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記録や技の進化は用具とともに

【オリンピック・パラリンピックのレガシー】

2021.04.09

 2019912日、オーストリアのウィーンで開催された人類初のマラソン2時間の壁突破を目指す特別レースで、リオデジャネイロオリンピックの金メダリスト、エリウド・キプチョゲ(ケニア)が、42.195kmを1時間5940秒で走りきった。

 公園内に用意された平たんなコース、100m17秒の理想のペースで走る車に先導され、5人のランナーが交代で風よけを務めたレース。もちろん世界記録として公認はされないが、人類にとっての偉業が達成されたことには変わりない。

 キプチョゲが履いていたのは、リオ大会以降、マラソンや駅伝などロードレース界を席巻している世界最大手のスポーツメーカー、ナイキ社(米国)の厚底シューズ「アルファフライ」の最新のプロトタイプ(試作モデル)。ソール(靴底)の厚さは約4cmだったという。航空宇宙産業で使用される軽量で反発力のある特殊素材にカーボンブレードを挟んだソール(靴底)によって地面からの推進力を増す構造になっている。

マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)ファイナルチャレンジ(東京マラソン2020)で日本記録を更新した大迫傑。厚底シューズを使用した

マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)ファイナルチャレンジ(東京マラソン2020)で日本記録を更新した大迫傑。厚底シューズを使用した

アルファフライは2016年の発売以来、改良を加えたモデルが登場するたびに性能がアップ。その効果はすさまじく、十分なトレーニングを積んだランナーが使用すれば、ほぼ確実に速くなる。しかも、ナイキがサポートする選手用にカスタマイズした特別仕様ではなく、誰でも約3万円で購入できる市販品。瞬く間に市民ランナーに浸透した。

 2020年正月の箱根駅伝では、出場210選手のうち約85%がナイキの厚底シューズを着用、区間新が続出した。世界の主要マラソンの優勝者もほぼ厚底を履いたランナーで占められるようになった。

 カーボンファイバーを挟んで推進力を増すのはルール違反だという意見もある。だが、メーカー各社はこれまでも反発力があって推進力を生み、かつ軽量で足に負担をかけないランニングシューズを提供するために素材や構造で工夫を続けてきた。その競争で画期的な成果が生まれたということだ。

 ただ、これほど明確な機能の差が続けば、アスリートの戦いよりもシューズの違いばかりが注目され、スポーツの面白さや魅力が損なわれてしまう。世界陸連はさすがに2020年、ソールの厚さは4センチ以内、反発力を生むプレートの使用は1枚までなどの規制をかけたが、既存のモデルまで禁止することはなかった。ちなみにウィーンでキプチョゲが履いていたプロトタイプは、プレートを3枚挟んでいるので認められない。

 オリンピックの歩みは、人類の限界への挑戦の歴史ともいえる。より速く、より高く、より美しく――。どんな競技でも50年前、100年前の映像と比較すると、スピード感、力強さ、躍動感など、現代の方が格段に優れている。ただ、その進化はアスリートの生身の身体能力や技術の向上だけでもたらされるものではない。

1936年ベルリン大会・棒高跳びの西田修平(右)と大江季雄(左)

1936年ベルリン大会・棒高跳びの西田修平(右)と大江季雄(左)

 道具、用具の性能が記録に与える影響がシューズ以上にはっきり分かるのが、ポール(棒)を使って跳び上がる高さを競う陸上の棒高跳びだ。超えるバーの高さはポールの材質の変化とともに上がってきた。

 初期は木製のポールで弾力性に乏しく、大きな記録の向上は望めなかった。第1回近代五輪の1896年アテネ大会の優勝記録は3m30。その後、20世紀になって木よりも軽くて折れにくい竹製ポールが主流となり、西田修平と大江季雄が銀メダルと銅メダルを分け合った1936年ベルリン大会の優勝記録は4m35。戦争の影響などで良質な日本の竹が手に入らなくなると金属製のポールも使われたが、記録が大きく伸びることはなかった。

 そしてグラスファイバー(ガラス繊維)製のポールが登場。軽量で頑丈でしなやか、ポールの高い位置を持って反発力を使って跳び上がれるポールは、棒高跳びの跳躍技術を変え、選手に体操選手のような身のこなしが求められるようになった。1960年代以降、グラスファイバーのポールが一気に普及すると、世界記録も急激に伸びた。

