化に基づいてパーソナライズされた製品を提供するという意味での「プロダクト」、より多くの人々の健康を実現するために、スポーツを始める、あるいは継続するためのきっかけの場や、いつでもどこでも誰とでもスポーツを楽しめる場を提供する「ファシリティとコミュニティ」、これまで培ってきた知見と新たな技術によって収集されたデータに基づいた分析診断を通して、一人ひとりの健康およびパフォーマンスの維持・向上をサポートする「アナリシスとダイアグノシス(分析と診断)の3つの事業を展開していくことで、世界の人々が心身ともに健康で豊かなライフスタイルを送ることができる輝かしい未来の創出に貢献したいと考えています。そのひとつ、スポーツを楽しむ場を提供するという部分では、豊洲(東京都江東区)に世界最大級の都市型低酸素環境下トレーニング施設「ASICS Sports Complex TOKYO BAY」がありますが、そこには障がいのある人たちにも多くご利用いただいています。また、兵庫県と大阪府には機能訓練特化型デイサービス施設「Tryus(トライアス)」があわせて7店舗あります。こうした地域に根差したスポーツ施設の事業展開をさらに広げていきたいと考えています。

「Tryus西宮」内観

「Tryus西宮」内観

―― スポーツは、社会課題の解決の糸口になることが期待されています。

日本は超高齢化社会ですが、最も重要なのはいかに健康寿命を延ばすことができるかです。現在は、男女ともに平均寿命と健康寿命には差があります。

―― 2021年の厚生労働省の発表では、2019年は平均寿命が男性が81.41歳、女性が87.45歳だったのに対し、健康寿命は男性が72.68歳、女性が75.38歳でした。

その差をいかにうめていくか、そのためには運動は非常に重要な要素となります。一方で、高齢者だけでなく、現代は子どもたちが運動をする機会がどんどん減っているということも指摘されています。私が子どものころとは違い、今の子どもたちは学習塾や習い事、さらにはインターネットやゲームなど、やることがいっぱいありますからね。それでも高校生までは学校で体育の授業がありますので、まだ運動する機会はありますが、高校卒業後、大学入学や社会人になると、運動の時間が激減する傾向が続いています。

―― スポーツ庁が実施した世論調査では、2020年度、成人の週1回以上のスポーツ実施率は59.9%でしたが、仕事や家事、育児に追われる20~50代は全体平均よりも低く、運動不足が課題となっています。

その世代の運動実施率をいかに上げていくかが重要です。特に激しい運動をしなくても、日常で簡単にできる「ウォーキング」や「ランニング」でいいと思いますので、運動をするきっかけや場、そしてより良い製品を提供していけたらと思っています。

―― 運動習慣と、健康寿命の延伸との関係性については、まだしっかりとしたエビデンスが出ていないということも、運動実施率が低い要因となっているのではないでしょうか。

アシックスでもそうしたエビデンスをしっかりと提示していきたいと思っていますので、医療機関や大学の医療専門家などと連携を図っていきます。

―― 笹川スポーツ財団でも、「健康寿命の延伸」は最重要課題として掲げています。ぜひアシックスとも協力体制をしいて、いろいろと活動の幅を広げていけたらと思いますが、いかがでしょうか?

ぜひ、やりましょう。こういうことはひとつの企業では限界がありますので、さまざまなところと協力し合いながら、それぞれの得意な分野で力を発揮することが重要だと思います。それこそカシオとは共創事業として、ウォーキングの質を向上させるスマートフォンアプリ「Walkmetrix(ウォークメトリックス)」を開発しました。「体力向上」「ダイエット」「リフレッシュ」と、お客様のニーズによってウォーキングプログラムを選ぶことができ、年齢や性別、体力レベルに応じたプログラムを作成することができます。とはいえ、やはり楽しいと思えなければ続きませんので、ウォーカーランク機能やメダル付与機能を用意するなどの工夫も凝らしています。

―― コロナ禍による影響を感じていることはありますか?

