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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

セミナー「子供のスポーツ」

ジャンプスーツ、レーシングスーツにロマンを求めて

【冬季オリンピック・パラリンピック大会】

2023.10.05

用具の進化が冬季スポーツを発展させた

 スポーツの発展の歴史は、用具の進化とともにあったといってもいい。自然(雪と氷)を相手にする冬季スポーツでは、とりわけ重要な役割を果たしてきた。

 スキーは雪の上を、体が沈まないように板を括り付けて体重を分散、移動したことに始まる。それが上端部に曲線をつくり、さらにエッジと呼ばれる角度をつけ、用途に応じてクロスカントリー、ジャンプ、アルペンといったように分岐し、より速さ、飛距離が増すように進化していった。

 スケートもまた、凍りついた河川や湖沼、地表を早く移動するために、最初は靴に動物の骨を括り付けて滑ったことが始まりとされる。骨から鉄などの金属へ、そしてブレードと呼ばれる、より鋭角的な刃を固定したスケート靴となり、さらにスピードに乗る工夫がなされている。

 また、レーシングスーツ、ジャンプスーツと呼ばれるウエアはアスリートの体を守るとともに、より速く、より遠くに飛ぶために欠かせない存在となっている。そうしたウエアが昨今、サイズのルール違反といった違う方向で注目を浴びるようになり、長くスポーツ用品に関わってきた身には残念に思うことも少なくない。いま一度、ウエアとアスリートの問題を考えてみたい。

なぜ、高梨沙羅選手は失格したのか

2022 北京冬季大会で失格となり、がっくりと肩を落とす高梨沙羅

2022 北京冬季大会で失格となり、がっくりと肩を落とす高梨沙羅

 2022年27日、北京冬季オリンピックの新種目混合ジャンプ団体戦で日本の先陣を切って登場した高梨沙羅選手が、1本目103mと素晴らしいジャンプで会場をわかせた。その興奮もつかの間、検査室に呼ばれて失格の判定を受けた。高梨選手の顔を隠して泣く姿がテレビに映し出されたことは記憶に新しい。

 これまで、用具、ウエアを供給するメーカーの一員として長くスキーのジャンプ競技に携わってきた私には、昨今の国際スキー連盟(FIS)によるノルディック複合や純ジャンプのあまりにも相次ぐルール変更が、明らかに日本人選手に不利に働いているように感じられてならない。それは日本人の体型に起因するとともに、日本が得意とする種目に顕著だということがあげられる。

国際スキー連盟(FIS)のロゴ

国際スキー連盟(FIS)のロゴ

 一方で2022年北京大会やその後のワールドカップ大会において、日本人選手以外に何人もスーツによる規定違反で失格者が相次いだ。つまり日本だけをターゲットにしているわけではなく、巷間言われているようにFISの審判員(マテリアルコントロール員)による非公開での、アナログ的な検査計測がもたらした結果だとすれば、こうした相次ぐトップ選手の失格者を出したことはFISの大会運営の問題に関わることと言えよう。見る側にとっては納得が得られず、スキージャンプ競技の感心や興味が失われて行くことを危惧するし、大変残念である。

 では、どうしてスキージャンプ競技のスーツの失格問題がおきたのか、どんな規定なっているのか、規則を見ていくことにしよう。

ジャンプ競技の決まりごと

 ジャンプ競技は、スタートゲートからカンテ(踏切点)まで、最大傾斜度36度の急斜面を助走しながら時速8592kmで滑走し、ジャンプ台からK点(極限点)を目指して風を揚力として飛型と飛距離を競う競技である。このK点とは、ドイツ語の「Konstruktionspunkt」の頭文字で、ジャンプ台の建築基準点という言葉が由来であり、ジャンプ台の設計上、これ以上の距離を飛ぶと危険という極限点を意味している。

 1972年札幌冬季オリンピックでは、70m級(ノーマルヒル)ジャンプで「日の丸飛行隊」と呼ばれた金メダル・笠谷幸生選手、銀メダル・金野昭次選手、そして銅メダル・青地清二選手の日本勢が表彰台を独占した。この頃の飛型はスキー板を平行にそろえて飛ぶクラシカルジャンプが主流だった。ところが1985年スウェーデンのヤン・ボークレブ選手がスキー板を「V」の字に開く「V字ジャンプ」を取り入れ、1992年アルベールビル冬季オリンピックではメダリスト全員がV字ジャンプを行った。現在では、世界各国全ての選手が、このV字ジャンプを取り入れている。

