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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

セミナー「子供のスポーツ」

無料セミナー「子どものスポーツ離れを食い止める -保護者の負担がない少年野球チーム作りから学ぶ-」

第3回 誰が子どものスポーツをささえるのか?

父母会もお茶当番も”なし”―。なぜ保護者の負担がないのか?
遠方からも申込みがある学童野球チームに迫る

「子どものスポーツ離れを食い止める -保護者の負担がない少年野球チーム作りから学ぶ-」
開催日時
2023年11月29日(水)19:00~20:30
開催場所
日本財団ビル 2階 大会議室/Zoomウェビナー
講師
 

中桐 悟氏
(練馬アークス・ジュニア・ベースボールクラブ 代表)

三児の父。既存の学童野球チームの運営体制に疑問を感じ、2021年4月にゼロからクラブを立ち上げた。クラブは練馬区、板橋区を拠点に、連盟非所属の独立チームとして活動。「保護者の業務負担一切なし」「罵声や高圧的な指導を完全禁止」「勝利至上主義の否定」など9つの約束を掲げ、野球を通じた子どもの成長を目指す。自身の野球経験は乏しいため必要なリソースを各分野から集めてチームをコーディネートしている。
BFJ公認野球指導者<U-12,U-15>資格保有、会社員。

コーディネーター:宮本 幸子(SSFスポーツ政策研究所 政策ディレクター)

<主な講義内容>

1.練馬アークス・ジュニア・ベースボールクラブ チーム紹介

 クラブは2021年4月に設立され、現在は小学1年生から6年生まで約40人が在籍している。東京都練馬区・板橋区にある城北中央公園をメインの活動拠点としており、会費は月に7,300円、活動日は週に1回、活動時間は1回あたり3〜4時間である。活動時間に関しては、春日学園少年野球クラブ(つくば市)代表 岡本嘉一氏が提唱する「週末1/4(土日を土曜日の午前・午後、日曜日の午前・午後に4分割して捉え、週末の4分の1を野球にあてる)」という考え方を採用している。試合に関しては、「PCG(PLAYERS CENTERED GAMES)東京」というリーグに所属している。チームとしては「怒声・罵声の禁止」「育成重視」を標榜し、勝利至上主義にならず、野球を好きになって続けてもらうことを一番のポリシーとしている。また、全日本軟式野球連盟(全軟連)には所属せず独立性を担保したチームである。

 チームスタッフには、コーチ、トレーナー、看護師や医療系の有資格者、元プロ野球選手、教員志望や医学部の学生などがいる。それぞれの得意分野を活かしスキルを補完し合いながら、子どもたちの成長を促していく体制が練馬アークスの特徴である。一般的な学童野球チームよりも年会費が高い分、それに見合ったサポートを提供している。

 子どもが楽しく気軽に野球ができるチームにしたいとの考えから保護者の業務負担をなくしており、既存のチーム運営のあり方を否定するものではない。現在チームは多方面から評価いただき、遠方から参加しているメンバーも多い。

2. 保護者の業務負担をなくした方法

 チーム運営の基本的な考え方は、無駄なタスクは行わず、必要なタスクはチームのスタッフが担うか外注する。少年野球で保護者の役割になることの多い内容について、どのように対応しているのか順番に紹介する。

「お茶当番」は各自が水筒を持参するため不要と判断した。「怪我等の手当て」は、柔道整復師や看護師の資格をもつスタッフが対応している。「練習補助」は基本的にコーチが担当する。保護者には一切強制はしないが、子どもと一緒に野球を楽しむという観点で、希望する方にはキャッチボールの相手や練習への参加をしてもらっている。「審判」は外部の審判協会にお願いしている。

「広報(SNS、HP)」「活動場所の確保」は私が担当する。「集金」はクレジットカード払いにし、「情報伝達」はLINEで行う。「配車」(チーム単位での移動のための運転)は、各自が現地集合・現地解散にすることで不要とした。ほかのチームでは「レクリエーション」(ハロウィーン、クリスマス、初詣等)が大変という声も聞かれるが、練馬アークスでは野球と直接関係ないことはやらないというコンセプトで実施していない。

 必要なタスクに関してはITを利活用し、いかに効率化するかを考えた。たとえば「メンバー募集」はGoogleに広告を出し、「保護者との連絡手段」にはビジネス用のLINEを利用している。「保護者説明会」は定期的に保護者から質問や意見を募集し、回答した動画をYouTubeで配信している。「会計管理」や「名簿管理」にはそれぞれソフトや管理ツールを導入した。「備品・ユニフォームの購入等」は非対面のECサービスを利用し、「指導ツール」としてタブレットを活用、「指導者の自己研鑽」に関してはサブスクで専用ツールを導入するなど、ITをフル活用している。