特にシューズですね。ここ2、3年で特に通勤にも、ウォーキングやカジュアルシューズを履く人が非常に増えているなと感じています。もともと健康志向が強くなっていたことも踏まえると、この流れはコロナの収束後も続くと考えています。歩きやすいシューズで職場に行くということが、日本でも普通になっていくのかなと。そうしたなかで、ファッション性の高いシューズが求められています。履き心地の良さとデザインの両方があることによってウォーキングに対するモチベーションも上がると思いますので、アシックスでもそういうシューズを提供していきたいと思っています。

社会課題の解決に寄与した取り組みの先駆者

「ASICS REBORN WEAR PROJECT(アシックス リボーン ウェア プロジェクト)」を紹介するパンフレット

「ASICS REBORN WEAR PROJECT(アシックス リボーン ウェア プロジェクト)」を紹介するパンフレット

―― 先見の明があるアシックスは「スポーツメーカー」という枠にはおさまらない幅広い事業を展開されてきました。

アシックスがめざしているのは「健康産業」なんですね。そのツールのひとつがスポーツであって、皆さんの健康な暮らしにお役に立つことが最大の目的です。昔から言われるように、体の健康が健全な心につながっていくと思いますので、そういう部分では社会に貢献していきたいと考えています。

―― 現在はグローバル化が加速していますが、アシックスでは1960年代から世界進出を狙った事業展開を行ってきました。日本のスポーツメーカーのリーダー役として、世界のブランドと対抗していることに、日本人として非常に誇りに思います。

ありがとうございます。どうしても海外メーカーが強力なライバルとなりますので、日本を拠点にしながらも常に海外にアンテナを張っておかなければいけません。そうしたなかで日本のメーカーが成長していくには、やはりグローバル化は避けては通れません。アシックスの売り上げ高の約75%が海外売上で占められているというのは、ある意味、日本メーカーの先駆者として切り拓いてきた部分があるように思います。

―― グローバル化が加速していくなかで、アシックスが今後めざしていくものとは何でしょうか?

ひとつは、デジタルです。いかに各事業にデジタルを組み込んでいくかが、これからの時代には非常に重要になると考えています。デジタルを活用することで、人間の正しい動きを把握でき、正しい用具を提供することができます。販売や開発などあらゆる分野でいかにデジタルをうまく活用していくか、そのチャレンジがすでに始まっています。

―― 東京2020オリンピック・パラリンピックのテーマのひとつでもあった「サステナブル(持続可能な)社会の実現」に向けた「SDGs(Sustainable Development Goalsの略で持続可能な開発目標のこと)」については、どのようにお考えでしょうか?

「サステナブル」は、経営のど真んなかに据えています。それこそサステナブルではない企業は生き延びられないでしょうからね。東京2020オリンピック・パラリンピックでアシックスは、大きな実験を行いました。日本代表選手団に提供したポディウムジャケットやパンツ、シューズなどのアイテムは、リサイクル糸(再生ポリエステル材)を活用してつくられました。この糸は、アシックスのサステナビリティ方針に基づき、全国の皆さんから思い出が詰まった主にTシャツなどのスポーツウェアを回収して再生する「ASICS REBORN WEAR PROJECT(アシックス リボーン ウェア プロジェクト)」によってつくられたものです。そもそもスポーツというのは環境があってこそ成り立つものですから、スポーツ用品メーカーとして地球環境を守るというのは当然の義務です。そういう点で世界最大規模の競技大会である東京2020オリンピック・パラリンピックで「循環型ものづくり」によるアイテムをアスリートに提供したというのは、非常に大きな意味があったと思います。

札幌オリンピックのアルペンスキーが行われた恵庭岳(1972年)

札幌オリンピックのアルペンスキーが行われた恵庭岳(1972年)

―― オリンピック・ムーブメントにおける環境問題と言えば、1972年の札幌オリンピックが思い出されます。恵庭岳にアルペンスキーの競技会場の新設が決まった際、北海道自然保護協会が環境保護の観点から建設反対の声をあげ、組織委員会と議論が交わされました。大会終了後に施設を撤去し、植林によって現状を復元することで国から建設許可がおり、8億円かけて造成されたコースは3億円かけて復元工事が実施されました。これがオリンピック・ムーブメントにおいて初めて実施された環境保護対策でした。この恵庭岳の問題に端を発してIOC(国際オリンピック委員会)は環境保護団体からさまざまな批判を浴びてきましたが、1992年バルセロナオリンピックで参加したすべての国・地域のオリンピック委員会が「地球への誓い」に署名し、国際スポーツ界が環境保護に取り組むきっかけとなりました。こうした出来事は、スポーツメーカーにとっても影響は大きかったのでしょうか?