 ここで簡単に種目と採点方法について触れておきたい。

〈種目〉

 オリンピックではK点が90mである「ノーマルヒル」と、K点が120mである「ラージヒル」が行われる。

〈採点の要素〉

 着地するまでの距離である「飛距離(点)」に、ジャンプの美しさ・正確さ・着地姿勢をポイントにした「飛型点」、それに有利な向かい風なら減点し不利な追い風なら加点する「ウィンドファクター」、ゲートの位置(上下)により減点・加点する「ゲートファクター」を合計することによって順位が決まる。ジャンプは2回行われて、その合計ポイントで最終順位が決定する。

ジャンプスーツ、スキー板にも取り決めがある

 このジャンプ競技ではまた、ジャンプスーツを着用することが義務付けられている。スキー板の長さに関しては、選手の体重に応じてスキー板の長さが決まる「BMIルールが採用」されている。それは選手の行き過ぎた減量を防ぐために定められたものだ。

 そもそもジャンプ競技には、ジャンプの飛距離に関係する揚力にもっとも影響をうける体を覆うジャンプスーツとスキー板に公平性を求める規定がある。(図1参照)

 スキー板は身長と体重の値で計り、規定内で判定する。ところがジャンプスーツに関してはシーズン中の体重の変化や体の部位の変化など、コンディションにより変化することにより、FISでは次のような規定を設定している。

 まず、スーツの厚みである。スーツは空気を通す透過率に従い、厚さは4mm以上~6mm以下で5層からなるラミネート加工した素材で、生地を伸ばさない状態で10mmの水圧下において40リットル/m²/秒以上でなければならない。またスーツサイズについては、直立姿勢でボディと一致しなければならず、最大許容差はスーツのあらゆる部分についてボディに対して男子はプラス1cm3cm、女子に関しては2cm4cmと決められている。

 国際大会を転戦する選手は年間15着~20着を使用し、シーズン中の体重、体型の変化に対応している。記録を出すには、自分の体より余裕があるほうが揚力に効果がある。このため股下サイズなどは空気抵抗を得るために規定値ギリギリのサイズを求める選手が多い。このことから、体調の変化で、体形の変化に対応できないことが生じてしまう。そして、FISが実施している非公開のアナログ計測で「災いのタネ」となってしまうわけだ。

 北京冬季オリンピックの多数の選手によるスーツ規定違反による失格は、今後の大会に大きな課題を残す出来事になった。アナログ計測を客観的でわかりやすい計測方法に変更していく努力をFISに望みたい。昨今、さまざまな競技で取り入れられているAI(人工知能)による計測導入もひとつの手段だろう。

図1 スキージャンプ競技のルール

【図1】スキージャンプ競技のルール
※ジャンプ雪印メグミルクのホームページより引用

 スキー板は、一般的に長いほうがより揚力をうけ、より遠くに飛ぶことが可能となる。身長が高い選手が有利に働く理屈だが、一方で体重の問題も関係するため、選手たちはなるべく上手に風をとらえられるよう体重管理を怠らない。こうしたことから、必ずしも長身選手が有利だとは言えず、小柄な日本選手が国際舞台で活躍する余地があるわけだ。そしてスキー板とジャンプスーツが有利に働くと、選手の能力を高め、私たち観客は「鳥人の飛行」を楽しめるのである。

 全日本スキー連盟(SAJ)とFISから提供された最新に資料に基づくと、スキージャンプの規定では、使用できる板は最大幅10.5cm以内、長さに関しては選手の身長と体重から【BMI(体格指数)】=体重kg÷身長÷身長。体重65kg、身長1.78mだと65÷1.78÷1.78=20.5となるので、143%のスキー板2m55cmを使用できることになる。(図1参照)

 実は、こうしたジャンプの板やジャンプスーツの普及は限定的であり、メーカー側にとってもビジネス的に市場性がなく、採算が全く取れない商品である。しかし、人間がスキー板で空中を100mも飛ぶことはある意味ロマンであり、そうした挑戦にメーカーとしての喜びもある。危険といつも隣り合わせの競技に挑むジャンパーの勇気に改めて敬意を表したい。