3. 事前質問への回答

Q.負担を嫌がる保護者がいる一方で、熱心なあまり必要以上に介入する保護者も一定数いるのではないか。
A.練馬アークスの場合は、チームの立ち上げ時から今のコンセプトを掲げてWebサイトにも詳細を掲載し、基本的にはそこに賛同する家庭が参加している。素晴らしい野球の経歴をもつ保護者もいるが、頼ってしまうと「保護者の業務的な負担一切なし」というコンセプトが瓦解するのではないかと懸念し、「関わってもらえる場合はお子様の卒業後に」と線引きをして案内している。
Q.勝利至上主義の否定を掲げたうえで、チームや子ども個人の目標をどのように設定しているのか。
A.チームとしての目標はひとつで、「みんなで野球を楽しむ」である。「みんな」にはチームメートや試合相手、審判、コーチや指導スタッフも含む。「自分だけが楽しければいい」のではなく、「みんなで楽しむ」を実現するためにどのように行動するのがよいのか、我々も考えながら、普段から子どもたちに一生懸命に伝えている。
試合の成績などの目標設定はしないが、「野球が楽しいからチームでも家でもさらに練習をし、もっと野球がうまくなり、より楽しくなる」という良い循環がつくられている。練習については正直なところ、3~4時間では足りないと感じることもあるが、大人も子どもも「もっとやりたい」という気持ちがあるうちにやめておき、子どもの余力を残して能動的なアクションを促したほうがよいのではないか、と思う。
Q.指導者の募集をどのように行ったのか。
A.クラブを立ち上げた際には、私から草野球で出会ったメンバーに声をかけていた。その後は直接Webサイトからお問い合わせをいただき加入してもらった人もいる。

4. まとめ

 最初に、新規で立ち上げるチームの運営のポイントや必要な支援に関してまとめる。第一に、都市部における活動場所の確保が大きなハードルであることを指摘したい。現状、週1回の活動場所は何とか確保できているものの、非常に苦労しており、今のところ明確な打ち手はない。第二に、指導者のマッチングの課題を指摘したい。練馬アークスのコーチは月1回からの指導が認められ、謝礼も支払われる環境だからこそ関わることができていると思う。たとえば部活動を引退した高校3年生、大学生、月に1回ぐらいの指導なら可能な社会人の副業としての指導者、退職したシニア、学校教員の経験者など、条件が合えば指導に携われる人は潜在的にはたくさんいる。そのような方々とチームがうまくマッチングできるようなプラットフォームがあると、子どもの野球をより活性化できるのではないか。

 次に、「子どものスポーツは誰がささえればよいのか」について述べたい。保護者だけでささえるのは現実的に難しい状況で、社会全体でささえることが不可欠である。野球では特に、子どもがやりたいと思っても親がさせられないという話をよく聞く。そこのハードルを下げて、野球に少しでも興味がある子どもを救う仕組みが必要である。日本野球機構(NPB)をはじめとして各競技団体が体験教室を開いているが、その次の受け皿がなく、いきなりチームへの加入となる。現状、その受け皿になっているのが練馬アークスだと思う。

 また、野球をやるにはどうしてもお金がかかり、練馬アークスの場合は保護者に負担してもらっている。ただし、すべての地域やクラブにこのような方法がフィットするわけではなく、行政や企業などから資金の支援があればより社会全体でささえる構図が実現できるのではないかと、現場のひとつの意見として思う。

<質疑応答>

質疑に丁寧に回答する中桐氏(右)。左はコーディネーターの宮本。

質疑に丁寧に回答する中桐氏(右)。左はコーディネーターの宮本。

Q.(オンライン)試合(PCG東京)について詳しく教えてほしい。
A.(講師)PCGは、勝利至上主義ではなく「みんなが成長できるような楽しい野球をやろう」というコンセプトで立ち上げられたリーグである。勝敗を競うだけではなく、ベンチ入りのメンバーが全員出場したら1ポイント、キャッチャーを3人以上代えたら2ポイントなど、いかにチーム全体で取り組めたかをポイント化する仕組みになっている。ベンチ入りの人数に制限はなく、試合はリーグ戦、学年ごとに投手の球数制限を設けている。
Q.(フロア)都内の野球チームで、高学年になると受験のためにやめる子どもが多い。練馬アークスでもそのような傾向があるのか、受験との向き合い方を教えてほしい。
A.(講師)半分ぐらいは受験をすると聞いている。冬場になると6年生の参加頻度は少し減るが、最後まで辞めずに受験と両立する子もいる。活動日が週1回という点は、受験の観点でもよいと思う。活動を休むことが悪いとは思っていないので、ほかの用事で欠席や遅刻をするケースも認めている。
Q.(フロア)指導者の研修について具体的に教えてほしい。
A.(講師)コーチは基本的に全員が全日本野球協会(BFJ)の公認指導者資格を取るようにしている。そこで指導の平仄(ひょうそく)を合わせておけば、コーチ間で指導が異なる状況は避けられると思う。加えて定期的にスタッフ間でミーティングを行い、指導方針の認識を合わせるようにしている。