 現在のポールには、カーボンファイバーも使われる。世界記録はアルマンド・デュプランティス(スウェーデン)が20202月に室内競技会で樹立した6m172000年から五輪種目となった女子はエレーナ・イシンバエワ(ロシア)が2009年に5m06を跳んでいる。

 オリンピックで北京、ロンドン、リオと陸上男子の100m200m3連覇したウサイン・ボルト(ジャマイカ)のパフォーマンスは圧巻だった。彼が持つ100㍍の五輪記録はロンドン大会の963、世界記録は2009年世界選手権の958である。

 記録は異なる時代に活躍した伝説的なアスリートの能力を比べるもの差しになると考えがちだ。1964年東京オリンピックの男子100mで圧倒的な走りをみせたボブ・ヘイズ(米)とボルトを記録で比較すればボルトがはるかに速い。だが、用具の進化を知れば、そんな比較は意味がないと分かる。スパイクが違うし、現代のトラックは反発力が増している。一方で、足には負担がかかる。棒高跳びほどではないにせよ、最も力を発揮できる走り方の技術も違っているはずだ。

 記録だけではない。美しさや豪快さを競う競技でも、パフォーマンスは用具や道具に左右される。

 1972年のミュンヘン大会。日本の塚原光男は鉄棒の下り技で、月面宙返りを国際舞台で初披露した。2回宙返りとひねりを組み合わせた独創的なもので、人間業ではないと世界中から称賛された。

 今では中学生でもやってのける。月面宙返りから発展して回転数とひねりの数は増え、白井健三は床で体を伸ばした(伸身)姿勢で、2回宙返り3回ひねり(シライ)を成功した。内村航平は鉄棒の離れ業での2回宙返り2回ひねり(ブレットシュナイダー)をすっかりマスターしたようだ。

 ミュンヘン大会の観客が時代を飛び越えて今の体操競技を見たら、称賛どころか驚愕するだろう。人類の限界はどこにあるのか。だが、ここでも用具の改良は見逃せない。

 鉄棒はミュンヘン大会の頃よりも位置が高く、よくしなるようになった。床のマットも柔らかく、スプリングが入って弾む。以前よりも高さがあって反動も使える。

 ただ、こうした用具の改良は、技の進化を促すためのものではない。アスリートがより高度な技を求めて体力を向上させ、技術を磨き上げて演技の切れ味が増した結果、用具がそのままでは危険になったためだ。「昔のマットで4回ひねりをやったら、たちまち足を痛めてしまう」と塚原氏は苦笑する。

ジャパンオープン(長水路)2008・女子200m自由形決勝、スピード社製レーザー・レーサーを着用した3選手

ジャパンオープン(長水路)2008・女子200m自由形決勝、スピード社製レーザー・レーサーを着用した3選手

 競泳では2008年から2009年、スピード社(英)の高速水着「レーザーレーサー」の登場で、世界記録が次々と塗り替えられた。2008年北京五輪では先進国のトップ選手のほとんどがこの水着を着用、23種目で世界記録が更新された。

 国際水連は2010年から水着の素材などを規制。レーザーレーサーやそれを追って開発された同じタイプの水着はすべて着用できなくなった。記録更新のペースは一時鈍ったが、10年後の現在、水着に頼らないアスリートの進化によって、高速水着で生まれた世界記録は姿を消しつつある。

 レーザーレーサーが話題になる10数年前、かつて“フジヤマのトビウオ”と呼ばれ、当時は日本オリンピック委員会(JOC)会長だった古橋廣之進氏にこんな話題を振って叱られたことがある。

 1940年代後半、競泳自由形で世界記録を連発した古橋氏の1500mの記録は18分台前半だったが、その頃の世界記録は1440秒に迫ろうとしていた。「会長も1500m14分台で泳げるなんて想像できなかったのでは」と水を向けると、即座に「バカなことをいいなさんな。私が今も現役ならもっと速く泳いでいる」。本気で怒っていた。

 スポーツの記録更新や驚異的なパフォーマンスは、道具や用具の進化にも支えられている。それは間違いのない事実だ。だが、道具や用具を使いこなすのは鍛え上げた人間の体力と技術であり、その進化を導くのは限界を超えようとする人間の意思である。できないと思ったときに限界が生まれる。アスリートが可能性を信じている限り、記録や技の進化は止まることはないのだろう。

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  • 北川和徳 日本経済新聞社 運動部編集委員