そもそも自然を守らなければ、できないスポーツはたくさんあります。自然を破壊してまでスポーツをするというのはナンセンスです。自然と共存しながらスポーツをするということが、とても大切なことだと思います。

―― アシックスはいち早くCO2排出削減目標も掲げられました。

2011年度から事業所の直接的なエネルギー使用量をグローバル規模で測定し、そのエネルギー効率の向上とCO2排出量の削減に取り組んできました。2019年には、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることをめざすことを表明しています。環境という点で、もうひとつ大事なのは労働環境です。ベトナムやインドネシアなどの工場ではたくさんの人たちに働いていただいています。その人たちの人権を守ることも企業としてとても大切なことです。今はコロナ禍でなかなか行けないのですが、通常は年に2回ほど現地を訪問して、どんな状況であるか、何か問題がないかをチェックしています。

産学連携や自治体との協同事業で明るい社会へ

―― 今後、新しく進出したいと考えている競技はあるのでしょうか?

先述したように、パラスポーツについても取り組んでいきたいと思っていますが、もうひとつ、東京オリンピックで初めて正式競技に採用されたスケートボードにも力を入れたいと考えています。現在は日本のみの展開となっていますが、今後のオリンピックでも行われる競技ですので、アメリカなどにも進出したいと思っています。

―― 若者に人気のアーバンスポーツ(スケートボードやスポーツクライミングなどの都市型スポーツ)では、ファッションも大事な要素になります。

おっしゃる通りで、ただ勝負するのではなく、「かっこいい」「かわいい」ウェアというものが求められます。また、若い世代は環境にも意識が高い選手が多いので、サステナブルな製品開発ということも非常に重要になってくると思っています。

東京2020オリンピック体操でユニタードを着用し演技するドイツの女子選手

東京2020オリンピック体操でユニタードを着用し演技するドイツの女子選手

―― 「ジェンダー平等」も東京オリンピック・パラリンピックの重要なテーマだったわけですが、ドイツの女子体操選手は従来のレオタードではなく、「ユニタード」(足首まで覆われたユニフォーム)を着用し、注目を浴びました。

これからさらに時代は変わっていくと思います。今は男女兼用の「ユニセックス」の形が出てきていますが、今後は「ユニ」でもなくなって、一人ひとり、個人によって違っていいという形のウェアが主流になる可能性もあるように思います。そういう意味では、東京オリンピック・パラリンピックの日本代表選手団が着用したTシャツは、ひとつながりのデザインパターンから複数の型取りを行って製作されているので、それぞれみんな模様が異なりました。つまり世界にひとつとして同じものはないものだったんです。

―― 今後は、オリンピック・パラリンピックのようなメガスポーツイベントにどのように関わっていこうと考えていらっしゃるのでしょうか?

スポーツイベントでの効果や成果は、非常に大きなものがありますので、今後も夏季のオリンピック・パラリンピックでの日本選手団を中心に積極的に関わっていきたいと考えています。また、2024年には神戸市で世界パラ陸上競技選手権大会、2026年には愛知県名古屋市でアジア競技大会と、国内で開催予定の大きな国際大会が目白押しですので、こういう部分にもしっかりと投資をして、皆さんとの接点を広げていきたいと思っています。

札幌オリンピックのアルペンスキーが行われた恵庭岳(1972年)

大谷翔平選手2021シーズン・モデルバットとモデルグラブ

―― 投資という部分では、2021年はアシックスがサポートしているアスリートが非常に活躍した年でもありました。個人のアスリートとして最も注目を浴びたのは、メジャーリーガーの大谷翔平選手(ロサンゼルス・エンゼルス)だと思います。高校時代から大谷選手をサポートしてきたという意味では、長年蓄積されてきたものが花開いたと言っても良かったのではないでしょうか。

