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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

アスリートのライフプランニングと資産形成

SPORT POLICY INCUBATOR(12)

2022年3月16日
伊藤 宏一 (千葉商科大学 教授/ NPO法人 日本ファイナンシャル・プランナーズ協会 専務理事 )

 私の専門はライフプランニングとファイナンシャル・プランニングだ。オリンピックを見ていると、多くのアスリートが果敢にチャレンジしているが、それぞれのアスリートに綿密なライフプランやファイナンシャルプランがあって、実行されているか気になる。最近のオンライン記事で、「『ライフプラン』という、まだスポーツ界では多くにとって耳慣れない言葉もまた、10年後、20年後には説明不要のそれになっているはずだ。」とスポーツ界でのライフプランニングの必要性に言及したものがあった[ⅰ]。   

 そこで調べてみると「ママアスリートのライフプラン」[ⅱ]が注目されていた。高度経済成長期の、いわゆる3ステージモデルでは、女性は社会に出て、少し働いてから結婚して家庭人となり、出産・子育てするパターンだった。今は、時代が大きく変わり「女性活躍」となり、アスリートの場合、結婚しても出産してもアスリートとして活躍できる時代になっている。そうなると、重要になるのが、よく計画されたライフプランを夫婦で考え立案・実行することだ。結婚・出産・子育てというライフプランにアスリートとしての試合出場・合宿・訓練といったスケジュールが重なるので、アスリート独自のライフプランニングが不可欠になっている。

 図《ママアスリートのライフプラン事例》[ⅲ]

 このライフプランは、更にアスリート時代を終えて、指導者になったり、他の職業に転身し、同時に住宅を購入してローンを組み、更に高齢期へと向かい、老後の資産形成を進めるというトータルなライフプランニングへと展開することが必要だ。しかしアスリート時代後のライフプランまでは、まだ考えられていない。

 高度成長期の教育・就社・定年退職で老後という3ステージモデルは過去のものとなり、今はマルチステージモデルが一般的となりつつある。マルチステージモデル[ⅳ]とは、一生に二つ以上の職業についたり、2回以上の教育時期を過ごしたりするモデルであり、仕事以外にボランティアなどの社会貢献活動も普通に組み込まれたモデルだ。その観点から見ると、一生2社ないし2職業が普通になってきており、アスリートモデルは、マルチステージモデルの一形態だといって差し支えなくなっているだろう。

 また現代のライフプランニングは、いわゆる「人生100年」を念頭に置いた長期のものとなってきている。数年前に日本老年学会と日本老年医学会は、現行の「65歳高齢者」「75歳後期高齢者」概念を見直し、「75歳高齢者」とすべきだとの見解を発表した[ⅴ]。この見解では、60歳から74歳は高齢者ではなく「准高齢者pre-old)」となる。以前より寿命が伸びて、全体的に見ると74歳までは現役で働くことができる、ということだ。当然アスリートの人生も長くなり、74歳まで活躍する長期のライフプランを計画し実行していくことが求められている。

 そこで大切になるのが「資産形成」だ。マルチステージモデルの時代には、無形資産と有形資産の資産形成が必須だ。リンダ・グラットンら[ⅵ]に学ぶと、無形資産は、仕事上の能力である「生産性資産」、身体的・精神的健康や親密な家庭・友人などの「活力資産」、そしてありうべき自己像を探求していく「変身資産」の3つ。有形資産は、金融資産や住宅などの実物資産となる。アスリートの場合、一生現役アスリートという選択肢はあまり考えられないのだから、指導者になる、職業を変える、という選択肢を生かすために「変身資産」を持つことが、重要になる。具体的には「ありうべき自己像の可能性の探求」「未知の経験に開かれた姿勢」「多様なネットワーク」が基本的な変身資産となる。リンダ・グラットンらは、「『有形資産』だけでなく、『無形資産』についても考えつつ人生戦略を立てていくことが、さまざまな危機を回避することに役立ち、より充実した人生を送りやすくすると思うんです。」[ⅶ]と述べている。

《統合個人バランスシートのコンセプト図》[ⅷ]

 また他方で長期的な金融資産形成も不可欠だろう。長期・積み立て・分散の原則に基づく長期投資、そして気候変動問題をはじめとするESG課題を解決するテクノロジーを推進する企業への投資が、アスリートの老後にとって、また世界中で多くの人々がスポーツに親しめる地球環境を守るためにも、必要になるだろう。例えば、アディダスやナイキ、オールバーズ[ⅸ]などスポーツシューズ系企業のサステナビリティへの取り組みにも、そうした点が示されている。

[ⅰ] 「女性アスリートの『健康問題』『ライフプラン』を考える…これから必要な支援の“中身”」永塚 和志 20211221https://gendai.ismedia.jp/articles/-/90353?page=4

[ⅱ]ハイパフォーマンススポーツセンター
https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/business/female_athlete/program/tabid/1368/Default.aspx#life5

[ⅲ] https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/business/female_athlete/program/tabid/1368/Default.aspx

[ⅳ] 伊藤宏一「サステナビリティのためのライフプラン再設計」『年金と経済』20214月号特集論文 公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構

[ⅴ] 「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ報告書」2017331
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/20170410_01.html

[ⅵ]LIFE SHIFTリンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著 東洋経済新報社

[ⅶ] 同上書

[ⅷ] 伊藤宏一作成 『統合個人バランスシートのコンセプト図』

[ⅸ] オールバーズのサステナビリティについては、https://allbirds.jp/pages/sustainable-practicesを参照。

  • 伊藤 宏一 伊藤 宏一    Koichi Ito 特定非営利活動法人 日本ファイナンシャル・プランナーズ協会 専務理事
    千葉商科大学 教授
    千葉商科大学大学院会計ファイナンス研究科教授を経て、2014年同大学人間社会学部教授、また日本ファイナンシャル・プランナーズ協会理事を経て、2012年同専務理事。
    専攻はライフデザイン論、パーソナルファイナンス、ライフプランニング、エシカル経済、サステナブルファイナンス、金融教育等。CFP®︎認定者・税理士。日本FP学会理事、「金融経済教育推進会議」委員。学校法人千葉学園資金運用委員長。