メーカーの飽くなき探求心

 冬季オリンピック競技種目のなかでも日本人に馴染み深いスピードスケートについても触れておきたい。

 日本国民をテレビにくぎ付けにした1998年長野冬季オリンピックで、日本人初の男子スピードスケート金メダリストとなった清水宏保選手を支えたのは、当時登場したばかりの新しい用具(スケート靴とレーシングスーツ)だった。

ブレードが氷をとらえる(加速する)時間を長く確保できるスラップスケート。写真は2018 年平昌 冬季大会男子5000m の一戸誠太郎

ブレードが氷をとらえる(加速する)時間を長く確保できるスラップスケート。写真は2018 年平昌 冬季大会男子5000m の一戸誠太郎

 清水選手が使用していたスラップスケート(上の写真)が採用されたのは、1997年欧州選手権のことだ。これまでのスケート靴が完全に靴とブレードとが固定されていたのに対し、スラップスケートは、かかととブレードをつなぐ部分が離れ、バネ仕掛けで戻る仕組みになっていた。つまり長くブレードが氷の上を滑走することが可能となり、よりスピードが増すのである。このスケート靴を使用したオランダの選手たちが表彰台を独占して世界を驚かせた。そしてライバルの選手たちが次々と使用して普及、さらに開発、進化していき、今ではこの靴がなければスピードスケートは始まらない。

 当時、日本を代表する選手の一人であった堀井学選手(現・衆議院議員)は、1994年リレハンメル大会男子500mで銅メダルを獲得、1997年の世界選手権でも従来のノーマル靴を使用し、500mでみごと優勝した。マスコミは地元開催の1998年長野大会を前に堀井選手を数多く取り上げ、金メダルへの期待も高まった。ただ堀井選手は従来のスタイルに自信を持っていたぶん、スラップスケートへの切り替えが遅れた。それが長野でメダルを獲得できなかった大きな要因だと言われている。

 一方でロケットスタートを武器にする清水選手は、早くからスラップスケートを導入。この新しい靴に慣れ、スタートへの改良を重ねていった。清水選手以外でも、早めの対応をしていた国内外の選手たちが長野大会で活躍、上位を独占した。

 また、レーシングスーツも長野大会を前に大きく進化を遂げた。スーツ表面にある縫い目付近の盛り上がり部分について規定が穏和され、縫製技術の進歩と相まって、より空気抵抗をうけないスーツになっていた。

 レーシングスーツの特徴は滑走時におきる姿勢保持動作サポート(前傾姿勢を支える)、動きやすさなどに重点がおかれる。ウエアメーカーは自動車メーカーや航空機メーカーなどの風洞実験室の技術を活用し、いかに空気抵抗が少なくなるよう動作解析して最適性のスーツを開発した。体によりフィットするよう仕立てられ、スタート時から後半にかけて蓄積する疲労によってフォームが立ちあがることを防ぎ、いいフォームを持続できるよう設計された。

 こうしたレーシングスーツは選手の体にシワが1mmもできないよう何度も縫製を施し、また、スーツの両肩とふくらはぎ横には工夫した縫い目やスリットを入れ、加速時の空気を外へ逃がし、選手のうける空気抵抗をやわらげるとともに、スピードが持続できるよう工夫がなされている。いわばF1のレースカーのリアウイングと同様の原理である。このスーツは通常では考えられないほどにタイトで体にフィットしている。みなさんはスーツを着用した選手たちがゴールするやいなや、レーシングスーツの前ファスナーを降ろし、フードを取る姿をごらんになったことがおありだろう。そうするのは、体を拘束していたスーツから早く楽な姿勢になりたいからである。

 レーシングスーツもまた、一般に普及していく商品ではない。しかし、スポーツメーカーは「より速く」「より強く」を目指し、0.01秒でも記録を短縮するスーツを選手たちに提供するべく、飽くなき探求を続けている。これもまた、ロマンだと思っていただければ幸いである。

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スポーツ歴史の検証
  • 上治 丈太郎 1965年ミズノ(株)入社。オリンピック準備室長、統括などをへて副社長、相談役を2015年に退任。1988年ソウル五輪から2012年ロンドン五輪まで社内のオリンピック統括として、IOCとのサプライヤー契約、各NOC,IF,NF 個人の契約業務、サポートなど現地の活動を統括責任者として従事。日本オリンピック委員会国際専門委員、国際人養成アカデミースクールマスター、日本ウェイトリフティング協会副会長、スケート連盟監事、日本スキー産業振興協会副会長、国立大学法人鹿屋体育大学経営協議会委員、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与など。