大谷選手は花巻東高校(岩手)の時代から、アシックスの用品を愛用してくれており、彼の意見や要望を基に開発した製品も少なくありません。メジャーリーグ4年目の昨季は、投手として9勝、156奪三振、打者として46本塁打、100打点、26盗塁と、投打ともに自己最高の成績をマークし、まさに"二刀流"で大成功を収めました。日本選手としては2001年以来2人目となるMVPも満票で受賞したわけですが、本塁打を量産した昨季に使用していたバットは、その1年前のシーズンのものから少し太い形状にしているんです。彼の場合、2020年のシーズン後にヒアリングを行った際に、「飛距離は困っていない」とコメントがあり、重さは約905gのまま、よりフラットなバランスで打てるバット形状というご要望を受けて、開発されています。いずれにしても、世界から脚光を浴びるほどの大活躍は、用品を提供している我々としては嬉しいことでした。そういう意味では、昨年はゴルフの松山英樹選手の活躍もありました。4月にアメリカで行われたマスターズ・トーナメントでアジア人としては史上初の大会制覇を達成しましたからね。この朗報が2021年の幕開けでしたが、日本人選手が海外で活躍している姿というのは、やっぱり誇らしいですし、ますます応援したくなりますね。

―― 団体ではなく、個人契約でアスリートを支えているという部分は、メーカーにとってはどのような点で大きな意味を持つのでしょうか?

やはり各アスリートの生の声を聞きながら、一緒に開発していくというところが一番大きいですね。一流アスリートから直接アドバイスをもらえるというのは、メーカーにとってはとても貴重な財産です。「METASPEED」などのランニングシューズも、さまざまな一流ランナーとの共同開発で得たことを生かして製作されました。

早稲田大学との組織的連携調印式。早稲田大学田中愛治総長(左)と(2021年)

早稲田大学との組織的連携調印式。早稲田大学田中愛治総長(左)と(2021年)

―― 2016年には、早稲田大学とスポーツ分野での包括的な協定を締結されました。産学連携という点においてひとつのモデルになる事業だと思います。

ユニフォームやシューズなど、弊社の用品を早稲田大学の選手たちに使用していただき、新製品の開発などに生かしていくということもありますし、またスポーツ医科学の研究というアカデミーの部分においても連携が図れると思っていますので、今後はさらに広く取り組んでいきたいと考えています。また、2017年には立命館大学とも包括的連携交流の協定を締結しました。スポーツを通じた地域社会、教育研究、国際社会の発展、さらにはスポーツを通じて未来を支える人材育成に向けた連携・協力を進めています。立命館大学とは、2020年から健康増進のための新たな運動方法として「ファストウォーキング(速歩)」(時速5.7キロを目安にして速く歩くことを意識したウォーキング)の効果・効能、および低酸素運動の効果に関する共同研究を実施するなどもしています。大学ではさまざまな研究が進められていますので、産学連携でのイノベーションを図っていくことは、これから非常に重要だと思います。

―― 日本政府は、2025年までにスポーツビジネスの市場規模を3倍の15兆円に拡大しようとしています。そこで重要なのがスポーツ用品メーカーだと言われていますが、そういうなかで先述されたデジタル化は非常に大きな意味を持つように思います。

医科学的分野になりますが、デジタル化によって、人間の動きがわかったり、あるいは体の状態が常に把握できるようになりますので、そうなると体のどこに問題があるのか、それを改善するためにはどういう運動をしたらいいのか、ということがわかるようになります。それも小さなデバイスを利用するだけでわかるようになりますので、日ごろから簡単に体調チェックが可能となり、健康増進ということにもつながります。こうした分野においても、産学連携を図って進めています。

―― 今後、新しく取り組もうとしていることはありますか?

トップアスリートは若くして現役を引退する方が非常にたくさんいらっしゃると思いますので、そうした方たちともっと一緒に何かできるのではないかと思っています。例えば、社会課題となっている健康増進のためのアドバイザーということでも活躍していただけると思いますので、せっかくの人材をどう活用していくかということもスポーツ産業の一端を担う我々の役割のように考えています。

―― スポーツ用品メーカーのトップを走ってこられたアシックスの経営のトップを務められている廣田さんにとって、スポーツの価値とはどういうものでしょうか?

たくさんあるかと思いますが、代表的なものをひとつ挙げるとすれば、私は「感動」だと思っています。自分自身でスポーツをするという部分では、できなかったことができるようになった時の感動。スポーツ観戦という部分では、周りの人と感動を共有することができます。そうした「感動」があるからこそ、スポーツをやろうとするし、見ようとするし、支えたいという気持ちになるのだと思います。また戦争や紛争が起きている状態では、スポーツは成り立ちません。そういう意味では、平和産業だとも思いますので、スポーツを通じての交流が平和につながる、ということもスポーツが持つ力だと思います。

―― 日本においてスポーツはどのように発展していくことが望ましいでしょうか?