<オンラインでいただいた質問への回答>

Q.(オンライン)プレーに関して怒声・罵声がないのは理解できるが、挨拶や礼儀、野球以外の行動(準備や片付けなど)について指導をする際も怒声・罵声はないのか。その場合、どのように指導をしているか。
A.(講師)そもそも、いかなる指導をする局面においても怒声や罵声は一切必要ないと考えている。挨拶や礼儀については、諦めずに粘り強く重要性を説明し続けており、ようやく段々とチーム全体でできるようになってきた。準備や片付けについても、あるべき姿を教えているが、そこに怒声や罵声は一切必要ない。小学生も立派な人間なので、普通に背景や意図を丁寧に説明すれば理解してくれる。
Q.(オンライン)中桐さんが、別の地域に新たに同様のチームを立ち上げるならば、まず何から行動するか。
A.(講師)今のクラブを立ち上げたときと同様に、まずはチームのコンセプトを決め、ホームページを立ち上げる。ホームページができれば、もうチームは「できた」ということになる。意外に簡単にできる。ホームページをハブにしてそこに掲載されている理念に賛同する指導者や子どもたちが集まってくるイメージである。
Q.(オンライン)ポジション、レギュラーなどどのように決めているのかを知りたい。
A.(講師)小学生のうちはポジションを固定せず、全てのポジションが守れることを理想と考えているので、できるだけたくさんのポジションができるように指導しているが、投手、捕手、一塁手に関しては比較的「専門性が高いポジション」として、本人の希望および適性を考慮して決めている。全員試合に出ることが一つの目標なので、固定のレギュラーをしっかり決めてはいないが、試合に出られる時間の長さは、その子の野球スキルやチームワークを考慮して総合的に判断する。
Q.(オンライン)今後、クラブを5年、10年存続させるために、代表やコーチをどのように次の方に引き継ぐか、考えていたら教えてほしい。
※「後継者がいない」という質問が複数あった。
A.(講師)私は代表の立場だが、週1回だけの活動であることと、必ずしも代表が毎回練習に参加しないといけない決まりがあるわけでもないので、この先も社会の需要があれば、細く長く続けていけると考えている。コーチは年月が経過すれば入れ替わりがあると思うが、私は当クラブを卒業した子どもたちが将来大学生くらいになったときにコーチとして戻ってきてくれることを楽しみにしている。今から「練馬アークスで楽しい野球を教えてもらったので、僕も将来はこの楽しい野球を教える役割を担いたい」と嬉しいことを言ってくれている子が既にいるので、期待している。
セミナーの様子。当日は会場でも多くの方が参加し、熱心に耳を傾けた。

セミナーの様子。当日は会場でも多くの方が参加し、熱心に耳を傾けた。


SSFの関連研究紹介

2022年2月発表「母親自身が子どもの頃から、保護者の役割は母親が中心という構造」

母親自身に子どもの頃を振り返ってもらい、本人やきょうだいがスポーツ活動をしていた場合の保護者の関与について尋ねた。

全体では「保護者がコーチをする活動があった」は14.6%、「保護者が係や当番をする活動があった」は31.6%であった。「保護者がコーチをする活動」では、「父親がコーチをしたことがあった」6.5%>「母親がコーチをしたことがあった」1.5%と父親のほうが多く、「保護者が係や当番をする活動」では母親22.2%>父親7.4%と母親のほうが多かった。過去の振り返りとして尋ねているため限界はあるものの、子どもたちの祖父母世代から、指導以外の関与は母親が中心であるという構造には変化がない様子がうかがえる。

2023年1月発表「保護者の当番の"大変なイメージ"が、子どもをスポーツから遠ざける可能性」

当番をめぐる実態を、「当番をしている母親」「当番はしていないが、スポーツ活動をしている母親」「当番を理由にスポーツ活動をしない母親」「その他の理由でスポーツ活動をしない母親」にわけて、全体の分布を示した。対象となる母親全体を母数にすると、現在当番を担当している母親は7.5%にすぎない。しかし、当番の負担を理由にスポーツ活動を敬遠する母親は26.1%にのぼる。