スポーツがもっと一般の人たちの生活に身近なものになることを願っています。そのために、私たちも努力をしていかなければいけないと思います。例えば、私たちの世代の子ども時代は、ほとんどの子どもはグローブとバットを持っていました。ところが、今では逆にグローブとバットを持っていない子どものほうが多い。学習塾に通ったり、ゲームが普及したりして、子どもがやることが増えているということもありますが、何より公園でキャッチボールが禁止されているなど、やる場所がないんですね。ですので、我々がもっと子どもたちが気軽にスポーツができる環境を整えていかなければいけないなと感じています。2013年には神戸市と「ランニングコースの整備に関する基本協定」を締結し、共同で小野浜公園(神戸市中央区)のランニングコースの整備を進めるなどしていますが、全国の自治体と協力してスポーツ環境の整備にも力を注いでいきたいと思っています。

―― 最後に、廣田さんご自身が後世に残したいものとは何でしょうか?

誰もが一生涯、スポーツを通じて心身ともに健康な生活を送れる社会に少しでも近づきたいと思っています。また、グローバルな視点で言えば、まだまだスポーツが気軽にできない国や地域もたくさんありますので、そういったところにスポーツを普及させていくということにも寄与していきたいと思っています。

  • 廣田 康人氏 略歴
  • 世相

1912
明治45

ストックホルムオリンピック開催(夏季)
日本から金栗四三氏が男子マラソン、三島弥彦氏が男子100m、200mに初参加

1916
大正5

第一次世界大戦でオリンピック中止

1920
大正9

アントワープオリンピック開催(夏季)
熊谷一弥氏、テニスのシングルスで銀メダル、熊谷一弥氏、柏尾誠一郎氏、テニスのダブルスで 銀メダルを獲得

1924
大正13
パリオリンピック開催(夏季)
織田幹雄氏、男子三段跳で全競技を通じて日本人初の入賞となる6位となる
内藤克俊氏、レスリングで銅メダル獲得
1928
昭和3
アムステルダムオリンピック開催(夏季)
日本女子初参加
織田幹雄氏、男子三段跳で全競技を通じて日本人初の金メダルを獲得
人見絹枝氏、女子800mで全競技を通じて日本人女子初の銀メダルを獲得
サンモリッツオリンピック開催(冬季)
1932
昭和7
ロサンゼルスオリンピック開催(夏季)
南部忠平氏、男子三段跳で世界新記録を樹立し、金メダル獲得
レークプラシッドオリンピック開催(冬季)
1936
昭和11
ベルリンオリンピック開催(夏季)
田島直人氏、男子三段跳で世界新記録を樹立し、金メダル獲得
織田幹雄氏、南部忠平氏に続く日本人選手の同種目3連覇となる
ガルミッシュ・パルテンキルヘンオリンピック開催(冬季)

1940
昭和15
第二次世界大戦でオリンピック中止

1944
昭和19
第二次世界大戦でオリンピック中止

  • 1945第二次世界大戦が終戦
  • 1947日本国憲法が施行
1948
昭和23
ロンドンオリンピック開催(夏季)*日本は敗戦により不参加
サンモリッツオリンピック開催(冬季)

  • 1950朝鮮戦争が勃発
  • 1951日米安全保障条約を締結
1952
昭和27
ヘルシンキオリンピック開催(夏季)
オスロオリンピック開催(冬季)

  • 1955日本の高度経済成長の開始
1956
昭和31
メルボルンオリンピック開催(夏季)
コルチナ・ダンペッツォオリンピック開催(冬季)
猪谷千春氏、スキー回転で銀メダル獲得(冬季大会で日本人初のメダリストとなる)

  • 1956廣田 康人氏、愛知県に生まれる
1959
昭和34
1964年東京オリンピック開催決定

1960
昭和35
ローマオリンピック開催(夏季)
スコーバレーオリンピック開催(冬季)

ローマで第9回国際ストーク・マンデビル競技大会が開催
(のちに、第1回パラリンピックとして位置づけられる)

1964
昭和39
東京オリンピック・パラリンピック開催(夏季)
円谷幸吉氏、男子マラソンで銅メダル獲得
インスブルックオリンピック開催(冬季)

  • 1964東海道新幹線が開業
1968
昭和43
メキシコオリンピック開催(夏季)
テルアビブパラリンピック開催(夏季)
グルノーブルオリンピック開催(冬季)

1969
昭和44
日本陸上競技連盟の青木半治理事長が、日本体育協会の専務理事、日本オリンピック委員会(JOC)の委員長に就任

  • 1969アポロ11号が人類初の月面有人着陸
1972
昭和47
ミュンヘンオリンピック開催(夏季)
ハイデルベルクパラリンピック開催(夏季)
札幌オリンピック開催(冬季)

  • 1973オイルショックが始まる
1976
昭和51
モントリオールオリンピック開催(夏季)
トロントパラリンピック開催(夏季)
インスブルックオリンピック開催(冬季)
 
  • 1976ロッキード事件が表面化
1978
昭和53
8カ国陸上(アメリカ・ソ連・西ドイツ・イギリス・フランス・イタリア・ポーランド・日本)開催  
 
  • 1978日中平和友好条約を調印
1980
昭和55
モスクワオリンピック開催(夏季)、日本はボイコット
アーネムパラリンピック開催(夏季)
レークプラシッドオリンピック開催(冬季)
ヤイロパラリンピック開催(冬季) 冬季大会への日本人初参加

  • 1980廣田 康人氏、早稲田大学政治経済学部を卒業し、三菱商事に入社
  • 1982東北、上越新幹線が開業
1984
昭和59
ロサンゼルスオリンピック開催(夏季)
ニューヨーク/ストーク・マンデビルパラリンピック開催(夏季)
サラエボオリンピック開催(冬季)
インスブルックパラリンピック開催(冬季)

1988
昭和63
ソウルオリンピック・パラリンピック開催(夏季)
鈴木大地 競泳金メダル獲得
カルガリーオリンピック開催(冬季)
インスブルックパラリンピック開催(冬季)

1992
平成4
バルセロナオリンピック・パラリンピック開催(夏季)
有森裕子氏、女子マラソンにて日本女子陸上選手64年ぶりの銀メダル獲得
アルベールビルオリンピック開催(冬季)
ティーユ/アルベールビルパラリンピック開催(冬季)

1994
平成6
リレハンメルオリンピック・パラリンピック開催(冬季)

  • 1995阪神・淡路大震災が発生
1996
平成8
アトランタオリンピック・パラリンピック開催(夏季)
有森裕子氏、女子マラソンにて銅メダル獲得

  • 1997香港が中国に返還される
1998
平成10
長野オリンピック・パラリンピック開催(冬季)

2000
平成12
シドニーオリンピック・パラリンピック開催(夏季)
高橋尚子氏、女子マラソンにて金メダル獲得

2002
平成14
ソルトレークシティオリンピック・パラリンピック開催(冬季)

2004
平成16
アテネオリンピック・パラリンピック開催(夏季)
野口みずき氏、女子マラソンにて金メダル獲得

2006
平成18
トリノオリンピック・パラリンピック開催(冬季)

2007
平成19
第1回東京マラソン開催

2008
平成20
北京オリンピック・パラリンピック開催(夏季)
男子4×100mリレーで日本(塚原直貴氏、末續慎吾氏、高平慎士氏、朝原宣治氏)が3位となり、男子トラック種目初のオリンピック銅メダル獲得

  • 2008リーマンショックが起こる
2010
平成22
バンクーバーオリンピック・パラリンピック開催(冬季)

  • 2010廣田 康人氏、三菱商事執行役員 総務部長に就任
  • 2011東日本大震災が発生
2012
平成24
ロンドンオリンピック・パラリンピック開催(夏季)
2020年に東京オリンピック・パラリンピック開催決定

2013
平成25
2020年に東京オリンピック・パラリンピック開催決定

2014
平成26
ソチオリンピック・パラリンピック開催(冬季)

  • 2014廣田 康人氏、三菱商事 代表取締役兼常務執行役員 コーポレート担当役員に就任
2016
平成28
リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック開催(夏季)

  • 2017廣田 康人氏、三菱商事関西支社長に就任
2018
平成30
平昌オリンピック・パラリンピック開催(冬季)

  • 2018廣田 康人氏、アシックス顧問に就任
2020
令和2
新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、東京オリンピック・パラリンピックの開催が2021年に延期

2021
令和3
東京オリンピック・パラリンピック開催(夏季)

  • 2022廣田 康人氏、アシックス 代表取締役社長CEO兼COOに就任